1年目4月
新年度早々、3年生の教室に男子が駆け込んできた。
上履きの色は赤。新入生だ。
単身で上級生の巣窟へ飛び込んでくるなど、
なかなか度胸のある奴である。
彼は眩しい笑顔で先輩に報告したのだが……
「アロエさん!
やりましたよ俺!
魔法学園に入学しました!」
「んっ……
誰アンタ?」
「1年5組、大上隼斗です!
あの時の約束、守ってもらいますよ!」
「は?
約束……?」
関東アロエはその名前を思い出そうとするが、
やっぱり考えるのは嫌いなのでやめておいた。
「いや、全然覚えとらんわ
そーゆーことなんで消えてくれる?
先輩は色々と忙しいんだからさー」
「そんな、困ります!
全然って……本当に覚えてないんですか!?
ほら、7年ほど前に……」
「いやいや、7年前ってアンタ……
そんな昔の約束なんて覚えてる奴おらんわ
はいこの話は終わり!
サヨナラ〜」
「俺が覚えてます!
あなたより年下の俺が!
当時は8歳でした!」
「ちよっ、それ……
アタシが8歳児より記憶力無いって言いたいの?
あんまり舐めた口聞かない方がいいよ?
アロエさんを怒らせたら怖いからね?」
この先輩はだめだ。
隼斗は残念そうな顔で教室を後にした。
入学式が終わり、HRでクラスメイトたちの
自己紹介も済み、本日のイベントはこれにて終了。
あとは寮に戻って休むなり学園を探索するなり、
各々の自由に過ごして構わないとのことだ。
隼斗は一度自室に戻ろうとした。
しかし男子寮の前には人だかりが出来ており、
それは全員女子であった。
まあ、噂のイケメンを出待ちしているのだろう。
あの集団の中を通り抜けるのには勇気が要る。
今はやめておこう。
とりあえず学園の敷地を歩き回ることにした。
1日で全ての施設に足を運ぶのは無理だ。
計画的に動かなければ無駄な時間を過ごしてしまう。
ではどうすればいいのか。
まずは押さえるべきポイントを押さえる。
興味のある場所を優先的に見て回ろう。
真っ先に向かったのは芸術棟だ。
当学園に部活動というものは存在しないが、
生徒が放課後の時間を有意義に過ごせるように
一般の高校と遜色無い設備を整えているらしい。
ここ芸術棟はいわゆる文化系の活動に適しており、
音楽室に美術室、家庭科室や図書室といった
インドアの趣味を行うにはもってこいな場所である。
そして階段を上っていると聴こえてくる。
このしっとりとした美しい旋律はショパンだ。
音楽室を覗いてみると、案の定グランドピアノには
清楚な気品を漂わせる女子が姿勢良く座っており、
その細指で永遠の名曲を奏でているのだった。
あのピアノはあの先輩の物だ。
まあ実際には学園の備品だが、とにかく諦めよう。
入学式の日に『別れの曲』を弾くような狂人なのだ、
手を出したら何をされるかわかったもんじゃない。
隼斗は芸術棟から立ち去った。
続いて関所へと向かう。
そこはダンジョンへの入場手続き、メンバー募集、
装備品の登録、戦力情報の更新、報告書の提出など
冒険活動に必要な事務処理を行うための施設であり、
魔物の流出を阻止する防波堤の役割も担っている。
隼斗は非魔法能力者であるがゆえに
装備品の性能を引き出せないという欠点があり、
用心のために訓練官から活動範囲を制限され、
まだダンジョンに潜ることはできない。
その取り決めを破るつもりはない。
この場所へは視察に来ただけである。
そこでトゲトゲの肩パッドやチェーン付きのベルト、
やはりトゲトゲのブーツにトゲトゲのグローブという
まるで悪役プロレスラーのような格好をした女子を
見かけたので、気さくに声を掛けた。
「こんにちは、アロエさん
お1人ですか?
何層での活動を予定してるんですか?」
「ん……アンタ誰よ?」
「今朝、名乗ったでしょう
1年の大上です
わざと知らないふりでもしてるんですか?
それとも本当に記憶力が8歳児以下なんですか?」
「おま……
1年の大上ね、うん覚えた
よ〜〜〜く覚えとくから……
んで、アタシゃいつもソロだよ
ちょっと特殊な体質の持ち主なんでね」
「戦闘モードになると放電現象を起こすんでしたね
味方に被害が出ないようソロで活動している、と」
「んぁ!?
知ってんの!?
ならなんで聞いた!?
喧嘩売ってんの!?」
「いえ、喧嘩なんて売ってませんよ
ただ事実確認を行なっただけです
それで、アロエさんの活動予定を教えてください」
「そんなの教える義理は無い
……んだけど、アンタしつこそうだし教えとくわ
5層だよ、5層
はいこの話は終わり!」
「なるほど、聖水のフロアですね
それならたとえ敵が複数であっても、
電撃を拡散させればまとめて殲滅できますね」
「ふーん、よく知ってんじゃん
予習してて偉い偉い」
「恐縮です」
「……あのさ、今後のために言っとくけど、
アタシを怒らせんのはマジでやめておきな?
本気でブチ切れたら制御利かなくなるからさ
アンタも死にたくないだろうし、
アタシも誰かを殺したくはない
一線を越え……つか、そもそも近寄らなければ
アンタは安全だし、アタシは安心できる
それだけは覚えときな」
「はい、覚えておきます
俺は誰かさんと違って忘れたりしませんので」
「……っ!!」
するとバチバチッと静電気が走り、
一瞬アロエの髪がふわりと浮き上がる。
だが彼女はなんとか感情を抑え込めたようで、
引き攣った笑顔のまま速やかに立ち去った。
やり取りを見守っていたギャラリーの中から
貧相なレンタル装備を身に付けた男子が駆け寄り、
いかにも心配そうな顔で話しかけてきた。
「おいおい、気は確かか?
よくあんなおっかない先輩を挑発できるな?
さっき職員さんから聞いた話だけど、
あの人は“電撃番長”と恐れられててな……」
「ああ、知ってるよ
心配してくれてありがとな
俺は5組の大上隼斗だ、君は?」
「1組の鳩中剣
もしかしてパーティーメンバー探してんのか?
だったらこれも何かの縁だ、一緒に組もうぜ!」
「いや、せっかく誘ってもらったところ悪いけど、
上から活動範囲を制限されてるんだ
許可が下りるまではダンジョンに入れない」
「そっか、そりゃ残念だな
……って、じゃあなんでこんな所にいんだ?」
「同期生たちの初動を把握しておきたかったんだ
見た感じだと鳩中が一番乗りみたいだな?
だとすると今年一番やる気のある男はお前だ」
「へへっ、照れるぜ
……と言いたいとこだが、装備借りてる間に
一番乗りは先越されちまったんだよなあ
あいつ新入生の癖に自前の装備持っててさ、
どうやら事前に計画書も提出してたみたいで、
実にスムーズにあの扉を抜けていったんだぜ?」
「へえ、やるなあ
名前とかわかるか?」
「ああ、同じクラスだからな
安土桃太郎……今話題沸騰中のイケメン様だ
ゴッツイ鎧のせいで最初誰かわかんなかったけど、
入場者リスト見たから間違いないぜ
計画性のあるイケメンで刀使い……
モテる要素満載で羨ましいぜチクショー!」
「俺たちのモテ期は卒業までお預けだな」
隼斗は訓練棟の対人格闘訓練室へとやってきた。
後に彼が多くの時間を過ごすことになる場所である。
そこには眼鏡を掛けた3年生の女子がいたのだが、
どうも彼女はトレーニングをするためではなく
器具のチェックが目的で来ているようだった。
「あら、見学?
私は生徒会長の白鳥飛鳥
あなたは大上君ね、話は聞いてるわ
もしかしたらあなたが来るんじゃないかと思って
念のため準備してたんだけど……本当に来たわね」
「ん?
つまり俺のために、ですか?
ここは普段から他の生徒も使っているのでは?」
「まあ使ってるっちゃ使ってるけど、
ボクシングごっこのために訪れる男子とか、
ダイエット目的で各種マシンを試す女子とか、
本気で利用してる生徒なんて皆無なのよ
そんなわけで今年からは少し方針を変えて、
あなたがなるべく訓練に集中できるように
器具の見直しなんかをして環境を整えたの」
「それは随分とありがたい話ではありますが、
なぜこの俺をそこまで特別扱いする必要が……?」
「なぜってそりゃあ、
あなたが史上2人目の一般入試合格者だからよ
しかも非魔法能力者だしねえ
上の連中は『伝説の男の再来だ!』とか言って、
もう大喜びで色々と先走った結果なんだけど……
大上君的にはどう?」
「どう、と聞かれましても……
まあ嬉しいですよ
嬉しくはありますが、その上の連中というのは
何か盛大な勘違いをしている気がしてならない」
「第2の甲斐晃を目指してるんじゃないの?」
「いえ、まさか
彼を敬ってはいますが、憧れてはいません
最前線で活躍なさっている方なので
実力者であるのは疑う余地もありませんが、
あまりにも武勇伝が胡散臭いので……」
「素手でゴーレムを木っ端微塵にしたり」
「無理です」
「ローパーの触手を掴んでヌンチャクにしたり」
「不可能です」
「なんかロリコンらしいよ?」
「不要な情報です」
なんにせよ、隼斗は第1の修行場を手に入れた。
その部屋にはサンドバッグやパンチングボールなどの
打撃力を鍛えるための道具の他、ランニングマシンや
ベンチプレスなどの筋トレを目的とした器具があり、
身体能力を向上させられる環境であるのは確かだ。
魔法を使えない隼斗にとって、肉体を鍛えることは
冒険活動を遂行する上で避けては通れない道であり、
そのための設備を用意してくれたのは非常に助かる。
ただ、甲斐晃の後釜扱いされるのはいただけない。
冒険者の“冬の時代”を終わらせるきっかけを作った
英雄的な人物であることは認めているのだが、
なんというか、存在がファンタジーすぎて
どこまで信じてよいのかわからないのである。
それはさておき、せっかくお膳立てされたのだ。
第2の甲斐晃ポジションなど狙ってはいないが、
体を鍛えておいて損は無い。
隼斗は早速サンドバッグ……ではなく、
パンチングボールをベシベシ叩いてみる。
打って戻ってきたところを打つべし。
打って戻ってきたところを打つべし。
やり方は合っているのだろうか?
ジムに通ったことなどないので正解はわからない。
おそらくこれはリズムや反射神経を鍛える物なのだ。
そしてサンドバッグは、敵へのダメージの与え方を
学ぶ物なのだろうと推測してみる。
まあ、あとで調べておこう。
入学2日目。
音楽室から『小犬のワルツ』が聴こえてくる。
自分の尻尾を追いかけて回り続ける犬を眺めるうち、
ショパァーン!と閃いたのがこの楽曲らしい。
演奏者は昨日と同じく狂人の先輩だ。
なんだろう、あの人はショパンが好きなのだろうか?
まあショパンを嫌う人などいないのだろうが。
関所は後回しにして訓練室へと向かう。
そして使い方を調べておいた器具をひと通り触り、
正しい手順でトレーニングに取り掛かる。
と、その時。
「お前はボクサーにでもなるつもりか?
残念だが、魔法学園に入った時点で
プロスポーツへの参加権は失われている
厳密に言えば仮免許が発行された時点だが、
まあ誤差みたいなもんだろう」
部屋の入り口には腕組みしながら壁にもたれかかり、
目を瞑ったまま嫌味を言ってくる男が佇んでいた。
安土桃太郎……今話題沸騰中のイケメン様である。
「俺はボクサーになるつもりなんてない
お前と同じで冒険者を目指すひよっこだ
突っ立ってないでこっちに来たらどうだ?
べつに俺専用の部屋ってわけでもないしな
お前とは少し話してみたかったんだ」
だが、安土の反応は芳しくなかった。
「お前と一緒にするな
それと、そんな無意味な運動をする気も無い」
「だったら何しに来たんだ?」
「大上隼斗……
史上2人目の一般入試合格者がどんな奴なのか、
一応この目で確認しておこうと思ってな」
「そうか……
それで、俺はどんな奴に見える?」
すると、安土は目を開けて答えた。
腕組みして壁にもたれかかりながら、
目を開けて嫌味を言ったのだ。
「悪いことは言わん
さっさと退学した方が身のためだ
お前のような奴が冒険者になれるわけがない
考えが甘いんだよ」
「なんだと……?」
しかし安土はそれ以上何も言わず、
クールに訓練室から去っていった。
(なんだあいつ……?)
翌日、昼休みに1組の教室まで行って
昨日の嫌味はなんだったのか問いただそうとしたが、
安土は隼斗のことなどまるで無視して通り過ぎ、
その後ろをファンの女子たちが追いかけてゆく。
なんとも失礼な奴である。
呆れて立ち尽くす隼斗に同情したのか、
男子たちが「あいつムカつく顔してるよなー」とか
「女子を独占しやがって」とか言ってくるのだが、
こいつらはこいつらで論点がズレているので
事情を説明しても話が取っ散らかるだけだと思い、
適当に愛想笑いしてやり過ごした。
放課後、芸術棟で『幻想即興曲』を堪能した後、
(今日はベンチプレスに挑戦してみるか)などと
考えながら訓練室に向かう途中、奴がいた。
腕組みしながら壁にもたれかかり、
目を閉じたまま佇む男──安土桃太郎。
あれは彼のお気に入りのポーズなのだろうか?
「安土、俺に何か用か?」
だが安土は何も答えない。
隼斗の言葉は届いているはずだ。
立ちながら眠っているわけではない。
無視しているのだ。
それならばこちらも無視するまでだ、と
安土の前を突っ切ると……
「自惚れるなよ大上
お前に用などない」
奴が反応した。
「なあ、安土
ちょっと通り過ぎてから話しかけるのはやめろ
それだとちょっと振り向かないといけないだろ?
それがお前の目的なのか?
その微妙な嫌がらせをするために、
わざわざこんな場所で待ち伏せていたのか?」
「だから自惚れるなと言っただろう
お前を待ち伏せてなどいない
ただ鬱陶しい女共を撒くルートを構築中なだけだ
それとな、大上
教室で俺に話しかけても無駄だぞ
俺は人前で仲良くお喋りするようなタイプじゃない
もしそんなことをすれば、
“安土桃太郎”のブランドイメージに傷が付く」
「ブランドイメージ……だと?」
しかし安土はそれ以上何も言わず、
クールに廊下の奥へと消えていった。
(本当になんなんだあいつ……
立ち方もムカつく)
また翌日、隼斗は1組の教室で安土に話しかけた。
本人は話しかけても無駄だと言っていたが、
それが本当かどうか確かめたかったのである。
「安土、どうせ今日も訓練室に来るんだろう?
それなら俺と手合わせしてくれないか?
お前がどれほど強いのか知っておきたい」
隼斗ははっきりと伝えた。
周りで聞き耳を立てている女子たちに聞こえるよう、
わざと大きな声で安土の動向を知らせたのだ。
「断る
手合わせするまでもない
やる前から勝負は見えている
お前など俺の足元にも及ばないだろう」
果たして隼斗の行動は無駄ではなかった。
安土を人前で喋らせることに成功したのだ。
仲良く、ではないが。
そして安土はクールに教室から立ち去り、
その後ろをファンの女子たちが追いかける。
まあまあ腹の立つ光景ではあるが、気分は悪くない。
今日は訓練に集中できそうだ。
「うわ、あいつ身の程知らずだな」
「安土ってすげえ強いらしいのにな」
「狂犬なのか、ただの馬鹿犬なのか……」
そんな同期生たちからの評価はさておき、
その日は安土の顔を見ずに済んだので訓練が捗った。
その翌日、訓練室前の廊下に奴がいた。
例のムカつく立ち方でだ。
「安土……
これは毎日釘を刺さないといけないパターンか?
1組の教室まで移動するのは微妙に面倒なんだぞ
まさかそれもお前の狙いなのか……?」
だが安土は何も答えない。
なので奴の前をちょっと通り過ぎて話しかけさせる。
どうやらその位置が会話イベントの発生マスらしい。
「大上隼斗……
お前、まだ学園にいたのか
今日は教室に来なかったもんだから、
てっきり退学したのかと思っていたぞ」
なんともな物言いである。
この男はなぜちょっかいをかけてくるのだろう?
隼斗は何か心当たりがないかと考えてみるも、
安土とは今週知り合ったばかりの仲で間違いない。
こちらから嫌われるようなことはしていないはずだ。
となると、父親絡みの因縁だろうか?
人から恨みを買うことの多い職業だったのだ。
もし仮に安土が隼斗の父に恨みを抱いている、
あるいは隼斗の父に恨みを持つ者の関係者だとして、
息子である自分が標的になっているのだとしたら
筋が通る話だし、ある程度は納得できる。
あとで調べておこう。
基本情報
氏名:大上 隼斗 (おおがみ はやと)
性別:男
年齢:15歳 (6月6日生まれ)
身長:167cm
体重:57kg
血液型:A型
アルカナ:正義
属性:なし
武器:貫く信念 (素手)
能力評価 (7段階)
P:5
S:5
T:5
F:0
C:0




