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進め!魔法学園2  作者: 木こる
12000回目の自殺
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ストーカー

今日の訓練室は華やかだった。

30人ほどの女子で部屋はぎゅうぎゅう詰めであり、

出遅れて中に入れなかった者たちは廊下に並び、

人が通れるスペースが見当たらないほどであった。


隼斗はその異様な光景に少し戸惑いつつも、

大勢の女子に囲まれて気分が高揚したせいなのか、

いつもよりパンチの乗りが良いと感じながら

サンドバッグを叩き続けていた。


「ちょっとそこの男子!!

 いい加減それやめてくれる!?

 さっきからドスドスうるさいんですけど!?」


「えっ」


「一体なんのつもりなの!?

 音が鳴る度にこっちはビックリすんのよ!!」

「それに暑苦しいでしょうが!!」

「周りの迷惑考えなよ!!」

「男って本当に野蛮だよね!!」


「いや、君たちは何を言ってるんだ?

 ここは体を鍛えるための場所であって……」


「うるさい!!

 とにかく静かにして!!」


「これはどうしたものか……」


なんとなく予感はしていた。

彼女たちはこの訓練室へ鍛錬しに来たのではなく、

安土桃太郎が鍛錬する姿を見物しに来たのだと。


しかし、なぜ今日なのか?

今まで安土目当ての女子が様子見に訪れることは

何度かあったものの、これほどの人数が一斉に

押し寄せるという事態はこれが初めてである。



困惑する隼斗は背中をツンツンされ、

振り向くとそこには高梨いちごの姿があった。

顔だけはそっくりな双子キャラとして有名なので、

クラスが違う隼斗でも彼女の名前を知っていた。


「ごめんね、大上君

 今だけ我慢してね」


「ん?

 それはどういう意味だ?」


「勝手なことして悪いとは思ってるけど、

 なんか大上君が困ってそうだったから

 先手を打ってみたんだ」


「先手……

 何をしたんだ?」


「あのストーカー野郎が席を離れてる間に、

 机の上にボクシング雑誌を置いてみたんだ

 17:00(ひとななまるまる)って数字を書いたメモを添えてね」


「ほう……

 つまりこの女子たちは、

 『安土がボクシングに興味を持った』と勘違いして

 『17時に訓練室に来る』と思い込んでるわけか」


「ふふん、その通り!

 17時まで窮屈な思いをするだろうけど、

 その後は大上君が部屋を独占できるでしょ?

 もしよければ私も残っていいかな?

 あいつは大上君が1人の時にしか現れないだろうし、

 誰かしら部屋にいれば引き返すはずだよ」


「どうして安土が引き返すと断言できるんだ?

 自己中な奴だし、他に誰がいようとも気にせずに

 自分の目的を果たしそうなものだが……」


「私ならそうするからね」


「なるほど」


隼斗は平静を装い、言葉を続けた。


「ところでその『17時』だけど、

 ちょうど鍛錬を切り上げる予定なんだ

 他にもやりたいことがあってね……」


「えっ……とお

 つまり大上君は17時まで窮屈な思いをして、

 何もできないまま帰っちゃう……と」


「うん、そういうことになる」


「どうしよう、私……

 余計なことしちゃった!!

 完全に裏目に出た!!

 ごめん大上君!!

 なんでもするから許して!!」


なんでもする……なんと甘美な響きだろうか。

しかも、こちらから言わせたわけではない。

彼女は自分から、そう口走ったのである。


これを利用しない手はない。




翌日の放課後、まずは芸術棟に立ち寄り

音楽室前で生演奏を鑑賞する。もはや日課である。

今日はいつものショパンしか弾かない先輩ではなく、

縦ロールの髪型がよく似合う、いかにもなお嬢様が

モーツァルトの声楽曲をピアノでアレンジしていた。


モーツァルトは偉大な天才であり、変態でもあった。

ラブレターに『う◯こ、う◯こ』と書いて送ったり、

舞踏会では手当たり次第にスカートをめくったり、

『俺の尻を舐めろ』という曲も作ったりもしている。


今流れている曲だ。


あの先輩の願望の表れだろうか?

だとすると彼女も変態ということになる。

やはりあのピアノには近づかない方がいいだろう。

そう納得して芸術棟を後にする隼斗であった。



そして訓練室に到着すると、

運動着姿の高梨いちごが出迎えてくれた。

彼女は自分がいれば安土避けになると考えているが、

果たしてそれが本当かどうか確かめる必要がある。

少し落ち着かないが、今日は高梨いちごと同室で

自己研鑽に努めることになる。


隼斗は早速パンチングボールに取り掛かり、

的確にボールの中心を狙ってジャブを繰り返す。

やがて右も混ぜるようになりワンツー、ワンツー。

そして跳ね返ってきたボールに対して

スウェーやダッキングで回避する練習も忘れない。

この練習を始めてからまだ1ヶ月も経っていないが、

元々リズムを掴むのが得意な隼斗は、この時点で既に

初心者とは思えない動きをできるまでになっていた。


「す、すごいよ大上君!

 なんか本物っぽいオーラがある!

 中学時代は帰宅部でジムにも通ってなかったのに、

 そこまで動けるなんて才能があるよ!

 もしかして、それ以前になんか格闘技やってた?

 調べても何も出てこないんだよね……」


おそらく生徒情報アプリで知ったのだろう。

中学時代の主な経歴はそこで公開されている。

ただ彼女が言うとなんだか……いや、思い過ごしだ。


「格闘技の経験は無いよ

 強いて言えば音楽の成績が良かったから、

 リズム感を必要とする作業に適してるんだと思う」


「他の成績もオール5だったよね!」


なぜそのことを……いや、先週の小テストのせいだ。

全教科満点を取ったのは学年で2人だけだったので、

そこから中学時代の成績を推測したのだろう。


「それにしても大上君……

 引き締まった体してるよねぇ……

 見せかけじゃない、実用的な筋肉……」


中学時代に新聞配達をしていたおかげだろう。

なぜか自分だけ自転車を使わせてもらえず、

走って配達せざるを得なかったために

自然と足腰が鍛えられたのだ。


まあ、その件を彼女に教える必要は無いだろう。


「毎朝ランニングしてるからね

 学園に入ってからは午後も走らされて大変だよ

 ……高梨さんもそろそろ動いてみたらどうかな?」


「私は見てるだけでいいよぉ〜

 あ、そうだ

 あとで大上君のシャツとかタオルとか

 綺麗に洗濯しといてあげるね!

 こうゆうのは女の子に任せた方がいいよ!」


「いや、結構だ

 それより君も鍛錬に励んでくれないか?

 誰かに凝視されてると落ち着かないんだ

 もし本当に君がなんでもすると言うのなら、

 俺が集中してトレーニングできる環境作りに

 全力で協力してくれると助かる」


高梨いちごは味方のはずだ。

安土桃太郎を敵視している同志なのだ。


そう信じたい。


「うん、わかった!

 私も体鍛えるふりすればいいんだね!」


カチンと来る言い回しだ。

『も』じゃない。こちらは本気で取り組んでいる。

まあ、おそらく彼女は『私も体鍛える・ふり』

というニュアンスでそう発言したのだろうが、

『私も・体鍛えるふり』と捉えることもできる。

口語表現の難しさである。



とりあえず高梨いちごをランニングマシンに乗せ、

スイッチを起動して半ば強制的に走らせてみる。


「え、ちょっ、大上君!

 心の準備とか全然出来てないんだけど!

 私はね、走るのとか苦手なんだけど!」


何を世迷言を。

ここは魔法学園なのだ。

走って走って走りまくるのが流儀である。

それを知らぬとは言わせない。

彼女も自らの意志で魔法学園に入学した身、

同意書にサインしてこの場にいる存在なのである。

心の準備など、とうに出来ていると見做すべきだ。


しかし、まあ……なんとだらしない肉付きだろうか。

尻が(こぼ)れている。

高梨いちごはだらしない尻をしているのだ。

「だらしねえケツだなオイ!」と言ってやりたい。

モデルのような小尻とは程遠いが、

ぶくぶくに肥えた肉団子というわけでもない。

見ていると不思議と安心できる家庭的な尻……

そんな尻肉の持ち主なのだ。引っ叩いてやりたい。


「だらしねえケツだなオイ!」


言ってみた。


「大上君!?」


引っ叩いてみた。


「大上君!!」


感触でわかる。

高梨いちごは喜んでいる。

だらしないケツを引っ叩かれて悦んでいるのだ、と。


間違いない。

高梨いちごはドMである。




サンドバッグが縦に揺れる。

正しい打ち方と適切な間合いが両立し、

パンチの衝撃が芯まで伝わっているという証拠だ。

そしてバッグが戻ってくるタイミングに合わせて

ミドルキックによるカウンターが炸裂。


「えっ、大上君!?

 キックもアリなの!?」


「そりゃあ、アリだろう

 パンチの3倍くらい威力があるらしいし、

 リーチも長い有効な攻撃手段だからね

 回旋運動で体幹が鍛えられるし、

 スムーズに荷重移動できるようになれば

 攻撃力だけでなく防御力の強化にも繋がる

 まあ、モーションが大きいから

 実戦で使える場面は限られるだろうけど、

 練習しておいて損は無いよ」


そう言い、コンビネーションの練習を再開する。

この時点での隼斗は破壊力の強化よりも

正しいフォームで動けるようになることを重視し、

特に下半身の安定を意識しながら鍛錬に励んでいた。


一方、高梨いちごは低速設定のランニングマシンを

だらしないフォームでボテボテと走っていた。

それはもはや早歩きと呼んでも差し支えない有様で、

トレーニングになっているのかどうか怪しいものだ。

まあ、何も運動していないよりはマシなのだろうが。


また尻を引っ叩いてやりたくなるが、やめておいた。

過度なスキンシップはセクハラと捉えられかねない。

せっかく味方が出来たのだ。

彼女とは友好的な関係でありたい。

尻を触るのは1日1回程度に留めておこう。






──19時を回り、本日の鍛錬を切り上げる。

鍛錬の合間に廊下や窓の外などを確認してみたが、

安土桃太郎の姿を見ることは一度も無かった。

もしかしたら作業中に来ていた可能性もあるが、

それを疑い出したらキリがない。

大事なのは、奴の顔を見ずに済んだということだ。


とりあえず高梨いちごの作戦は成功したとみてよい。

今日のところは、だが。


「お疲れ、高梨さん

 明日も引き続き頼むよ」


「明日は筋肉痛で動けないかも……」


(あの程度で……!?)

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