第九十二話 突然の襲撃
「ふんふふんふふーん♪」
大学生組五名が歩いている道に、椿の楽しそうな声が響いている。先ほどの村で合流出来た葵の腕を抱きながらスキップするように軽やかに歩く椿は、声だけでなく全身から嬉しさをこれでもかと振り撒いていた。そんな椿に腕を振り回されている葵は、困ったように笑っているがどこか楽しそうだ。葵としても、こうして友人らと合流出来たのは嬉しいことなのだろう。
「おい椿。ずっとビクビクしてたくせに、ずいぶん楽しそうだな」
「だって葵ちゃんと合流出来たんだもん、嬉しいに決まってるよ! ていうか、聖太君に言われたくないんだけど。ずっとビビってたくせに」
「ああ!? 俺がいつビビってたってんだ!」
「いや、何かある度に毎回めっちゃビビってたし……」
椿と聖太がぎゃーぎゃーと言い合って、それを見た葵が困ったようにオロオロと二人の間で首を動かしている。そして呆れたように涼人と桃華が傍観して。そんな五人の日常が戻ってきた。言い合いをしていた二人も含めて、その場の全員が同じことを思ったようで、それぞれが何の前触れもなく笑みを浮かべていた。
「ま、気分が良いから今回はこれくらいにしといてあげるよ、聖太君」
「はあ? こっちのセリフなんだが」
「え、何? あんま言うなら過去の黒歴史まで掘り返して……」
「ま、待ってください椿さん、そんなに引っ張ったらきゃあっ!?」
「え、あ、葵ちゃんひゃあっ!?」
聖太の煽りにあっさり乗ってしまった椿は、葵の腕を抱きしめていることも忘れて聖太に詰め寄った。そんなことをすれば当然ながら葵の腕を椿が引っ張る形になる。急に引っ張られてバランスを崩した葵がその場に倒れ、そんな葵に逆に引っ張られる形となった椿が連なって倒れていく。
折り重なるようにして倒れた二人を見て、この上なく大きなため息を吐いた涼人が、新しく一本の煙草を取り出して口にくわえると火をつけた。精神を落ち着けるように天に向かって煙を吐き出す。
「何遊んでんだお前ら。合流出来たってだけで、他の状況は何も変わってねえんだ。あんまり気を抜いてんなよ」
「す、すみません……」
「だって聖太君が」
「椿の奴が」
「いや、どうして唯一悪くない葵だけが謝ってるのよ……。椿、聖太、少しは反省しなさい。こんなことをしている間にも、あちらの二人はそれぞれたった一人で探索を進めているのよ」
「うっ……」
桃華の言葉に、今頃視界の悪い山や森を一人で探索しているだろう流凪と玲のことを思い出した椿は、ばつが悪そうに立ち上がった。そして、ゴメンねと謝りながら倒れている葵へと手を伸ばす。大丈夫ですと返事をしながら椿の手を借りて立ち上がった葵は、すかさず椿によって全身を撫でまわすように確認され、ほんのり頬を赤くしていた。どうやら椿は葵が怪我をしていないか調べているようだが、本人に尋ねる前に自分で確認しようとしてしまう辺りが椿の猪突猛進さを表している。
「うん、良かった大丈夫そう!」
「あの、そういうことは直接口で聞いてください……流石に恥ずかしいので……」
「え? あ、そっか! 聞けば良いんだ、全然思いつかなかった!」
「もう……ふふ、椿さんらしいですね」
やっと大騒ぎが終わって歩き出せる状態に戻ったところで、桃華がこんなことを言い出した。
「それでは罰として、椿は葵から離れて歩くこと」
「えーっ!?」
それは、並び順の変更命令だった。今までは先頭を元気良く歩く椿に引っ張られるように葵、その後ろに聖太、最後尾に並んで涼人と桃華という並びだったが、桃華の命令によって、先頭から椿と並んで桃華、その後ろに聖太、最後尾に並んで涼人と葵という並び順となった。
「ねえ桃華ちゃん、反省してるからー」
その変更に不満を隠せない椿だったが、そんな椿の耳元に桃華が口を寄せて囁く。
「我慢しなさい。せっかく再会出来たのだから、涼人と葵が話せるようにしてあげましょう」
「あー」
その言葉で、椿は自分が大分デリカシーのないことをしてしまっていたなと思った。思えば恋人が再会を喜び合う間も与えず自分が葵を独占してしまっていた。それほど嬉しかったことは事実だが、まずは涼人と葵が話を出来る環境を整えてやるべきだった。
「うん、じゃあこのまま進もっか!」
桃華が何事かを耳打ちした瞬間、やけに素直に受け入れた椿の様子を不思議そうに見つつも、それに何か文句がある訳ではない一同がやっと歩き始める。そもそもこんなにのんびりしている場合ではないのだ。この道がどれだけ長く続いているのかも分からないし、その先に何があるのか、むしろ何かあるのかすら不明なのだから、時間はいくらあっても足りない。流凪たちとの合流も時間で区切っている。のんきにしていては何の成果も得られないまま合流することになる可能性が高い。
道を歩き出したところでそんな現状を思い出した一同は、やや速足気味で進んでいく。それによって隊列は縦長に伸び、この中で最もインドア派の葵が少しずつ遅れ気味になっていく。その横を歩きながらどうにかするべきかと涼人が考えていると、そんな涼人が動くよりも先に葵自身が行動した。
「す、すみません、もう少しゆっくり行きませんか?」
だんだん息が上がってきた葵が、完全に疲れ切って歩けなくなってしまう前にどうにかしなければと口を開く。それによって前を行く椿、桃華、聖太の三名が後ろを振り返った。
その前の三名と、後ろ二名の間。土が踏み固められたような道の、その地面に何かが突き立った。
小さな風切り音と共に飛んできたそれは、
細長い木の先端に鋭い石の刃が取り付けられた、槍だった。
「え……」
「ひっ」
数秒遅れて、それが何であるか、何が起きたのかを五人が理解する。理由は一切分からないが、何者かから攻撃された。しかも殺傷能力を持つ武器によって。状況を理解した口から自然と悲鳴が漏れ出そうとして。
「ウォオオオオオオオオッ!!」
しかしそれを遮るように道の左手に広がる森の中から雄叫びが聞こえてきた。何人の物かも分からない雄叫びが叩きつけられるように響き、それと同時にガサガサと草を掻き分ける音が近付いてくる。この雄叫びが槍を投擲してきた何者かであるならば、自分たちは今、槍で武装した複数の男たちに襲われそうになっている。
「逃げろォ!!」
涼人の叫びでやっと硬直が解けた面々は、弾かれたように走り出す。桃華、椿、聖太の三名は今まで歩いていた道をそのまま進行方向に向かって。涼人は葵の手を引いて、槍が飛んできたのとは道を挟んで逆側の森へと。
「りょ、涼人さん! 皆さんとはぐれて」
「今から戻って合流する時間はねえ! このまま森に入るぞ!」
いきなり逃走することになり、どちらに向かって逃走するのかを話し合う余裕はなかった。その結果、森に入るのは危険だし道をこのまま進んだ方が良いと瞬時に考えた桃華とそれについていった椿と聖太の三名、敵から離れつつ少しでも身を隠せる場所に向かった方が良いと瞬時に判断した涼人と手を引かれる葵の二名、という二手に分かれることになってしまったのだった。
涼人の言う通り、一度こうして走り出してしまった今、もう戻ることは出来ない。戻れば槍を持つ何者かに見つかる可能性が高いし、仮に見つからなかったとしても自ら敵に近付いていくのはあまりに危険だ。この五人は全員ただの一般人。槍で武装した相手に素手で立ち向かえば死は免れない。
今はとにかくこのまま逃げて、敵を振り切ることが先決だ。




