とりあえず、合流しましょう。
ああルイス様の説教まじこあい……。
頭を抱えて蹲る私を呆れた目で見下ろしていた、お犬様はどうやら我慢の限界を超えたらしい。
〔……埒が明かぬ。娘の保護者を此処に喚ぶぞ〕
「……はいっ?!」
〔娘の気配が強い者だけ此処に入れれば良いだけだ。諦めて説教されよ〕
ブワリと私の髪と毛皮が揺れる。
ちょっと待ってお犬様ぁ!?
「ちょ、ストップ
「っうわっ?!」「何事ですかっ」「っ!」
……うそーん」
〔そら。はよう諦めて、保護者の説教を受け入れろ〕
……お犬様、仕事が速すぎる。
制止の声なんてガン無視で、お犬様のテリトリーにお三方が拉致られて落下してきた。
あまりの手際の良さに、お犬様の足元でポカンとしていたら、視線に気付いたルイス様が私に気付いた。
その瞬間、冷気がブワッと放たれた。
……ちょっと待とうかルイス様。お腰に差した剣の柄から手を離そうかっ!?
「ルイス様、ルイス様落ち着いて!クロウさん止めて!?」
「っ!?ですから先程も申したでしょう殿下!!その選択は駄目なヤツです!!」
「なに、一撃で仕留めれば大丈夫だろう。私の魔力を全部剣に流し込めばイケるはずだ」
「キース!貴方取りあえず壁におなりなさい壁に!!!」
「クロウお前私に死ねって言うのか!?」
一 気 に 大 混 乱 だ ね !!!
〔何とも、まあ喧しくなったものだなぁ……〕
「主に原因は神獣さんのせいだよね!?」
何を呑気なこと言っているんだ、このお犬様は。
呆れた気配を隠しもせず、おすわりしたまま剣を抜きかけているルイス様を眺めている。
神獣なんてもう呼んでやらんぞ。お犬様で充分だ。
「何もされてませんから!傷ひとつありませんから!!」
〔寧ろ、何かされたのは我だろうよ。顔を見せた瞬間、奇声を上げて飛び付かれたのだぞ〕
「…………何をやっているんですか?アカネさん」
うん、一瞬で笑顔がドス黒くなったね腹黒様!
でもルイス様が落ち着いたから良し!
「いや、だって見てくださいよこの毛並み!!そしてこの肉球!!モフるしかないでしょう!?」
もふもふは正義だと私は心から思ってる!
うん。腹黒様、そんな呆れた目でこっち見んな。
そしてルイス様は何だってそんなに羨ましそうな顔しとるんですか。あれですか。モフりたかったんですか。
「……なんかもう、どっと疲れがですね……」
「私は殿下に何度か蹴りを入れられたんだが……」
「……お疲れ様です?」
私が居ないところでなんかあったのかね?
首を傾げていたら、眉間に皺を寄せたルイス様が足早に近付いてきて、抱え上げられた。
「……どれだけ心配したと思っている」
うぐっと唸った私の首に顔を伏せて、ルイス様が息を吐いた。
……ヤバい。かなり心配させてたみたい。
「ご、ごめんなさい……」
「もう良い。……取りあえず、アカネは当分外出禁止だ」
「えっ」
「拒否は認めん。たとえ同行者が居ようとも許さない」
「えっ」
「……反省、しているのだろう?なら、私の言葉に従うな……?」
慌てて縦に首を振る。つうか頷くしかない。
ふわりと微笑んだルイス様の目は、全然笑っていなかった。泣きたい。
**
この世界に落ちてきた少女を抱えた青年を見て、神獣は獣の瞳を静かに細めた。
(これはまた……随分と執着したものよなぁ……)
この国の王族は、力の強い者ほど一度“コレ”と決めてしまえば、心を他に動かさない。
王族としては、その心の強さは必要だろうと神獣は思う。
護るべきものがそれだけ多いだけに、ふらふらと他に揺れる心など脆いと知っているからだ。
永く生きていれば、それだけ多くのものを観てきた。
関わることは一度たりとも無かったが、国の危機も幾度となくあったから。
神獣は此処で世界を観るのが役目だ。
世界が揺れるような異分子が現れた時、牙と爪を振るう為。
しかし、この国の王族は建国以来有能な者が多く、神獣は人の営みを、ただ眺めているだけだった。
だが、今回ばかりはそう言っていられなかった。
落ちてきた少女は、力が強すぎた。
この世界で創造された魂ならば良い。
もしも世界に罅を入れる存在ならば、世界がそれを否定し、拒否し、存在を消すからだ。
だが少女は違う。
世界の理からずれている。
世界の手からすり抜けてしまう。
(……難儀なものよなぁ。これまで生きる人形のような存在だった男が、こうも変わるとは)
まるで自分のモノだと主張するように腕に抱え、少女に気付かれぬように神獣に警戒している。
……何とも面白い。これだから人間を観ることを止められない。
神獣の目の前で、男に軟禁宣言された少女は不服そうだが、大人しく腕に収まっている。
それを見て、悪戯心が疼いてしまった。
この場に居る誰もが邪魔出来ない力を使い、少女にフワリと力を纏わせる。
「ん??」
「っ!何を、」
〔落ち着かぬか。ただの加護に過ぎん。悪しきものでは無いわ〕
一瞬で殺気立った男に呆れた視線を向け、少女にクツリと神獣は笑んでやる。
〔ただなぁ……少しばかり娘が哀れに思えてな。そなたから逃れたいときに行使出来る、術を掛けた〕
「はぁ?」
「…………」
〔娘の意思を無視して、その身体に触れられぬようにしたまでよ。……やや子は想い合った男との子が良かろう?〕
「……無いわー。有り得ない。私程度の小娘にルイス様がなんかしようとか、絶対無い」
バッサリと言った少女の言葉に、男達が何とも言えない表情になる。
どうやら気付いていないのは少女だけらしい。
〔……クッ!フハハハハッ!!〕
「……神獣殿」
〔いや、すまん……まさか、ここまで前途多難だとは思ってもいなかったゆえ……っ。そなたらの血族は、揃いも揃って相手に不自由しとらんかったから、此度もてっきりそうだとばかり思ってなぁ〕
未だ込み上げる笑いを抑えもせず、身を震わせる神獣をじっとりとした視線が責めてくる。
なんと愉快なことか!
与えられる事が当然で、何も欲していなかった男が欲して、こうまで振り回されているとは!
まるで人形のようだった男がすっかり年相応の青年となっていて、込み上げてくる笑いを堪えきれない。
嗚呼。
まこと、これだから人とは面白くも愛しい。
少女を大事そうに腕に抱き上げた青年の姿に、神獣はクツクツと喉を鳴らして笑った。
先にあるものなど、神獣にすら解らないが。
それでも心から、彼等に幸多い未来が在ればと、密かに思いながら。




