第八十九話 本人確認
「え、椿さん……!?」
「葵ちゃん葵ちゃん葵ちゃんっ! んーっ、良かった無事だったんだねっ!」
抱き着いたままスリスリと胸元に顔を擦り付けてくる椿の勢いに、目を白黒させて固まる葵と呼ばれている少女。その両手は銃を突きつけられているかのように中途半端に上げられており、どうすれば良いのか分からないという彼女の内心をそのまま表していた。
「葵、てめえ心配させやがって!」
「聖太さん……」
「良かった、本当に……」
「桃華さん……」
椿に続いて葵に駆け寄り、その頭をグシグシと荒っぽく撫でまわす聖太。そうして椿や聖太にもみくちゃにされて安心したように笑っている葵の様子を見て、桃華もホッとしたように柔らかい笑顔を浮かべていた。はぐれてしまった友人との再会に、皆が笑顔で喜び合っている。
しかし唯一、涼人だけは違った。
「お前ら、待て。一回離れろ」
「え……?」
聞いたこともないような涼人の低い声に、驚いたように桃華と聖太が一歩下がる。それでも葵から離れようとしなかった椿も、涼人によって襟首を掴んで引き剥がされてしまい、座ったままの葵の周囲に空白が出来た。
「ちょっと涼人君、何するの?」
「馬鹿が、少しは冷静になれ。まずするべきなのはこいつが本物かどうかの確認だろうが」
「えー? だってどう見ても葵ちゃん……」
「お前は黙ってろ」
掴んだままだった椿を自身の後ろに向かって押し込んで、一歩前に出る涼人。そして、目の前に座っている葵が本物かどうかを確かめるために口を開こうとした。が、それより前に言葉を発したのは桃華だった。
「確かに迂闊だったことは否めないけれど、もう大丈夫なのではないかしら。だって、椿があれだけ抱き着いても攻撃してこなかったのよ?」
「こんな囲まれた状態で攻撃してくる訳ねえだろ。このまま何事もなかったかのように合流して、今後どこかで隙を見て攻撃してくる可能性だってある。確認は必須だ」
「それは……そうかもしれないけれど……」
涼人の正しさは理解出来る。しかし、やっと合流出来た仲間に向かってその態度はあまりにも冷た過ぎるのではないか。必要なことは必要と割り切ることが出来ない桃華は、気まずそうに目を伏せた。
どうすれば良いのか分からない聖太と椿は、そんな桃華と涼人を交互に見て頭を動かしている。背後からのそんな視線を感じながら、今度こそその正体を探るべく、涼人は口を開いた。
「まず、お前の名前は?」
「鷹座本葵です」
「俺らの名前を順に言え」
「早瀬峰涼人さん、姫木里桃華さん、佐々岸聖太さん、丘笠椿さん、それとそちらの方は……申し訳ありません、そちらのお二人は分かりません」
涼人がしれっと仕掛けた、葵本人であるならば流凪と玲の名前を知っているはずがないという引っかけにも引っかかる様子はない。大学生組の四人の名前に詰まる様子も一切なかった。
「じゃあ次だ。俺らは何の集まりだ?」
「高校生の頃のオカルト研究会の仲間です。今回は妙な噂が多い山の探索、という名目で旅行に来ています」
「そのオカ研を立ち上げたのは?」
「言い出したのは椿さんだったと聞いています。実際に立ち上げたのは涼人さんだったとも聞いていますね」
立ち上げの経緯も詳しく知っているし、口ぶりからして葵がオカルト研究会に後から入ったことも分かっているようだ。
「オカ研メンバーの中で最も仲が悪いのは?」
「え、うーん……難しいですが、恐らくわたしと聖太さんなのではないでしょうか。他のメンバーとは二人で遊んだことがありますが、聖太さんとだけはありませんからね」
「なら逆に最も仲が良いのは?」
「椿さんと桃華さん、もしくはわたしと涼人さんでしょうね。特にわたしとあなたは恋人ですから」
葵の返答には一切の淀みがない。仮にこの葵が偽物だったとして、これほどスラスラと答えることが出来るものだろうか。これはもう葵本人か、本人の記憶を持った何者かであるとしか考えられない。もし後者ならいくら質問しようが暴くことは不可能なので、これ以上の質問に意味はないように思えた。
「……良いだろう。お前が本物の葵だと認めてやる」
「ふふ、ありがとうございます、涼人さん」
座っている葵へと手を差し伸べる涼人。その手を掴んで葵が立ち上がると、そのまま手を引いた涼人が葵を抱きしめた。
「よく無事だった」
「……はい」
ずっと厳しい表情だった涼人がやっと葵を受け入れる姿勢を見せたことで、見守っていた他のメンバーもホッと息を吐き出した。やっと再会を果たした仲間なのだ。お互いの無事を喜び合って共にここからの脱出を目指していきたい。少なくとも疑い合うなんて絶対にご免だ。最も警戒心の強い涼人が受け入れたのだから、もう五人がバラバラになる心配はないだろう。
「じゃあ今度こそもう良いよね! 葵ちゃーん!」
「ひゃっ!? もう、椿さん……」
涼人が葵を放した瞬間を狙って、再び椿が葵へと飛びつく。それに一度は驚いた顔をした葵だったが、すぐに困ったような笑顔となった。椿はいつだってこういう態度なのだ。今日は状況が状況なので多少スキンシップが激しくはあるが、この程度のことは慣れていなければ椿とは付き合えない。
「それよりも椿さん、あちらのお二人を紹介してくれませんか?」
「あ、そうだよね! あっちの可愛い子が流凪ちゃんで、あっちの綺麗なメイドさんが玲ちゃんだよ!」
椿の簡潔過ぎる説明を受け、流凪と玲の方へと向き直る葵。そして、椿をくっつけたままペコリと頭を下げた。
「初めまして、鷹座本葵と申します」
「澄川流凪だよー。よろしくー」
「篝火玲と申します」
そうして名前だけの簡単な自己紹介が済んだところで、やっと離れた椿に代わって桃華が葵へと近づいていく。そして耳元に口を寄せたと思うと何かを伝え始めた。それは、今までの情報共有だ。ここに迷い込んでからどうしていたのか、今分かっていること、そして流凪と玲の特殊な力について。桃華が一通りを伝え終え、それを頷きながら聞いていた葵が現状を把握する。
そんな情報共有が完了するのを待っていたように、涼人が口を開いた。
「それで、葵は今まで何をやっていたんだ?」
それは当然の疑問だ。他の四人と葵がはぐれたのは、この異常な領域に入り込む直前。四人は気が付いたら最初の道に立っていて、何も分からないままにただ歩き続けてここまで来た。しかし、葵はまるでこの屋敷の主のようにここに座っていたのだ。一体何がどうなったらそうなるのか。
「それが……よく分からないんです」
しかし残念ながら、本人もそれは分からないようだ。
「皆さんとはぐれたあと、気が付いたらこの屋敷にいて……屋敷内は一通り回ってみましたけど、特に何も分からないままでした。それで、一旦ここで座って休憩していたら、皆さんが来て、という感じです」
「え、ちょっと葵、あなた一体どれだけの時間この屋敷を探索していたの? わたしたちがここに来るまで、一時間半くらいかかっているけれど……」
「う……えっと、その、ですね……途中でちょーっと興味深い本をですね……」
「ああ……そう、もう良いわ、理解したから」
そういえばこの子はそういう子だった、と呆れた目で話を切り上げる桃華。まさかこんな状況でさえ見つけた本を読み漁っているなんて。しかしそれでこそ葵であるとも言える。ここで本を無視してさっさと探索を終え、村中を調べて回っていました、と言われる方が違和感を覚えそうなくらいだ。
いつも通りの態度に、逆に安心感を覚えた桃華だった。




