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17時の境界線  作者: 月瀬 透
17:00 浅草異界
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3/4

第3話 17時の戦い

――ガァァァァァンッ!!


異形が一瞬で霧散した衝撃音が、静まり返った住宅街の路地に虚しく響き渡る。


「……はぁ、はぁっ、はぁ……っ!」


俺は壁に背中を打ちつけたまま、必死に酸素を求めて喉を鳴らしていた。

助かった。死なずに済んだ。

安堵のあまり膝の力が抜け、そのまま地面に倒れ込みそうになる。


けれど――世界は、まだ俺を安心させてはくれなかった。


――グルゥゥ……。

――ガアァッ……!


灰色の闇の奥から、一つ、また一つと不気味な唸り声が重なり合っていく。


「……マジかよ」


血の気が引いた。

狭い路地の前後、そして左右の屋根の上。

さっき倒した奴と同等、いや、一回り巨大な黒い影が、四体同時に暗がりから這い出てきたのだ。

赤く光る無数の目が、逃げ場のない俺たちを一斉に捉える。


「チッ……血の匂いにつられて集まってきやがったか。鬱陶しいな」


陸(りく)が不機嫌そうに舌打ちをし、右脚に蒼い衝撃波の残光を走らせた。


「風弥(かざみ)。下がって見てろ」


だるそうな声で言い放ったのは、神楽坂(かぐらざか)先生だった。

缶コーヒーの空き缶を握り潰してポケットに突っ込むと、足元から蠢く影が、まるで意思を持った生き物のようにぐにゃりと伸びる。


「ガアァッ!」


頭上から、二体の異形が同時に襲いかかってきた。鋭い爪が空を裂く。

だが、神楽坂先生は煙草に火をつけながら、視線すら向けない。


「『影縫(かげぬい)・縛鎖(ばくさ)』」


ボツン、と闇が弾ける音。

地面から這い出した漆黒の影が黒い鎖となり、空中の二体へ複雑に絡みついた。

四肢を完全に縛り上げられた異形が、空中で滑稽に静止する。


「陸(りく)、左を落とせ。右は俺がやる」


「チッ、命令すんな!」


爆音とともに陸が地表を蹴り飛ばす――『瞬動(しゅんどう)』。

目視不可能な速度で踏み込んだ陸(りく)は、蒼い威力を纏わせた右拳を、拘束された一対の側頭部へ叩き込んだ。


――ドドンッ!!


『蒼衝(そうしょう)』の激しい衝撃波が、異形の頭部を内側から爆破する。

同時に、神楽坂(かぐらざか)先生が腕を振るった。


「『影縫(かげぬい)・一閃(いっせん)』」


足元から伸びた影の先端が、一瞬で鋭利な刃と化して跳ね上がる。

ズバッ!! と、もう一体の巨体が下顎から脳天にかけて真っ二つに断ち切られ、黒い霧となって霧散した。


だが、息つく暇もない。

背後の屋根から飛び降りてきた三体目が、接地したばかりの陸の隙を狙って跳躍する。

「千歳(ちとせ)、後ろ――!」


「分かってんだよッ!」


陸は振り向きざま、空中で背転しながら強烈な回し蹴りを放った。


「『裂空(れっくう)』!」


鎌状の蒼い衝撃波が刃となって空を斬り裂く。

迫っていた異形の首が飛ばされ、胴体がアスファルトに転がり落ちた。


「な……んだよ、これ……」


俺は自分の目を疑った。

昼間はいつも職員室で缶コーヒーを飲みながらあくびをしている気だるげな教員と、学校でよく見かける普通の同級生。

その二人が、洗練された連携で「怪物」を次々と屠っていく。


しかし、最後の四体目――他の奴らとは異質な威容を誇る、猛牛ほどの巨体を持つ異形が、地響きを立てて暴れ出した。

そいつは周囲の塀を豪快に噛み砕き、破壊したコンクリートの瓦礫を俺たちに向かって勢いよく弾き飛ばしてくる。


「くっ……!」


「『影縫(かげぬい)・漆黒(しっこく)』」


俺の目の前に、影の巨大な盾が立ち上がった。

ズドンッ! と凄まじい衝撃音が響くが、飛来した巨大な瓦礫はすべて影の壁に吸収され、その場に虚しく落下する。


「助かったぜオッサン! だが――」


瓦礫の隙間を縫って、巨体が突進してくる。

圧倒的な質量攻撃。陸が『瞬動』で緊急回避するが、狭い路地で逃げ場を失った神楽坂先生へ一直線に牙が迫る。


恐怖で息が止まる。あんな巨体、正面から受けたら――


「『影縫(かげぬい)・渡(わたり)』」


瞬間。

神楽坂(かぐらざか)先生の身体が、すっと足元の影の中へ沈み込んだ。


突進した巨大異形は空を切る。

直後、異形の真後ろ――壁の巨大な影から、何事もなかったかのように神楽坂(かぐらざか)先生が姿を現した。


紫煙をくゆらせながら、先生は冷たい眼光で異形を見下ろす。

その雰囲気が、一瞬で切り替わった。

背筋が凍りつくほどの、圧倒的な「強者」の圧。


追撃しようと振り向く異形に対し、先生は右手の中指と人差し指を静かに立てた。


闇が、深く、重く沈み込んでいく。

ぞくり、と世界の深淵の扉がこじ開けられるような錯覚。


「──冥境開門《めいきょうかいもん》、千条冥針《せんじょうめいしん》」

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