第九十話 組み分け
メンバーが揃った大学生組は、出来ればもうさっさとこの領域を脱出してしまいたい。となれば、恐らく断られるだろうと分かっていても一度流凪にこれを聞いておきたくなるものだろう。
「なあお嬢様。俺らはこれで仲間が揃った訳だが、脱出させてもらう訳にはいかないか?」
「ダメー」
「はぁ……まあそう言われるだろうとは思ったが、どうしても駄目か?」
「うん。まだ全然探索が終わってないからねー」
流凪はやろうと思えばこの領域を破壊して脱出することが可能だと言っていた。なので聞いてみた訳だが、同時にこの領域内に人がいたら閉じ込められてしまうから出来ないとも聞いているので、探索が終わっていない段階では断られるだろうということは分かっていた。ここがどういう場所なのかは未だ不明。閉じ込められているのがここにいる人間で全員だという根拠は何もないため、流凪の回答は当然こうなる。
「なあなあ、だったらさ、さっさとここの探索を終わらせれば良いってことだろ?」
「え? ええ、確かに聖太の言う通りだけれど、何か良い案があるの?」
「だったらやっぱ、ここは手分けして探索するのが一番だろ!」
一体どんな提案をしてくるのかと思えば、あまりにも頭の悪い回答に桃華の目がジトーっと細められる。さっきまであんなに怖がっていたくせに、仲間が揃った途端に調子に乗っていつも通りのやかましさを取り戻してのこの提案。聖太に少しでも期待してしまった自分が馬鹿だった、と辛辣なことを考えながら、桃華は自分と同じことを思っているだろう涼人に目を向けた。
ちょうどそのタイミングで、涼人が口を開く。そこから飛び出したのは、あまりにも桃華の想定とはかけ離れた言葉だった。
「悪くない。何組かに分かれて探索するか」
「えっ!?」
桃華の目が驚愕に見開かれる。この状況で分かれて行動するなど、正気とは思えない。確かに今まで危険な存在とは遭遇していないが、これからもそうだという保証は何もないのだ。むしろ、自分たちをここに閉じ込めた存在がいると仮定するなら、何か危険な存在は間違いなくどこかにいて、ずっと自分たちを観察しているかもしれない。人数が少なくなったらその隙を狙って襲ってくる可能性もある。
「ちょっと、涼人。何を言って」
「手分けするなら、やはり三組程度に分けるのが普通か」
桃華の言葉は無視して話を進めてしまう涼人は、組み分けを考えているのか一同の姿を見渡した。流凪、玲、聖太、涼人、椿、桃華、葵。この場にいるのはこの七人。
「はいはーい! あたし流凪ちゃんと一緒が良い!」
「いや、待て。確かに七人なら二、二、三で分けるのが普通だが、今は状況が普通じゃねえんだ」
そこまで言って、流凪と玲の方へと目を向ける涼人。流凪はその視線に首を傾げているが、涼人の意図を理解した玲は頷いて言葉を引き継いだ。
「つまり、お嬢様が一人、わたしが一人、そしてあなた方が五人一組で探索したい、と。そういうことですか」
「ああ。そちらさえ良ければ俺はそれが最も安全と効率を両立した案だと思うんだが、どうだ?」
「良いよー」
玲が何か答える前に承諾してしまった流凪は、屋敷の庭から見えている山を指さした。
「じゃあわたしはあっちに行くねー」
この屋敷を囲んでいるそれなりに高さがある塀の向こうに見えている山だ。いかにも何かいそうな場所だし、誰かがそちらの探索をするのなら確かに流凪が適任に思える。ただし山を登り始めるとすぐに疲れてしまうだろうことは度外視するものとする。
「……まあお嬢様が良いと言うのならそれで良いでしょう。ではわたしは北側を担当いたします」
流凪が指さした山を左手にして正面。この村に入ってきた方角が南なので、そのまま奥へと進んで通り抜ける方向には、見るからに深そうな森がある。この屋敷に来る途中にも見えていたそれは、一度迷い込んだら二度と出られなくなりそうな雰囲気で、大学生組は出来れば近付きたくないと思っていた。特に今は暗い時間帯なので、森など入るだけでも自殺行為に思える。探索範囲も広くなるだろうし、移動速度が速い玲がそちらに行くのが良いはずだ。
「ってことは、俺らはあっちってことか。何か見えてたっけ?」
「ここに来る途中にチラッと遠目に見ただけだから見間違いかもしれないけれど、東側には唯一、道があったように見えたわね」
「ああ。村に来るまでの道と同じように街灯が立ってた。間違いねえはずだ」
村の東側には道が伸びていて、もしこの村と同じような場所が他にもあるとしたらそちらにあるだろう。これからの探索の目的は迷い込んだ人間を探すことなので、人間がいそうな村を探すのは最優先目標となる。本当に人間がいたなら、コミュニケーション能力が高い椿が頼りになることは間違いないため、大学生組が村探しをするのは理にかなっていると言える。
適材適所。各々が最も向いているだろう方角の探索を担当する。これが最高効率で探索を進める組み分けのはずだ。
「じゃあそれぞれが探索して、どれくらいが良いか。二時間……いや、三時間くらいは見るか。三時間経ったらまたこの屋敷に集合。それで良いか?」
「おっけー」
「分かりました」
結論をまとめる涼人の言葉に返事をして、流凪は西、玲は北へと向かって屋敷を出発した。
「で、涼人、何を考えているの?」
流凪と玲がいなくなった後、東へと歩を進めながら不機嫌そうに桃華が口を開く。もし今、化け物に襲われでもしたら対抗する術がない。涼人だって流凪の言葉が嘘か本当かに関わらず、今頼れるのは彼女らだけだと最初から言っていたはずなのに。そんな頼りになる彼女らと別行動することを自分から受け入れるなんて、ずっと安全を第一に考えて行動していたこれまでの涼人の行動と矛盾するように思える。
「さっき葵と会った時にも言ったが、全員でまとまって行動している時に襲われる確率は低いと思っている。もちろん長期間ここで過ごして疲労し切った後なら別だが、体力が残っている間はなかなか襲われることはないんじゃないかってな」
もし現在の状況が何者かの意図したものだとするのなら、その何者かには知性があると考えられる。だとすれば、自分が有利な状況で仕掛けてくる可能性が高く、まとまって行動しながら警戒している時には何も起きないのではないか。それが涼人の考えだった。もちろん相手が幽霊のような物理攻撃が一切効かない敵だというなら別だが、それなら流凪たちと合流する前に襲われていそうなものだ。
「え、ちょっと待って。それってもしかして、あなた……!」
「ああ、あっちの二人を囮にしようと思っている」
全員でまとまっていたら襲われる確率が低いなら、相手が襲いやすいように一人にしてやれば良い。合流前にも彼女らは一人で行動していた時間があったようなので、もしかしたら効果が薄いかもしれないが、それならそれで予定通り手分けして探索を終わらせれば良い。このまま探索が終わるなら良し。もし流凪か玲が敵に襲われたなら、それで相手の正体を掴んでこの事件を解決してくれるかもしれない。
どちらにせよ、自分たちには得しかない展開になる。
「えーっ! ちょっと何それ! あたしやっぱり流凪ちゃんとこ行ってくる!」
「馬鹿か、お前が行ってどうなる。むしろあっちだって一人の方がやりやすいと思ってるはずだ。俺らは最初から足手まといでしかないんだからな」
「む、むぅ……」
振り返って駆け出そうとした椿の足が、涼人の言葉に停止する。悩みがそのまま体に出ているように前を向いて後ろを向いてを何度か繰り返し、最終的には不満気ではあるものの涼人の言う通りだと納得して再び進み始めるのだった。




