空回り
神楽は迷っていた。
現在彼女は校舎の廊下を歩いており、
少し先には窓の外を眺めるアロエ先輩が立っている。
しかも窓枠に両肘を突いて前傾姿勢になっており、
それは必然的に尻を突き出す体勢なのである。
ガラ空きだ。
どうする?
A.カンチョーする
B.何もしない
Bだ。絶対Bに決まってる。
Aを選んだら半殺しにされる。
経験則で知っている。
同じ過ちを繰り返してはならない。
「おっ、神楽じゃん
最近全然アンタの悪い話聞かないから、
アタシゃてっきり退学したもんかと思ってたよ
調子はどう?」
アロエ先輩に気づかれずに通り過ぎる予定だったが、
射程10mの距離で発見されてしまった。
神楽の魔力がべらぼうに高いせいだろうか?
まあ、どのみちAもBも失敗する運命だったのである。
こうなればプランCだ。
「アロエ先輩、こんにちは
あたしは絶好調です
では失礼します」
最低限の挨拶だけして立ち去る。
賢い選択だ。
「まあまあ、アンタどうせ暇でしょ?
ちょっとだけアタシの記憶探しに協力してよ」
「へ?
記憶探し……ですか?」
そのキーワードには反応せざるを得ない。
神楽はまさにうってつけの能力を持っているのだ。
サイコメトリー……物の記憶を読み取る能力を。
しかし、なぜ神楽を頼るのか……
まさかサイコメトリーを使えることが
バレてしまったとでも言うのだろうか?
その秘密を知っているのは神楽本人と安土、
あとは調査隊の3人だけのはず。
自分は教えていないし、もし安土が話していたら
その件について必ず報告があったはずだ。
となると調査隊の3人ということになるが……
「ほら、1年に大上っているじゃん?
魔法使えないのに魔法学園に入学した変な奴
あいつがさあ、前に変なこと言ってたんだよねえ」
神楽は一旦悩むのをやめ、先輩の話に集中した。
もし聞き逃したら、もう一度聞かされてしまうのだ。
「どうもアタシとあいつは昔に出会ってたそうで、
その時になんか約束しちゃったらしいのよ
でも全然思い出せないんだよねえ
悪いんだけどさ、アンタ大上のとこ行って
そこらへんの情報聞き出しといてくれる?」
「えっ?
いや、自分で聞けば──」
「そんじゃ頼んだからね!
良い報告待ってるから!」
そう言い残して先輩は立ち去ってしまった。
あの人はこのために待ち伏せしていたのだろう。
なんにせよ神楽は面倒事を押しつけられてしまった。
神楽はまず1年5組の教室に足を運んでみたが、
“大上といえば訓練室”という図式を思い出して
無駄足を踏んでしまったことに気づく。
すぐさま訓練室に向かったものの、時既に遅し。
今日はいつもより早く自主訓練を切り上げて、
ダンジョンに潜って実戦訓練に励んでいるらしい。
訓練、訓練、訓練……まったく勤勉な生徒である。
そしてダンジョンに向かうも、またもやすれ違い。
どうやら活動中に壊滅寸前のパーティーと遭遇し、
加勢して窮地を救った後に帰り道の護衛を担い、
大上自身もそのまま本日の活動を終了したようだ。
神楽はふと疑問に思い、関所の職員に尋ねた。
「って、あれ?
ソロの大上が5人パーティーを助けたんですか?
しかも場所は第4層の石人形ゾーン……
2年のあたしでもソロは厳しそうな環境なのに、
魔法使えない奴にそんな余裕あったんですかね?」
「ああ、僕たちも報告書を読んで目を疑ったよ
絶体絶命の場面に颯爽と駆けつけて無双したらしい
にわかには信じ難い話だけど、
当事者たちは本当のことを言ってるようだし、
そういう前例が無いわけではないからなぁ……
まあとにかく、今から検証が楽しみだよ」
「検証?」
「え、2年生の君なら当然知ってるでしょ?
……まあいい、復習の時間だ
僕たちは生徒から提出された報告書を基に
給与の計算や支給品の補充をしてるんだけど、
中には虚偽の報告をして儲けようと企む奴もいる
そういう報告にはどこかしら怪しい点があってね、
それが本当なのかどうか確かめる必要が出てくる」
職員さんが小型の機械を6個取り出し、机に並べた。
「あ、ボディーカメラ」
「そう、これを観るのが一番手っ取り早い
今回は冒険活動の終了直後に回収できた物だから
映像を編集する時間なんて無かっただろうし、
100%に近い精度で真実を把握できるはずさ」
「あたしも観てみたいんですけど、いいですか?」
「だめだね」
「ええぇ……」
「期待させといて悪いとは思ってるけど、
プライバシー保護の関係で観せられないんだ
それについても入学前の時点で説明してあるし、
君も同意書にサインしてあるはずだよ」
「うぅ、もどかしい……」
神楽も大上に助けられたことがある。
“いたずらっこ”なんて緩い名前をしておきながら、
チームブラックを半壊させた凶悪な魔物との戦いで。
その魔物は前衛の物理攻撃でワンパン可能なのだが、
今回大上が戦ったのは石人形シリーズとのことだ。
ストーンナイトやストーンメイジといった魔物は
名前通り全身が石のように硬いという特徴があり、
よほどの腕力自慢に強力な鈍器でも持たせない限り
前衛が攻撃役として活躍できる機会はほぼ無い。
まあ安土流剣術とかいう例外はさておき、
普通は攻撃魔法で処理するのがセオリーの相手だ。
魔法を使えない大上がどんなふうに無双したのか、
先輩冒険者である神楽が気になるのも当然だった。
「ちなみに検証の結果、問題無しと判断された映像は
資料室に保管されて誰でも閲覧可能になるよ
とりあえず復習はこんなところかな」
「へえ、そうだったんだ
色々と勉強になりました
どうもありがとうございます」
そう礼を言ってから立ち去る神楽の背中を、
職員たちは困惑気味な表情で見送った。
「あの子、変わった……けど、変わってないな」
「どこか抜けてるというか、天然というか……」
「ポテンシャルは高いはずなんだけどなぁ……」
神楽は資料室へと足を運んだが、
ついさっき提出された映像がそこにあるはずもなく、
やはりここでもまた無駄足を踏む結果となった。
そして本来のミッションを思い出す。
今確認すべきは大上の戦闘レポートではなく、
アロエ先輩との出会い、そして約束の内容であると。
神楽は男子寮へ向かおうか迷ったが、やめておいた。
もう夜だ。大上は自室で休んでいる頃だろう。
何があったのかはわからないが疲れているはずだ。
戦士の休息を邪魔してはいけない。自分も寝よう。
翌日の放課後、神楽は訓練室へと直行した。
が、またしてもすれ違いが発生してしまったのだ。
その場にいた高梨いちごが事情を説明する。
彼女は汗も掻いていないのにタオルを顔に押し当て、
どうやら訓練以外の目的で来ているようだった。
まあ、それよりも今は大上の行方が知りたい。
「大上君なら、アロエ先輩から命令されて
あなたを探しに行っちゃいましたよ
なんか大事な話があるそうですね?
もしよければ私が伝言役になりますよ
先輩は一体どんな話をなさるおつもりなんですか?
それは2人きりじゃないとダメな話なんですか?」
「え、はあ?
実はあたしもアロエ先輩からの命令で、
プライベートな質問しろって言われてんのよね
伝言役ってのはありがたい申し出だけど、
それだとアロエ先輩が許さないだろうし……
まあとにかく早く探し出さなきゃ
あ、もし大上が戻ってきたら、
ここで待つように伝えといてもらえる?」
「それは構いませんが……」
神楽は速やかに大上を探しに出ていった。
そんな彼女の背中を眺めながら高梨いちごがぼやく。
「ここで待ってればいいのに……」
邪魔者が消えた部屋で高梨いちごは1人、
自分の物ではないタオルに顔をうずめるのだった。
神楽は自身が所属する2年1組の教室へと向かった。
そこには悪友のサクラと優等生の金子がおり、
真剣な表情で書類の山を読み漁っていたのだ。
「へえ、珍しい組み合わせじゃない
2人して何読んでんの?」
「ん、これか?
資料室から持ってきた大上隼斗の戦闘レポートだよ
金子がやけに興味深そうに読んでたもんだから、
オイラも気になって便乗してみたんだよな
そしたらこれがまたなかなかどうして……
結構面白いからお前も読んでみろよ
どうせ暇なんだろ?」
そう提案されるが、神楽は断らざるを得ない。
「いや、あたし活字とか苦手だからやめとくわ
映像だったらよかったんだけどねぇ
あ、それよりその大上がここに来なかった?
アロエ先輩から話すように言われてんのよ」
「いや、来てないぜ?
もし来てたら、レポートの真偽を確かめるために
根掘り葉掘り質問攻めにしてただろうよ」
「そっか、頑張って!」
神楽は書類の山から逃げ出した。
「ああ、風のように去っちまった」
「大上君は通信圏外にいるのかな?」
それから神楽は関所、食堂、体育館、芸術棟など
様々な場所を探し回ったものの大上を発見できず、
すっかり日が沈んだ頃に捜索を断念し、
高梨いちごに状況を報告するため訓練室に向かった。
すると、とうとう大上隼斗と会えたのである。
「いやあ、探しましたよ
何度も電話を掛けたんですが繋がらなくて……
位置情報アプリでは女子寮を指し示しているので、
おそらく自室にスマホを置き忘れたんでしょうね」
神楽は本能の赴くままに殴りかかったが、
すぐそばにいた女子2名に取り押さえられて
鬱憤を発散させることができなかった。
彼女を取り押さえたのは高梨いちごと、
もう1人は関東アロエであった。
「あ〜、神楽
あの話はもういいから」
「は?」
「アタシやっぱ思い直してさ、
直接自分で確認してみることにしたわけよ
そんで大上の話聞いてたらさぁ、
『ああ、そういやそんな約束したっけ……』
ってなって、なんとなく思い出せたわけよ」
「は?」
「まあそうゆうことなんで、これにて一件落着!
この話はこれで終わり!
神楽、お疲れ!」
「は?」
アロエ先輩はそれだけ言い残すと、
悩みなど何も無いかのような笑顔で退室していった。
「は?」
続いて大上が申し訳なさそうに一礼してから退室し、
その後を高梨いちごがついてゆく。
なぜか彼女は勝ち誇ったような表情であり、
それが何を意味しているのかはわからなかった。
「は?」




