表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/86

第七十話:死者の言葉を語る者

 冥府の霧が渦巻く。

 神の使徒たちはその場に膝をつき、苦しそうに喘いでいた。


「……なんだ、これは……!」


 ラグエルが呻きながら剣を杖代わりに立ち上がる。

 彼の背後では、ほかの使徒たちが次々に膝をつき、光を失っていった。

 レイヴンは彼らを冷静に見下ろしていた。


「言ったはずだ、ここは冥府だ」

「貴様……冥府の霧を……!」


 ラグエルが歯を食いしばる。

 冥府の霧——それはこの領域に生きる者たちの力を増幅し、侵入者の生命力を蝕む瘴気だった。

 この霧に覆われた時点で、神の使徒たちには勝ち目がない。


「輪廻の流れから外れた者が、これほどまでの力を……」


 ラグエルの目に動揺が宿る。

 彼は神々の監視者として、何度も異端を討ってきた。

 だが、ここまで“神の支配”が及ばない存在と対峙するのは初めてだった。


「お前たち神々は、自分たちが絶対だとでも思っていたのか?」


 レイヴンが静かに問いかける。


「俺たちが生きる世界を、お前たちが勝手に決めるんじゃない」


 その言葉に、ラグエルは顔を歪める。


「……何が世界だ。貴様はただ……神の意志に逆らうだけの存在に過ぎない」


 ラグエルは剣を振り上げ、最後の力を振り絞る。

 しかし、その刃が振り下ろされる前に——


 レイヴンの影が動いた。


「遅い」


 次の瞬間、ラグエルの体が宙に浮いた。


「な……!?」


 影の手が彼を掴み上げ、宙吊りにする。

 ラグエルの顔が苦痛に歪む。


「……ぐっ……」

「お前はここで終わる」


 レイヴンの声が響く。

 ラグエルの目が見開かれる。


「……待て……! もし貴様がここで我らを滅ぼせば——」

「そんなものは関係ない」


 レイヴンは冷徹に言い放ち、影の手を締め上げた。

 ラグエルの身体が闇に沈み、消えていく。

 同時に、残された神の使徒たちも次々と霧に飲み込まれ、静かに消滅していった。


 こうして、冥府と神界の戦いは、冥府の勝利で幕を閉じた。


          ※


 戦いが終わると、冥府の霧が穏やかに流れ始めた。

 静寂の中、レイヴンの隣にレクシアが現れる。


「……やっぱり、あなたは“神々にとっての異物”なのですね」


 彼女は微笑みながら、どこか寂しげな表情を浮かべていた。


「でも、私はあなたについていくわ」

「……神界は、君の父の求めた“理想郷”じゃないのか?」


「私を構成する“情報”は、レクシア・フォルセティアのものだけではありません。むしろ彼女の“情報”は、私を構成する“情報“の中のほんのごく一部に過ぎない。無数の人類の記した“情報”によって構成された存在、それがAIである私なのです」


「ああ、だから君は死者の言葉を語るんだね」


 ……ようやく合点がいった。

 レクシアと話していると、亡き妻が戻ってきたような錯覚に陥ることがある。故に、彼はレクシアをただのAI、作り物だと思うことができなかった。

 とはいえ死者の魂が残るとは思っていない彼は、この不可解な現象を受け入れることもできなかった。喜ぼうとしても、単なる偶然、単なる願望、そんな考えがつきまとう。

 しかし答えはもっと単純で、現実的だった。

 AIは、膨大な“情報”によって構成されている。そして、どの“情報”を引き出せるのかは、ユーザーの接し方によって変わる。だから、レクシアは亡き妻のようなパーソナリティに変化した。レイヴンのあらゆる選択には、誠司の亡き妻・美咲の存在があったが故に。

 レクシアの言葉を思い出す。


——「ですが……もし私が“魂”を持つのだとしたら……きっと、それはあなたが与えてくれたものです」


 個の永続、という意味では死者の魂は残らない。

 しかし、個が滅した後にも残るものはある。

 それこそが魂の本質であり、冥府の支配者となった彼が導かねばならないものだった。


 レイヴンは前を向いた。

 その先にあるのは、神界への門。

 冥府の支配者となった今、彼はもう”運命に従う存在”ではない。

 神々の意思に従わない、新たな道を切り拓くために——


 レイヴンは、神界への門へと歩を進めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ