表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/27

HERO(8)

 コーヒーショップはいつの間にか俺とヒカルの作戦会議の場みたいになっていた。今回は俺もヒカルを真似してコーヒーの上に生クリームやなんやを盛ってみたが、やっぱり美味いのかどうなのかよく分からなかった。

 少し遅れてコーヒーを持ったヒカルがやってきた。俺たちは表通り沿いのカウンター席に並んで座ったが、人が多く、周囲が騒がしいので誰かに話を聞かれる心配もないだろう。


「それで次はどうするんだ?また夜中に町を歩き回るのか?」

「あれはもう駄目。あいつらは意外と賢いから、こちらの作戦にはもう引っ掛からないでしょうし、やっぱりあの作戦はリスクが大きいわ。もう襲われるのはウンザリ」と言って俺のことを大きな目でじとっと睨むので、俺はやっぱりうろたえてしまう。


 うろたえている俺を見てヒカルは「嘘だって嘘」とあっけらかんと笑った。どうも俺はこの小娘に一喜一憂させられている気がしてならない。


「実はね、一ついいアイデアがあるの」

「いいアイデアだと?」

「ええ、この間私を襲った男たちなんだけど、その中の一人に見覚えがあったのよね」

「ほんとか!?」

「ずっと思い出せなかった――というか思い出すのが怖くて思い出さないようにしてたんだけど、いざ勇気を出して少しずつ思い出してみると、あれ?あのときの男って誰かに似てるな、って思ったのよね」

「それで、そいつは誰だったんだ?」

「それがね、意外な奴なのよ」

「なんだ早く言えよ」

「あいつよあいつ、クズさが顔に出てるわよね」と言ってヒカルが指差すのは俺達が今いるコーヒーショップの眉毛のない店員だった。

「あ」と俺の喉から声が漏れる。確かにそう言われるとそいつはニット帽を被って見張りをしていた男にソックリだった。俺は急に焦り始める。

「お、お、おい、俺たちこんなとこにいちゃマズイんじゃないのかよ?」

「あらどうして私たちがビビらなきゃいけないの?焦るとしたら、それはあいつの方でしょう?今は一人だし、職場も顔も割れちゃったのよ」


 ヒカルは店員を指差すので俺は慌ててその指を押さえる。横目で店員を伺うが、幸いこちらに気づいてはいないようだ。


「大丈夫よ、私たちあの事件の後にも一回ここに来たでしょう?実は私、あの時に『こいつどこかで見たことあるな』と思ってあの店員をじっくり見ちゃったんだけど、あいつ全然私に気づいてなかったもの。もし気づいていたら、それと分かる素振りくらいするでしょう?」

「でも、俺はあいつとバッチリ顔を合わせたし、あいつをぶっ飛ばしてその後あいつにぶっ刺されてるんだぞ。それでも気づかないものか?」


 俺たちは小声で呟きながらチラチラと店員の方に視線をやる。すると店員の男が訝しそうにこちらを向くので、俺達は慌てて視線を戻した。


「私のことは絶対に気づいてないわ。暗くてほとんど顔も見えなかったはずだし、一度も顔を合わせていないもの。岩岡さんのことは、ひょっとしたら、気付いていないフリをしているってこともあるかもしれない。多分気づいてないと思うけど……。まぁでも、そんなことはもう関係ないのよ」


 目を輝かせたヒカルが自信満々に言うので不安になってくるが、俺は聞かずにはいられなかった。


「……どうして関係ないんだよ?」

「なぜならこれから彼のことを拉致するからです」


 俺はしばらく息が出来なかった。何故か俺の頭の中にはマスコミによって悪者にされたバットマンを誹謗中傷する新聞記事が浮かんでいた。


『バットマンは犯罪者だ!』


 店員の男は十七時にバイトを終えて奥に引っ込んでいったので、俺とヒカルはコーヒーカップを捨てて裏口の方に回り、遠くで男が出てくるのを待ってあとをつけ始めた。男は徒歩で本屋に寄って漫画本を買った後で駅の方に向かったので人気の無い駅の高架下で呼び止めて、男が振り返ったと同時に俺は当て身を入れてヒカルが事前にいくつかピックアップしていたという監禁場所のひとつであるチャリ置き場の奥にある今は使われていなプレハブ小屋へとぐったりとした男を背負って運んだ。

 数年前までは裏の有料駐車場の管理人室としてここを使用していたそうだが、駐車場が月極に変わってからは使われていないらしい。窓は割れて、中には食い物のカスが散らばっていた。一時期、ここを住処にしていたホームレスのような連中がいるのかもしれない。


「あぁ、俺はなんてことをしてしまったんだ!」


 プレハブ小屋の中、涎を垂らして気持ち良さそうな顔で夢を見ている男を見下ろして、俺はもう三度目になるその言葉を繰り返した。

 俺はさっきからテンパリっぱなしだというのに、ヒカルはというと「私にあんなことをしようとしたんだから、自業自得よ」といつも以上に冷静だ。

 そのヒカルはというと、先ほどから俺の死角で何やらガサガサとやっているので、何をやっているんだとそちらを覗き込むと、ヒカルは男の持っていた鞄の中身を漁っていた。


「何か入ってたか?」


 もうどうにでもなれと、俺が小さな背中に声を掛けると、ヒカルはこちらを振り返ってにやりと笑った。俺に向けて掲げられたその手には免許証が持たれていた。


「斎藤康司か。年は――二十二?まだガキじゃねぇか」

「二十二でガキなら私は何なのよ?」

「お前はクソガキだ」

「……オヤジ」


 ヒカルは斎藤の手足を事前に用意していた縄で縛り付け、口をガムテープで塞いだ。人通りが少ないとはいえチャリ置き場が近くにある。声が届かないとは限らない。

 斎藤が目を覚ましたのは周囲が薄暗くなってからだった。

 最初の間、斎藤は何が起こったのか分からなかったようで混乱していたが、ヒカルが用意していたナイフを見せるととりあえずはビビっておとなしくなった。それにしてもこんなものまで用意してるとは、とんでもない女だ。


「絶対大声を出さないって約束するなら、口のテープを取ってあげる」


 ヒカルがクールな声で言うと男は慌てた様子で三度頷いた。額には脂汗がびっしりと浮いている。

 ビリビリ、ぶはっ、とやってから男は俺たちを睨んだ。身近で見れば見るほどヒカルを襲っていた連中のうちの一人で間違いなさそうだ。


「俺にこんなことしてどうなるか分かってんのかよ?何のつもりか知らねーが、俺ん家金持ちじゃねーからな」


 その口調からしても、どうも斎藤は本当に俺たちの顔を覚えていないようだった。人のことを刺しといて図太い男だ。


「あなた、水曜日プラネットのメンバーでしょ?私の勘ではあんたは幹部って訳じゃないけど、使い捨ての下っ端っていう訳でもないんじゃない?幹部全員の名前と、もしアジトがあるならその場所を言いなさい。言わなければ殺すわ」


 ヒカルの言葉に、男は一瞬息を呑んだ。俺も一緒に息を呑んだ。


「俺が水曜日プラネットだっていう証拠はあるのかよ!」斎藤はそう大声を出すが、ヒカルがナイフをチラつかせると「証拠はあるんですか?」と小声で言い直した。

「あなた、私たちの顔に見覚えない?」


 男はしばらく怪訝そうな顔で俺たちを見つめ、やがてカッと目を見開くと、諦めたようにその場にうなだれた。


「……あのときの奴らかよ。お前ら結局被害は無かったはずだろ?それに、こんなことしてどうすんの?お前らも俺たちと同じ犯罪者だよ。言っとくけど、何されても仲間の名前はゲロしねぇから、連れてくなら早くサツに連れて行けよ。まあそのときは、俺が殴られて監禁されたこととかも言っちゃうと思うけど」


 斉藤の言葉を聞いていた俺の視界は、じわじわと赤く染まっていった。血液が沸騰したように熱くなったのを、俺は皮膚から直接感じることができた。


「お前と一緒にすんじゃねぇこの犯罪者野郎!お前が襲った女の前でそんな態度取ってタダで済むと思ってんのか。サッサと仲間の名前吐かねぇと両手両足縛ったまま踏み切りに連れて行って置き去りにしちまうぞ!」


 言うだけでは収まらず、俺は斎藤のすぐ左横の壁を、渾身の力を込めて蹴り付けた。ビビった斎藤の叫び声が短く響き、ボロっちい壁が抜け、同時に俺の左足には激痛が走った。


「ヤバいよ岩岡さん、大きな音出したら誰か来ちゃうって!」


 ヒカルの忠告は大当たりして、次の瞬間には六、七人の男たちがプレハブ小屋の中になだれ込んできた。

 警察かと思って身構えるが、すぐに警察でないことに気付き、逆に俺たちは落胆することになった。

 それぞれバッドやナイフで武装した男たちの顔の中には、ヒカルが襲われた時に見かけたものがいくつかあった。捜し求めていた水曜日プラネットのメンバー勢揃いという訳だ。


 どうしてこいつらがここに?と思う間も無く、俺は「まとめてかかって来いオラァ!」と叫んで拳を上げていた。だが必死の抵抗も虚しく、左足の古傷を痛めた俺はバッドでボコボコにされた挙げ句、ヒカルと一緒に両手両足を縛られ口をガムテープで塞がれて薄汚れたプレハブ小屋の床に転がされてしまった。


 縄を買ってきたヒカルも、まさか自分が後ろ手に縛られるのに使われることになるとは思いもしなかっただろう。って、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

 ゆっくりと顔を上げると、少し離れた場所で水曜日プラネットの連中が俺たちの方をチラチラと見ながら話をしていた。

 この前は気付かなかったが、彼らの年齢にはかなり幅があった。

 最年少はおそらく十代後半、最年長の頭髪の薄い男はは四十代か、ひょっとすると五十代かもしれない。興奮した様子の斎藤の言葉が俺の耳に届く。


「助かったっス。こいつら俺が歩ってたらいきなり拉致るなんて無茶しやがるから……。でも、どうしてここが分かったんスか?」

「俺が開発した違法アプリでお前のスマホの現在地を解析した。LINE入れてる奴なら最後にトークした大体の居場所が分かるようになってる。あとは近くまで来たらデカい音がしたからここに入っただけだ。ったく、デカいヤマがあるって言ってんのにお前が来ないから探しに来たらコレかよ」と三十代の切れ長の目をした男、見た所こいつがリーダー格だ。機械に精通しているだけじゃなく、おそらくボクシングをやっている。それもかなり強い。

「マジっスか?おかげで助かりました。そういえばこのデカい奴、この前俺たちを襲った奴っスよ」


 俺が悪者みたいな言い方をされてムカつくが、リーダーの男に転がされ左足の痛みに涙を滲ませる俺は遠くから斎藤を睨み付けることしかできない。


「そんくらい見れば分かるよ。こいつには、呉さんが一番ムカついてるんじゃないですか?」


 ボクサー男がそう言ったのは最年長の男にだった。よく見れば、それは俺が髪の毛の束を引き抜いた男だった。

 ボクサー男の言葉に答えず、呉と呼ばれた男はこちらに近寄ってきて、無言で、俺の腹を蹴り付けてきた。

 茶色い革靴の爪先で蹴るもんだから、痛みを感じた次の瞬間には激しい不快感を覚え、俺は床に這いつくばったままそこに血の混じった吐しゃ物を撒き散らしてしまう。

 ヒカルのくぐもった叫び声が聞こえてきた。だが、二度三度と、繰り返し男の蹴りは俺の腹に放たれた。

 うっすらとしだした意識の中で、俺は残り少ない髪を抜いたからってここまでしなくても……と思った。


「呉さんそのくらいで」ボクサー男にそう言われるまで、男は飽きもせずに俺の腹を十数回にわたって蹴り続けた。

 腹の痛みと不快感は極限に達していたが、胃袋の中にはもう吐く物は残っていなかった。残ったのは胃の周辺の焼けるような痛みだけだった。


「これからどうすんスか?」


 くたくたになって這いつくばる俺を見下ろしながら斎藤が言うと、ボクサー男はしばらく考えてから言う。


「今日のヤマは今さら変更できないが、こいつらをここに置いとくと面倒なことになるかもしれない。斎藤、お前が朝方までここでこいつら見張ってろ。お前の代わりは掲示板で二三人捨て駒クンを拾っとくから。その後でこいつらは俺たちが処分する」

「分かりました。気を付けて」


 しばらく猶予を与えられたみたいなので、俺は一旦体を休めることにする。夜は長い。ボクサー男たちがいなくなった後で、ここから逃げ出すチャンスを待てばいい。


「I drop you to da hell.(お前ら絶対地獄に落とすからな)」


 ガムテープの奥で呟いた次の瞬間に、俺の意識は深い闇の底に落ちてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ