第六十九話:神々の意思
冥府の空は常に曖昧な灰色をしていた。
生と死の狭間に位置するこの世界は、現実のようで現実ではなく、幻想のようで確かな存在感を持つ。
ここが今のレイヴンの居場所だった。
——いや、正確には彼が”支配者”となった場所。
しかし、それを脅かす者たちがいた。
神々。
彼らは、冥府という「輪廻の歪み」を排除しようとしていた。
「……やはり、来るか」
レイヴンは静かに呟いた。
視線の先には、天から降り立った“神の使徒”たちが立ち並んでいる。
輝く白銀の鎧を纏い、神聖な光を纏う彼らは、“異分子”である冥府を浄化しようとしていた。
彼らの背後には、巨大な——門神界への扉が浮かび上がっている。
「……貴様が、冥府を支配する者か」
先頭に立つ男が、威圧するように言葉を投げかける。
彼の名はラグエル。神界の監視者にして、神々の意志を執行する者。
「冥府は、本来この世界には存在しない異物。このまま存続させるわけにはいかぬ」
「異物、ね……」
レイヴンは皮肉げに笑った。
「じゃあ聞くが、“この世界”とは、お前たち神々の都合で決まるものなのか?」
「当然だ」
ラグエルは即答する。
「生ある者は生を全うし、死すべき者は輪廻の流れへ還る。それが秩序。お前のような存在が冥府に留まることは、世界の摂理に反する」
レイヴンは腕を組み、ため息をついた。
「……お前たち神々は、“輪廻”にこだわりすぎなんだよ」
そう、神々にとって”輪廻”とは、“魂を管理するためのシステム”に過ぎない。
死んだ魂は、神々の采配によって再び転生し、世界のバランスを維持する。
だが——冥府は、その”管理”から外れた存在だった。
神々の意志とは無関係に、“死者が己の意志で選択できる場所”。
その在り方こそが、彼らにとって許容できないものだったのだろう。
「……なら、話は簡単だ」
レイヴンは手を前にかざした。
次の瞬間——冥府の大地が揺れ、無数の影が立ち上がる。
「——ここを壊したいなら、俺たちを倒してからにするんだな」
闇の底から現れたのは、レイヴンが召喚した冥府の軍勢だった。
堕ちた騎士、怨念を抱く亡霊、闇の呪縛に囚われた魔獣たち。
彼らは皆、この冥府を”選んだ者たち”だ。
「……愚かな」
ラグエルが手を挙げると、神の使徒たちが一斉に武器を構えた。
「ならば、その異端を神の名のもとに討つ!」
神と冥府の戦いが、今始まる——。
※
光と闇が激突した。
神の使徒たちが放つ神聖魔法が、冥府の闇を浄化しようとする。
しかし——
「無駄だ」
レイヴンは静かに呟くと、手をかざした。
《冥府の守護》——
彼のスキルが発動し、闇の波動が広がる。
その瞬間、神聖魔法の輝きが霧散した。
「……何?」
ラグエルが僅かに目を見開く。
「冥府の領域では、神の加護など通用しない」
冥府とは、神の支配を拒絶する場所。
だからこそ、ここでは”神の力”は弱まり、“冥府の力”が増幅される。
「ならば、力ずくで排除するまで——」
ラグエルが剣を構え、突進する。
だが、彼が踏み込んだ瞬間——冥府の霧が彼を包み込んだ。
「……ッ、これは……」
「言っただろ? ここは冥府だ」
レイヴンの声が、霧の中に響く。
「ここでは”死”すら意味を持たない。輪廻に還ることすらできない場所だ」
ラグエルの動きが止まる。
それはつまり——神々の意志でさえ、この場では機能しないということ。
「……お前たちが輪廻を支配したいなら、まずは”俺を超えてみせろ”」
レイヴンの背後から、無数の冥府の影が立ち上がる。
そして、次の瞬間——
「冥府は”魂の終着点”だ。お前ら神々にとっても……」
レイヴンの指が鳴る。
その瞬間、闇の波動が炸裂した。
神と冥府の戦いは、ますます激化していく——




