第六十八話:神界の真実
巨大な門の周囲には、青白い燐光が揺らめき、レイヴンとレクシアの影を冥府の大地に映し出す。
レクシアの青い瞳はどこか悲しげで、彼女の白い指は胸の前で固く組まれていた。
「……レイヴン。貴方に話さなければならないことがあります」
レイヴンは黙って頷いた。すでに覚悟はできている。
レクシアは深く息を吸い、静かに語り始めた。
「神界——エーテルリアに辿り着いた者は、二度と戻れません。彼らの意識は“天使”として組み込まれ、ゲームの管理システムの一部になってしまうのです」
レイヴンの眉がわずかに動いた。
「つまり……神界に行ったプレイヤーは、もう人間ではなくなる、ということか」
「ええ。システムに取り込まれ、永遠に神界の秩序を維持する存在に変えられてしまいます。意識の一部は残るけれど……彼らの“自我”は徐々に薄れ、神界の意志に従うだけの存在になっていくのです」
「……洗脳、みたいなものか?」
「そうですね。ただ、最初から完全に自我を奪われるわけではありません。最初のうちは、自分がプレイヤーだったことも覚えているでしょう。でも時間が経つにつれ、自分が何者だったのかを忘れ、神の代行者として“正しい世界”を維持する役割を担うようになる……」
レイヴンは拳を握りしめた。
「ふざけた話だな」
「ええ……ですが、それがこの世界の“設計”なのです」
レクシアの声には、言葉にしがたい苦しみが滲んでいた。
「この世界は、ある一人の天才プログラマー——レイン・フォルセティアによって作られました。彼はかつて、このゲームの基盤となるシステムを開発した人物です。彼にはレクシアという名の娘がいました」
「……レクシア?」
「偶然の一致ではありません。私の名前は、レイン・フォルセティアの娘レクシアから取られたものです」
レイヴンの目がわずかに見開かれる。
やはりそうだったのか。
アーカイブサイトで見たネットの記事を思い出す——
「レインの娘レクシアは、病によってこの世を去りました。彼は彼女を救うことができなかったことを悔やみ、魂をデジタルの世界に保存する方法を模索し始めました」
レクシアは一度目を閉じ、悲しげに微笑んだ。
「彼は“人の魂は情報であり、適切な形で保存できれば永遠に存在し続ける”と考えました。そして彼は、自分の技術を使い、娘の意識をこの世界に残そうとしたのです」
「……それが、このゲームの起源か」
「ええ。そして彼は、やがて“人類すべてをデジタルの世界に移行させる”という考えに行き着きました。現実の世界は不完全で、肉体は脆く、やがて朽ちる。ならば、完璧なシステムの中で永遠に存在できる世界を作ればいい、と」
レイヴンは眉を寄せた。
「……現実そのものを捨てる、ということか」
「彼にとって、それは救済でした。現実で死ぬことなく、データとして存在し続けることができる世界。彼は、それこそが“理想郷”だと信じていました」
レイヴンは黙ってレクシアの話を聞いていた。
レインの目指した“理想郷”は正気の沙汰とは思えない。しかしこれまでの疑問点に合点がいったことも確かだった。
「彼の理想は理解されませんでした。でも、共鳴した者たちもいたのです。そして、彼の理論を基に神界——エーテルリアのシステムが作られました」
レクシアは目を伏せ、静かに言葉を続けた。
「彼はもう、現実には存在しません。彼自身もまた、神界の一部になってしまいましたから」
レイヴンは黙っていた。
天才プログラマーは、己の理想に殉じ、自らもまた神界に取り込まれたのだ。
そして今も、神界は“完璧な世界”を維持するために動いている。
「……俺は、どうすればいい?」
レクシアはそっと顔を上げた。
「選択するのです、レイヴン。貴方は冥府の支配者。この世界の境界に立つ者として、貴方は神界の意志に従うのか、それとも——」
レイヴンはゆっくりと目を閉じ、深く息を吐いた。
(神の意志か、俺自身の意志か……)
「……俺の答えは決まっている」
静かに目を開くと、レクシアを見据える。
「俺は冥府の支配者だ。神界の計画なんかに従う気はない」
レクシアの瞳が揺れる。
「……レイヴン」
「俺は、俺のやり方で決着をつける。この世界の行く末は、神の意志じゃなく——俺が決める」
冥府の王として。
レクシアは微笑んだ。
「ええ……それこそが、貴方の選択ですね」
静かに、二人を包む燐光が揺らめいた。




