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進め!魔法学園2  作者: 木こる
12000回目の自殺
78/83

本当の正義

隼斗が5歳の頃、“メタルハーツ”という

変身ヒーロー物の特撮番組が放映されていた。

それはシリーズの中でも異色作として認知されており

主人公が変身しない回や登場しない回があったり、

敵であるはずの怪人に同情して見逃す回があったり、

法廷での争いを描いた回があったり、

行政の不祥事を風刺する回などがあったりと、

最初から子供受けを狙って製作された物ではない。

深夜に放送されている時点で大人向けの作品なのだ。


隼斗はその作品が大好きだった。

そして隼斗の父も毎週楽しみにしていた。


「ねえ、父さん

 本当の正義ってなんだろう?」


録画したメタルハーツを視聴し終わった息子から

究極の問いを投げかけられ、父は言葉に詰まる。


その回は少年が宇宙怪獣の卵を拾ったのをきっかけに

「何かが起こる前に処分するべきだ」という勢力と

「悪さをしていない者を殺すのは非道」という勢力が

ぶつかり合って人間同士の争いに発展してしまい

不慮の事故で死亡者が出てしまったという前提で、

その責任の所在を巡り法廷で争う内容だった。


裁判では卵を守る勢力が勝利したのだが、

結局その後なんやかんやで卵は処分されてしまい、

卵擁護派の者たちも「あれは仕方がなかったんだ」と

自分に言い聞かせるようにして物語は幕を閉じる。


少年に肩入れしながら視聴した者にとっては

あまりにも重すぎる展開だが、登場人物たちは

全員悪意があって争っていたわけではなく、

己の信念を貫くために戦っていたのは確かだ。


「わからないよ

 でも、その答えを追い求め続けるのが

 俺たちの使命なのかもしれないね」


隼斗の父、大上(おおがみ)正斗(まさと)は弁護士であった。

今週のメタルハーツは通算3度目の裁判回であり、

正斗は原告、被告、弁護士、判事と視点を変えながら

そのハードな内容を存分に楽しんでいた。


隼斗はどうだろう?

父が弁護士なのだから、やはり弁護士視点で

裁判の行方を追っていたのだろうか?






ある時、殺人事件が起こった。

残念だがそれは珍しいことではない。

治安が良いと言われているここ日本でも

年間900件程度の殺人が発生しており、

1日当たり2〜3人は誰かが殺されている計算になる。


さておき、当時17歳の少年が同級生の少女に対して

ストーカー+強姦+殺人+死体遺棄するという、

あまりにも許し難い凶悪事件が発生してしまった。

そして大上正斗は弁護士……依頼人の味方なので、

依頼人の利益を守るのが彼の仕事であった。


「父さん……

 どうしてそんな人の弁護なんか引き受けたの?

 悪い奴じゃないか……どう考えても……

 完全に負け戦だし、守る価値なんて無いよ」


「いいかい隼斗、法ってのは誰に対しても平等なんだ

 どんな悪人にも弁護士を付ける権利がある

 ……というのは建前で、

 俺は国選弁護人に選ばれてしまったんだ

 完全に負け戦なのは重々承知してるし、

 本当はゴミクズ野郎なんて守りたくないけど

 断るのも面倒だし、まあやるだけやってみるよ」


そう言い、やる気無く仕事に取り組んだのだが……



勝ってしまったのだ。


つまりは無罪。

身勝手な理由で人を殺めた男が、

なんのお咎めも無しに野放しとなったのである。

まったくあり得ない話だ。

大上正斗がいくら優秀な弁護士であるとはいえ、

刑期を少し短縮できればOK程度の意欲だったので、

無罪にしようなどとは微塵も考えていなかった。

だというのに無罪判決。

被告人が野党議員の親族という立場だったのが

関係あるのかもしれないが、真相は闇の中である。


そしてその不可解な判決に疑問を持ったマスコミは

被告人を取材……はせず、ただ仕事をしただけの

大上正斗に“悪徳弁護士”のレッテルを貼り、

その家族に四六時中つきまとうようになったのだ。




大上正斗弁護士は都内の高級住宅地で暮らしており、

妻は国内外で活躍しているヴィオラ奏者、

私立の幼稚園に通う息子がいる……という個人情報が

連日テレビで垂れ流されるようになり、

『汚い金で手に入れた幸せな家族』という

悪意に満ちた報道がしばらく続けられた。


そういった悪意ある連中には名誉毀損や

肖像権の侵害などのカードで対応するのだが、

どいつもこいつも大抵50万円以下の罰金で済まされ、

大上家への嫌がらせ行為が止むことはなかった。



そんなある日、第2の殺人事件が起こってしまった。

正斗は地下鉄のホームで電車を待っていた。

いつものように事務所へ向かい、仕事をするためだ。

だが彼は背後から突き飛ばされて線路に落ち、

電車に轢かれて死んでしまったのだ。


犯人は前述した殺人事件の被害者遺族である。

彼らにとって大上弁護士は人殺しの味方であり、

人殺しを助けた金で優雅な暮らしをしていることが

無性に我慢ならなかったのである。


この出来事にマスコミは大喜びした。

彼らに言わせれば、「正義が果たされた!」のだ。




大黒柱がいなくなった大上家への嫌がらせ行為は

急激にエスカレートしていった。


マスコミの連中は堂々と庭に不法侵入して

窓から中を覗き込んだり、鉢植えの下に鍵がないかと

そこらじゅう荒らし回ってそのまま放置したり、

公共の道路に違法駐車は当たり前、

深夜に大音量でBGMをかけながら酒盛り、

近所の塀に立ち小便、花壇を灰皿扱いするなど、

人としてどうかしていることしかしない。


それもこれも彼らには「国民には知る権利がある」

という大義名分があるそうで、何かおいしい映像を

撮るためならば何をしても許されるのだとか。

それが彼らの使命であり、果たすべき正義だった。



早くに父を亡くして悲嘆に暮れる隼斗であったが、

周囲の人間に心配をかけたくないという一心で

幼稚園の友達や先生に対して明るく振る舞っていた。

本当は泣きたいだろうに、決して涙は見せなかった。


その健気にも強がる少年の姿をマスコミは面白がり、

『大上隼斗はサイコパス』だの『悪魔の子』だのと

勝手な文章を書き立てては、今は亡き大上弁護士が

いかに邪悪な存在であったかを報道するのだった。


連中は隼斗の通うピアノ教室にまで押しかけ、

「お父さん死んじゃったのにピアノ弾けるんだ?」

と、まるで悪いことをしているかのように責め立て、

この少年が泣いたり暴れたりする瞬間を逃すまいと

カメラを向けてしつこくつきまとう。


敵はマスコミだけではない。

悪質なデマに踊らされた正義感溢れる暇人や、

事情は知らないが面白そうだから便乗する若者たち、

ただテレビに映りたいがためにインタビューを受けて

平然と事実無根の情報を吹き込む近隣住民など、

彼らの加勢により状況は悪化の一途を辿っていった。


それでも隼斗は泣かなかった。

屈したくなかったのだ。

奴らがどれだけ大義名分を振りかざそうとも、

このような行いが正義であるはずがない。

紛うことなき悪である。




隼斗は反撃に出た。


家の中から外の様子をビデオカメラに収め、

その映像を有名な動画サイトに投稿したのだ。

今や誰しもが情報の発信者になれる時代なのだ。

それはたとえ幼稚園児だろうと関係無い。

保護者のアカウントさえあれば、それは可能である。


すると迷惑な連中は「勝手に撮影すんな!」だの

「肖像権の侵害だぞ!」だのと騒ぎ立てるのだが、

隼斗はただ自宅周辺の風景を撮影しただけであり、

たまたま人間や車が映り込んでしまっただけの話だ。

文句を言われる筋合いは無い。


今までさんざん勝手に我が家を撮影しておきながら、

いざ自分たちがカメラを向けられるとこのザマだ。

たしか、国民の知る権利とやらのためならば

何をしてもいいというのが彼らの正義だったはずだ。


正義をされて何を困っているんだあの人たちは?




それから数週間は石や工具で窓ガラスを割られたり

庭に火を着けられたりする日々が続いたが、

防犯カメラにバッチリと証拠が収められていたので

犯人たちはすぐに捕まり刑務所に送られた。

それに伴い道路を占拠する連中の数も減ってゆき、

3ヶ月が経つ頃には街は元の静けさを取り戻した。


……のだが、奴らは標的を変えただけである。

マスコミは隼斗の母が所属している楽団に目をつけて

何かネタがないかと嗅ぎ回り、見事引き当てたのだ。


楽団長の弟が務めている旅行会社が

脱税しているというスキャンダルを。


大上家とは全く関係の無い話である。


しかしマスコミはその全く無関係な不祥事を

楽団と関係があるかのように結びつけて捏造し、

再び『大上弁護士は悪だった』という主張を

声高らかに報道し始めたのだった。



隼斗の母は楽団から追放された。


彼女に非が無いことは楽団長も理解していたが、

マスコミの狙いが楽団潰しではなく大上家の破滅だと

見抜いていたため、切らざるを得なかったのだ。


トラブルに巻き込まれるのは御免被りたい。

他の団員を守るには彼女を差し出すしかない。

楽団長は悩んだ末、こうするのが正しいと信じて

隼斗の母がこれまで築き上げてきたキャリアを

あっさりと終わらせたのである。


その読み通り、マスコミは楽団への興味を失って

再び大上家周辺に張り付くようになった。

そして『夫の保険金で優雅にセカンドライフ』だの

『脱税に関わっていたからクビになった』だのと

隼斗の母が金に汚い女であるかのように報道し、

彼女の精神をじわじわと追い詰めていった。




結果、隼斗の母は風呂場で手首を切った。


もし彼女が冷静であったならば音楽家としての道を

完全に断たれたのではないと理解できたのだろうが、

連日の誹謗中傷によって精神を病んでしまい、

正常な判断ができなくなっていたのである。


彼女は一命を取り留めたものの手首の腱を損傷し、

以前と同じようにヴィオラを演奏することができず、

その事実がますます重圧となって心にのしかかる。

人生から音楽を失ってしまった彼女ではあったが、

せめて息子にはこれ以上苦しい思いをさせように

1人の母親として生きようと誓った。


……が、気力が湧いてこない。

いくら頑張ろうとしても体が動いてくれない。

自分にはやるべきことがあると頭では理解していても

体が言うことを聞いてくれないのだ。


もういい、あの連中の勝ちだ。

『幼い息子を育児放棄した女』だとか、

好きなように書いて世に広めればいい。

実際、彼女に隼斗を育てるのは無理だった。

我が子がどうでもよくなったわけではない。

ただ疲れてしまっただけである。

何もできなくなるまで疲れ切ってしまっただけだ。


こうして隼斗は親戚の家に預けられた。




その親戚が悪人だった……という展開にはならず、

彼らは皆まともな常識人であった。

賢く行儀の良い隼斗はすぐに気に入られ、

隼斗もこの大人たちと良好な関係でありたいと考え、

絶対に悪いことはしないと心に誓った。


しかし結局、隼斗は住所を転々とする羽目になる。

転居先を突き止めて追ってくる者たちがいたのだ。

そして親戚たちは極めてまともな常識人だったので、

非常識な嫌がらせには慣れていなかった。


無実の人間を『人殺しの共犯者』として

実名報道する連中が他にいるだろうか?


いつしか隼斗は親戚たちから厄介者扱いされ、

誰も引き取り手がいなくなったので

児童福祉施設に預けられることとなった。



それから敵の攻撃はピタリと止んだ。

だがそれは大上隼斗への興味を失ったというより、

ある与党議員のスキャンダルが発覚したので

そちらを追う方が数字を取れると判断したのだろう。


なんとも身勝手な連中だったが、

手を引いてくれたならばそれでよい。

これまでの行いを決して許しはしないが、

今更文句を言って刺激するつもりはない。

構うだけ時間と労力の無駄だし、

こちらから噛みついてしまったら

奴らに餌を与えることになるだけだ。






──人々の悪意に振り回された少年は今、

自ら立てた誓いを守り悪には染まらず、

己が信ずる正義を貫き通すため、

その力を手に入れようと鍛錬に励んでいた。


大上隼斗、15歳の春である。

史上2人目の一般入試合格者ということで

何やら一部の大人たちが騒いでいるが、

そんな肩書きが欲しくて入学したわけではない。


未だに“本当の正義”がなんなのかはわからない。

だが、わからないままにしておくつもりはない。

それを追い求め続けるのが自らの使命であると、

そのためにこの場所へ来たのだ、と心の中で呟く。



訓練室には隼斗以外の人物もいた。

だがその男は鍛錬するでもなく、

腕組みしながら壁にもたれかかり、

片目を開けて嫌味を言ってくるのだ。


「またサンドバッグなんか叩いてるのか

 いい加減気づいたらどうなんだ?

 お前は担がれてるだけなんだよ

 素手で魔物を倒せるわけがないだろう

 まあ低ランクのザコが相手ならそれも可能だが、

 あまりにも非効率的すぎて話にならない

 それがわからないのなら、お前は冒険者失格だ

 取り返しのつかない怪我を負う前に辞めちまえ」


「ああ、今日も来たのか

 お前も毎日毎日よく飽きないな?

 どうせ暇ならちょっと手合わせしてくれよ

 人間を叩いた時の感触も学んでおきたいからな」


「俺は暇じゃないし、無意味な運動はしない主義だ

 それと、お前のパンチが当たるわけがない

 人を殴ったことのない奴のパンチなんて特にな」


そう言い残し、安土は部屋から立ち去った。

隼斗はそのクールな背中を見送ることなく、

腰の入ったパンチをサンドバッグに叩き込む。



安土桃太郎(あいつ)は敵だ。


資料を精査したところ大上家とは無縁であったが、

こちらを不愉快にさせるためだけに近づいてきたり、

待ち伏せしたりと、やり口があの連中と似ている。

信奉者を使って潰しに来ることもできたのだろうが、

それをしないのは、奴がブランドイメージとやらを

何よりも大切にしているからなのだろう。


なんであれ、向こうから攻撃を仕掛けてきたのだ。

このまま黙って引き下がるつもりはない。

売られた喧嘩は買う主義だ。


おかげで当面の目標が決まった。


「安土をぶっ飛ばす」

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