第八十七話 人のいない村
見えてきたのは、玲が言っていた通りの木造建築。漫画などに登場する田舎の古い家と言われたら多くの人が想像しそうな木造平屋建て。瓦屋根に木の板を並べたような壁、引き戸が並ぶ縁側、庭に生えるトマト。古さを感じさせるその建物は、しかし玲が言っていた通り、綺麗な状態を保っている。廃屋という雰囲気は全くなく、呼びかければ人が出てきてくれそうに思える佇まいだった。
「なるほど、確かに村っぽい感じね」
その建物から周囲を見渡し、畑や田んぼが並ぶ中で離れたところに何軒か、確かに目の前の建物と似たような建物が見える。田舎の村ってこんな感じかな、と想像したものがそのまま現れたようないかにもな場所だった。
「人はいないってことだったが」
「ええ、見た限りでは」
「見ただけか? 呼びかけたりは?」
玲の返答に訝し気に質問を返す涼人。先ほど聖太を倒した際の動きから考えて、このメイドはかなり「デキる」はず。それなのにやれるはずのことをしていないのが不自然に思えた。もしこの村に敵対的な人間が住んでいたとして、このメイドならどうとでもなりそうだというのに、何故住人の存在をしっかり確認していないのだろうか。
「万が一危険な怪異がいると、わたしでは逃げるだけならともかく対処出来ない可能性がありますので」
「ほう……お嬢様がいれば対処可能だと?」
「はい」
その玲の返答に、涼人は興味深そうに流凪を見る。今のところ自称二十三歳の見た目幼女でしかないこのお嬢様だが、ただの幼女ではないということだろう。このメイドが身体能力特化だとしたら、お嬢様の方は霊能力特化といったところか。
と、涼人がそこまで考えたところで、そのお嬢様、流凪が無造作に目の前の建物の扉を開けて中に入っていってしまった。
「お邪魔しまーす」
「ええ!? ちょ、ちょっと流凪ちゃん!?」
この建物に住民がいようがいまいが、どちらにせよ常識外れな行動に驚愕しつつも慌ててその後を追いかける一同。住民がいるというだけなら怒られて終わりかもしれないが、万が一にも玲が言っていたような怪異がいたらどうするつもりなのか。流凪のあまりにも迂闊に思える行動に、大学生組は本当にこの幼女を頼りにして大丈夫なのか不安になってくる。
実際には、流凪は気配を感じて何もいないことを把握してから行動しているので全く迂闊ではないのだが、そんなことは大学生組からは分からない。唯一、涼人だけは玲の発言から、流凪には何らかの力がある可能性を考えているので不安にはならなかったが、それはそれとして一言告げてから突入して欲しいものだと思っていた。
そんな各々の内心など知ったことではない流凪は、やはり何もいない建物内の探索を開始する。囲炉裏やかまどなど、これまた昔ながらの家と言われて想像しそうな内装に出迎えられたその探索は、調理場で火にかけられた釜を発見したところで流凪が止まったことで一度区切られることになった。
「え、これって……調理中?」
「お、おい、これマジで誰かいるんじゃねえか。早く出ようぜ」
「ふーん……」
桃華や聖太、椿がその光景に戸惑う中、やはり空気を読まない流凪はつかつかとその釜に近寄って躊躇なく蓋を開けてしまう。中には白い米が入っていて、どうやら米を炊いているところのようだ。それを見て何を思ったのか、流凪は釜の中に手を伸ばすと米を一粒掴んでなんと口に入れてしまった。
「ええーっ!? 流凪ちゃんそれは流石にマズイよ!!」
「ふんふん。うん、おいしい」
米がちゃんと炊けていることを確認した流凪は、近くに置かれていた火ばさみを手に取るとかまどの炭を取り出して壺へと入れていく。どうやらかまどの火を消しているらしい。
「おっけー。じゃ、ここでちょっと休憩していこうか」
そしてその米を食べるために器に盛りつける、のかと思いきやそうはせず、釜はそのまま放置して囲炉裏のあるくつろげそうな部屋へと移動して座布団に腰を下ろした。
「え、このご飯は?」
「うん? 食べたい?」
「い、いえ、そういう訳ではないけれど……もし食べたいと言ったら、食べても問題ないの?」
「大丈夫だよー」
「そ、そう……」
異界の物を食べると帰ることが出来なくなる、というような話はオカルト研究会としての活動の中で何度も聞いたことがあるため、ここでこの米に手を付けるのは流石に躊躇われる。しかし、もし何日もここで過ごすことになった場合、そんなことは言っていられなくなるという可能性もある。桃華としては、流凪が問題ないと言っている根拠が分からない以上鵜呑みにするのも怖いが、しかしここの食べ物に手を付ける選択肢は持っておく必要があるだろうと考えていた。
流凪を見習って各々が思い思いに休憩し始める。腰を下ろした瞬間にジワリと脚に広がる疲労感に、思ったよりも疲れていたのだとやっと自覚する大学生たち。そうして一息ついて、ハッとした椿が叫んだ。
「そっか、休憩するために火を止めたんだね!」
「ん? そうだよ?」
「それってあたしが休憩したいって言ってたから? ありがとー、流凪ちゃん!」
椿は無邪気に喜んでいるが、桃華と涼人は別のことを考えていた。それは、火にかけられていた釜のことだ。流凪が米を食べたことからも分かるように、今まさに米が炊かれていた。先ほど聖太が不安そうに誰かいるかもしれないと口にしていたが、そう考えるのは当然のことだ。もちろん桃華と涼人だって誰かがいる可能性が高いだろうと思っている。
しかし、流凪はどう見てもその可能性を排除しているように思える。勝手に米に手を付け、勝手に火を止め、そしてくつろぎだす。既に座布団の上でうつらうつらと首が上下しているが、あまりにもリラックスし過ぎている。その行動は、ここには誰もいないのだと確信しているとしか思えず、しかし釜が火にかけられていたことを思えば一体どう考えたらその結論に至るのか想像も出来ない。
得体が知れない。
あまりにも不自然なその行動は、むしろ流凪こそがこの奇妙な領域に自分たちを呼び込んだ黒幕なのではないかという疑いすら持ってしまうほど。だとすれば、先ほど米を口に入れたのも自分たちに食べさせるためか。いや、だとしたらもっと勧めてくるはず。あれは本当にただの米である可能性も。
深読みして思考を動かし続ける桃華と涼人。聖太もそこまで考えている訳ではないが、誰かがいる可能性があるのではないかという不安が付きまとうせいで落ち着いて休憩出来ないでいた。椿だけは流凪の言葉を疑いもせずに受け入れているのでのんびり休んでいるが、いつもうるさい聖太も含めて皆が静かにしていてどうにもつまらない。
ここは自分が話題を提供して和やかな空気を作るべきかな、という考えから椿が口を開こうとした。しかし、まるでそれを遮るかのように、唐突に状況が変わる。
「ん、何かいるね」
流凪の呟きに、流凪以外の全員が素早く立ち上がる。そして視線を周囲に動かしてその『何か』を探そうとする。
「何かって何!? どこにいるの!?」
「お、おい、もっと具体的に言えよっ!!」
「お嬢様、どこですか?」
玲だけは流凪の気配察知能力を知っているので、流凪が気付いた何かがすぐ近くにいる訳ではないことを理解している。立ち上がって周辺警戒はしつつ、その場所を流凪へと問いかけた。
「この家じゃない。もっと奥の方だね」
それは、この村をもっと進んだ奥の方であるようだった。




