失恋花火
私たちは夏休みの補習をサボり、夏祭りに来ていた。
その会場は学園から結構離れた場所にあり、
電車での移動を余儀無くされたため
午後の補習を抜け出す必要があったのである。
なぜそこまでして参加したのかというと、
どうも犬飼杏子の好きなV系バンドが来場するらしく
何かしら楽曲を演奏する予定もあるとのことなので、
せっかくだからみんなで観に行こうとなったのだ。
3人共巨乳なので浴衣の似合う体型ではなかったが、
やはりせっかくの機会なので3着レンタルし、
七五三以来袖を通さなかった和装に身を包む。
そしてやはりどこかチグハグさを覚えつつも
「胸が小さくて寸胴だったら似合うんだけどね」と、
ある先輩の話題で盛り上がったりするのだった。
日が沈んでから目的の演奏が始まったものの、
バンドの楽曲ではなく音頭のアレンジだったため
犬飼杏子をはじめファンの皆々は大層ガッカリし、
それでもせっかくなのでライブスペースに居座り、
最後まで演奏を聴いてやるという意志を示していた。
まったくファンの鑑である。
私、亀山千歳はファンでもなんでもないので、
適当な言い訳をしてその場から逃げ出しては
小高い丘へと移動して1人で花火を眺めていた。
周りには何組かのカップルの姿が散見しており、
手を繋ぐ以上の行為を平然とする者ばかりだった。
しまった、そういう場所か……と後悔しつつも、
まあ私に何かしようとする者の気配は無かったので
そのまま花火鑑賞ソロを楽しむことにした。
草むらで何かがガサゴソと動いており、
「アンアン」とか聞こえてくるが、まあ犬だろう。
──私が小学校から帰ると、家の前に男が2人いた。
どちらもスーツを着ているのだが、行儀が悪かった。
「オラァ!!
出てこいやあ!!
中にいんのはわかってんだよ!!」
「居留守使ってんのバレバレだぞコラァ!!
逃げられると思ってんのか、ァアアン!?」
怒鳴りながらドアをガンガン蹴りまくる男たち。
どうやら大変失礼な客が来てしまったようだ。
そんな奴らとは関わらないようにするべきだが、
その時の私はなぜか勇気を振り絞ってしまい、
この失礼な客人を追い返そうとしたものである。
とりあえず彼らは何者だろう?と考えて、
真っ先に思いついたのは“あの連中”だった。
こんな失礼なことをするのは、あいつらしかいない。
「うちにテレビはありません!!」
すると男たちはドアを蹴るのをやめ、
お互いに顔を見合わせて笑い始めたのだ。
「ああ、お嬢ちゃんごめんね
おじさんたちはテレビの人じゃないんだ
まあ似たようなもんだけどね」
「ところで君、『うち』って言ったけど……
もしかして亀山さんの家の子かな?
お父さんかお母さんと話がしたいんだけど」
「え?
あ、違かったんだ
ごめんなさい、私てっきり……
両親ならボランティアで出掛けてますよ
戻ってくるのは9時か10時くらいになると思います
その後すぐアルバイトに行っちゃいますけど」
男たちは笑うのをやめ、怪訝な表情になった。
何かの聞き間違いかと疑ったのだろう。
「いや、ボランティアって……」
「そんなことしてる場合じゃないだろ……」
私は不用心にもカタギではない男たちを家に上げ、
通常の10倍ほど薄いお茶を出してもてなした。
べつに嫌がらせをしたわけではない。
我が家は貧乏だったのだ。
「本当に無いな……テレビ
それに電気も止められてるな
どうりで電話が繋がらないはずだ
健康で文化的な最低限度の生活はどこへ行った?
まあ、俺たちがこんな暮らしにさせたんだろうが」
「単刀直入に言おう
おじさんたちは借金取りなんだ
君を怖がらせるつもりは無かったんだけど、
ご両親を怖がらせたくてあんなことをしたんだ」
「え、借金取りって……
うちの親は誰かからお金を借りてるんですか!?」
「うん、残念ながらそういうことになるね
と言いたいところだけど、厳密には違う
君のご両親はどっちも連帯保証人なんだ
この言葉の意味はわかるかい?」
私は首を横に振った。
「連帯保証人っていうのはね、
お金を借りた人が返せなくなっちゃった場合、
代わりに自分が返しますって約束をした人なんだ
おじさんたちはその約束を守ってほしいだけさ」
「ん……んんん???」
「はは、お嬢ちゃんには難しい話だよね
今度はちゃんとご両親と話せる時に来るよ
ドアを蹴ったりして悪かったね
お小遣いをあげるから許してもらいたいな」
私は千円札を受け取り、疑問を口にしてみた。
「あの、連帯保証人になったら
何かメリットがあるんですか?
なんかすごく損しかしないような気がして……」
「いや、メリットなんて何も無いよ
余計なリスクを背負わされるだけのクソルールさ
まあ、そのクソルールのおかげでおじさんたちは
食いっぱぐれずに済んでるんだけどね」
「なんでうちの親はそんな約束をしたんだろう……」
「こんなにも自分の生活が困窮しているというのに、
タダで他人の面倒を見ていられるような連中だ
いわゆる八方美人ってやつさ
本来の借り主にいい顔をしたかったんだろうね」
「そんなの都合がいいだけじゃないですか」
「ははは、その通り!
ご両親よりわかってるじゃないか!
そんな君にはお小遣いを上乗せしてあげよう!」
私は千円札を2枚受け取り、優しい来客を見送った。
とりあえず両親のような人間になってはいけない。
そう心に誓い、私は勉学に励むようになった。
体育以外オール5の成績で小学校を卒業した私は、
中学生活1年目にして挫折を味わうことになる。
安土桃太郎。
本当に嫌な奴だった。
最初の中間テストで全教科90点以上取った私に対し、
彼は全教科満点という圧倒的な力の差を見せつけて
ガリ勉のプライドをへし折ってきたのだ。
しかも運動音痴な私とは正反対に、
あらゆるスポーツに対応できる肉体を持っていた。
完全に神に選ばれし者としか思えなかった。
一応音楽と美術では微妙に私が勝っていたのだが、
その科目で勝ててもあまり嬉しくはなかった。
思えば彼のファッションセンスの悪さについては、
この頃から既にその片鱗を見せていたのだろう。
ともあれ、私は彼が憎かった。
もし彼が生まれつきの天才だったならば諦めがつく。
だが、そうではなかった。
彼は一流企業の社長から帝王学を仕込まれた身であり
私以上の努力をしてきた人間だったのである。
私が10の努力をしている間に、
彼は100の努力をしている。
これではどう足掻いても勝てっこない。
その非情な現実が彼に対する嫉妬心を増長させた。
それから私は事あるごとに彼に突っかかり、
教室や廊下ですれ違う度に文句というか言い掛かりを
吹っかけるようになり、敵意を剥き出しにしたのだ。
だが彼にどれだけ罵声を浴びせようと無反応であり、
私など道端の石ころ以下の存在だったのだろう。
中学2年生になった私は、車に轢かれた。
その頃の記憶はあったり無かったりするので、
全容を詳しく語ることはできない。
なんにせよ私は信号無視の暴走車に轢き逃げされ、
目が覚めると何者かが私の頭を押さえていたのだ。
「動くな
脳味噌が溢れるぞ」
聞き覚え……が、あまりない男の声。
だがそれが安土桃太郎の声であるとすぐにわかった。
そして彼に膝枕されている事実も把握し、
制服を血で汚してしまったことに対して
割とどうでもいい罪悪感を覚えていた。
あれは現実逃避的な何かだったのだろうか?
「私、そんなに酷い状態なの?
それほど痛みは感じていないのだけれど……
ああ、それこそいよいよ危険な状態なのね」
「冗談だ、真に受けるな
止血のために押さえているだけだ
痛みが無いのはアドレナリンのおかげかもな
医者じゃないから断言はできないが」
「ふーん、あんたも冗談なんて言えたんだ
内容もタイミングも最悪だけど……
まあ、初めてにしては上出来なんじゃない?」
そう言うと、彼が少し笑ったような気がした。
しかしその時の私は頭を動かせなかったので、
彼がどんな顔をしていたのかはわからない。
「お褒めに預かり光栄だ
とりあえず救急車は呼んである
それから警察に通報もした
あとは待つだけだ」
「こんな時って、どっちが正解なのかしらね?
何も喋らずにじっとしているべきなのか、
意識が途切れないように喋り続けるべきか……」
「さあな、わからん
ただ、これが最期の言葉になる可能性もある
発言は慎重にすべきだろう」
「それも冗談?
だったら本気で笑えない
最期の言葉だなんて……私が死ぬみたいじゃないの
『お前を死なせたりしない』くらい言えないの?」
「残念だがそれは無理だ
出血量が多いし、救急車の到着が遅れている
俺1人で患部を圧迫しながら病院まで運ぶのは難しい
周りの連中は撮影で忙しくて手伝えないそうだ
とにかく待つしかない……そんな状況だ」
「そう……
思ったより事態は深刻なのね
…………
『散りぬべき時知りてこそ世の中の
花も花なれ人も人なれ』」
「細川ガラシャの辞世の句だな
最期の言葉がそれでいいのか?
他人の丸パクリになっちまうが……」
「それもそうね
ちゃんと自分の言葉を遺さないと……
でも苦手なのよね、そういうの
死にかけてる時に即興で遺言考えろとか、
正直言って無理でしょ」
「『是非に及ばず』」
織田信長の辞世の句で返しやがった。
なんだこいつ、ユーモアのセンスあるじゃん。
普段からそういう発言をすればいいのに……いや、
このレベルの会話についていける同級生がいない。
ああ、だからか。
こいつがいつも無愛想な態度を取ってるのは、
馬鹿と喋るだけ時間の無駄だと知ってるからなんだ。
だとすると今まで散々シカトされてきたこの私も、
喋る価値の無い連中の1人ということになる。
やっぱりムカつく。
救急車の到着と同時に意識を失ってしまった私は、
ギリギリ処置が間に合って一命を取り留めたらしい。
しかし、ここで問題発生。
目が覚めた私は医者や両親から色々説明を受けるも、
彼らが何を言っているのかわからなかったのだ。
日本語を話しているのは理解できるのだが、
その内容がチンプンカンプンだったのである。
私は本当の馬鹿になってしまった。
そう絶望する私に対し、医者たちは簡単な言葉を使い
根気強く説明を繰り返してくれたおかげで
自分の置かれている状況を把握することができた。
どうやら私は事故の衝撃で脳の一部が損傷し、
“考える力”が著しく低下してしまったそうだ。
そのため知っているはずの言葉が出てこなかったり、
小学生レベルの足し算引き算に時間がかかったりと、
学業に大きく支障を来たす体になってしまったのだ。
安土桃太郎による『脳が溢れる』発言は、
あながち間違いではなかった。
私はガリ勉唯一の武器を失ってしまったのである。
もう彼とは確実に会話のレベルが釣り合わない。
私は本当に喋る価値の無い女になってしまった。
だがそんな心配をよそに、彼と喋る機会は訪れた。
以前はいくら話しかけてもガン無視していた彼が、
毎日のように入院中の私の病室へ見舞いに来ては
様々な近況報告を行なってくれたのだ。
それは私の体を気遣うような内容ではなく、
加害者の動向に関するどうでもいい報告ばかり……
なのに、いつしか私はその時間を楽しみにしていた。
ただ彼の声が聞けるだけで嬉しかったのである。
私はその特権を手放したくないと思っていた。
私はようやく彼の魅力に……いや、そうではない。
私だけが本当の安土桃太郎を知っている。
その優越感が私の歪みを加速させた。
「加害者の人生を破滅させてやる」
そう言い放った時の彼の横顔といったら、もう……
彼の上辺しか見ていない女共には決してわかるまい。
この黒い執念こそが彼の本質であり、真の姿なのだ。
恋愛感情などという言葉では生ぬるい。
私は安土桃太郎という男を崇拝している。
全てを捧げてもいいと思える存在なのである。
私は邪悪な救世主と出会ってしまったのだ。
窓の外、遠くの空では打ち上げ花火が咲いていた。
ちょうどいい。あれは開戦の狼煙だ。
そして淡い恋心との決別の誓いでもある。
──この夏最大の花火が夜の闇へと散ってゆく。
どうやら夏祭りはこれでお開きのようだ。
相変わらず草むらからは「アンアン」と聞こえるが、
なんと持久力の高い犬たちだろうか。
「あっ、いたいた!
カメちゃん、こんな所で何やってたの!?
ライブ終わっちゃったよ!
最後にみんなで手繋いでジャンプしたかったのに!
〆の儀式をすっぽかしちゃだめだよ!」
犬飼杏子と猪瀬牡丹に見つかってしまった。
というか、なんだその〆の儀式とやらは?
私はそんな予定を事前に聞かされていない。
それはファンの間では恒例行事なのかもしれないが、
私はそのバンドの存在を今朝知らされた身なのだ。
知る由もない。まったく理不尽な言い掛かりである。
「まあまあ、わんこちゃん
カメちゃんは初めてだったんだし、
急にそんなこと言われても困惑しちゃうよ?
実際ウチも直前に説明されて焦ったし……」
被害者は1人で済んだようだ。
途中で抜け出した私の判断は間違っていない。
「じゃあ今回は許すけど、
次こそはみんなで手繋いでジャンプしようね!」
「え、次?
私はファンではないのだけれど」
「ウチもちゃうで
ってか、なんで上から目線?」
「いいじゃん、一緒にライブ行こうよ〜!」
「何がいいのかわからない」
「でも結局行くことになるんやろな」
結局、3人でライブを観に行く約束をしてしまった。
まったく困ったものだ。




