閑話 復活
ある日、ベルクの街にある世界の主神教を総本山である教会本部に、ひとりの痩せぎすな男が入って来た。
教会本部敷地内には、大きな教会もあり信徒たちは夕の鐘が鳴るまでの間であれば、自由に参拝することができる。
しかし、夕の鐘は鳴り終わっており、修道女たちは前庭の掃除や入り口の施錠をしている時に、フラフラとした足取りの男を見かけたのである。
「申し訳ありませんが、すでに本日の……。あの、あのもしかして……。ちょっと、誰か来てー」
修道女のひとりが大声を出し、教会警備担当の男達もワラワラと現れ、男を取り囲むのだが、誰も動かずに口も開かない。
「あの、枢機卿のゼイン様? ……ですよね」
「う、うむ。フローナ様はいらしゃるか? あぁ、その前に水をくれないか」
そう言うとドサッと、その場に倒れ込んでしまった。
すぐに、医務室へと運び込まれる。
ゼインと思われる男が、目を覚ましたのは一時間程経った頃だった。
「こ、こ、ここは?」
「ここは医務室です。その前に、ゼイン様でお間違いないでしょうか?」
「うむ、ゼインで間違いない。それよりも! フローナ様は!?」
さっきからフローナを呼んで欲しいと声を出すのだが、その声もかすれてよく聞き取れない。
「大教皇様でございましたら、修行をやりなおすと申されまして、すでに旅立っております」
「な、なぜだ!?」
司祭のひとりがゼインに、フローナは使徒様を不快にさせたため、大教会での結婚式も行われず、フローナ自身と誰一人も教会関係者の参列が断られたと説明し、その罰の為に諸国を謝罪行脚に出かけたとも話す。
「……な、なんということだ。……なんと、フローナ様までもが……。あの時の事を謝罪したかったと言うのに……」
ガックリと肩を落としたかと思うと、すぐに顔を上げ周りに聖堂に行くので肩を貸して欲しいと頼んでくる。
そのまま、聖堂へと連れて行き、主神像の前までと頼まれる。
「ここまででいい。ありがとう」
「「「「「えっ!」」」」」
ゼインが頭を下げ礼を言う姿に、一同が驚き立ち尽くしてしまう。それ程に、ゼインの以前の姿が横暴であったことがわかるほどである。
ゼインは、聖堂に入るや否や、すぐに、五体投地を行いながら、主神像の前まで進んで行く。
「申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。申し訳ございませんでした。どうか、お許しください。申し訳ございませんでした。どうか、お許しください」
何かに取りつかれたような鬼気迫るような顔つきで、五体投地を繰り返す。誰も止めようともできない迫力である。
何度も何度も、謝罪を繰り返す。
ゼインが主神の怒りを買い、どこかに飛ばされたとは大教皇であるフローナからの説明はあった。
だが、どこに行ったのかは誰も知らないのである。
その後、夜遅くなってもゼインの行動は止まらない。誰かが止めるようにと声をかけるのだが、その度に、『私の気持ちが収まるまでは、どうか止めないで欲しい』。そう言われると、だれも 辞めさせるわけにもいかなかった。しかも、教会本部の総責任者であるのだから、命令に従わないわけにはいかなかった。
翌早朝、日が昇り始めるころ、聖堂を開けるとゼインは、まだ謝罪の五体投地を繰り返していた。
しかし、身体はフラフラで、今にも倒れ込みそうなくらいであった。
再度、他の枢機卿たちや司祭達から、数度声をかけられ、やっとゼインの動きは止まったのだった。
――――
「ゼイン様、落ち着かれましたでしょうか?」
「うむ、心配をかけたようで申し訳ない。昼からは、会議がある日だったか? その場に手私自らが説明させて貰おう。それまでは、少し休ませてくれないか」
昼からの会議とは、年に数回ある魔人国の教会関係者が多く集まり、教会運営に関する会議が開かれるのである。
通常の会議の後、ゼインが登場すると、場は騒めきとどよめきに包まれる。
「皆、心配をかけたようで、本当に申し訳なかった。この通りだ」
ザワザワザワザワザワザワ
「私が、主神様をお怒りにさせたのか、また、神罰は何を受け、どのような過酷なものだったかを話させて欲しい。これを聞き、どうか主神様を恐れず怖がらないで欲しい。すべては、私の間違いの報いのなのだから。どうか、最後まで聞いて欲しい」
神罰という単語が聞こえた途端、城内は一気に静まり返る。
「まず、何故、神罰を受けたかについては、どうやらフローナ様から聞いているとのことなので、私から再度話すことないのだが。さて、私が受けた神罰なのだが、それは……。醜い醜い毛虫にさせられたのだよ」
毛虫!? そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
「そう、諸君らのよく知っている、あの毛虫だ。それに変えられていたのだ。意識は、毛虫と、それを俯瞰してみている私の意識の二つである。要するに、毛虫の肉体と上空から見ている意識の二つである。主神様からは、心からの謝罪を行わなくてはならなかった。しかも、百回死ぬまでは元には戻れぬのだ。あぁ、百回死ねば戻れるんだ、簡単だなと思ったものもいるだろう。しかしな、肉体が鳥に啄まれ、胃で徐々に溶かされていく感覚。それが、百回なのだぞっ! 気が狂う事も許されず、私が出来るのは謝罪の言葉のみ。毛虫の肉体であるので、人語は話せないが、それでも私は謝罪を続けた。何度も、何度も取りに食われ、木から落ちれば踏みつぶされる。痛みは肉体と、上空から見ている意識にも共有される」
誰も何も話さない。ただ、ゼインの話を聞いているが、数人は身震いしている者もいる。修道女の数人は倒れて運ばれて行ったようだった。
「……以上が私の体験した神罰である。再度、言うのだが、神罰は恐ろしい。だが、それは私の自業自得の結果なのである。主神様は、大層にお優しく自愛に溢れている御方であるが、私のような傍若無人なふるまいをした者には相応の罰をくだされるのだ。諸君、私のようになるな。神に使える者は清廉潔白であるべきなのだ。自分勝手なふるまい、自己保身のために他者を攻撃するのは、許されざる行為なのだと」
すでに会議室の場は、ゼインの話を聞き漏らすまいと、水を打ったような静けさになっていた。
「以上を踏まえ、神罰をくだされた私が教会本部の総責任者を続けてもよいのだろうか? 否、それは許されないことである! 私は、本日をもって総責任者を退任させていただく。これからは、各国の牢獄の罪人に対する教誨師になるつもりである!」
教誨師として、牢獄につながれている罪人や修道院にて永久追放された者達に対して、主神教の教えを説き、精神的な救済や心の安定、悔い改めて正しい道を歩むことを支援すると言い出す。
今までであれば、暴言を吐き、相手が誰であっても暴言や嫌味を吐く人物とは思えないと、多くの者は思っていたことだろう。
だが、全員の前にいるゼインの姿は、目は落ちくぼみ、ミイラのようなやせ細った身体。しかし、先ほどからの物言いは、以前の様相からは想像できないようなものだった。
「諸君、私のようになるな! 今一度、原点にかえり主神様に仕えているのだと言う誇りを持ちたまえ! 私のような者を出さないように、信徒達をしっかりと導きたまえ!」
ゼインは、言い切った後、フラフラとしながら会場を後にしていったのだった。
会議の場にいた全員は、ゼインが語った生々しい神罰の恐ろしさに、誰一人口も開かず、重い空気のまま会場を後にするのであった。
ゼインは、数日を教会本部にて過ごし、身体が元に戻る前に旅立ったそうである。
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