第八十四話 怪し過ぎる少女
「カワイイー!」
「待て馬鹿」
眠っている少女の可愛らしさに、何も考えず突撃しようとする椿。涼人はその腕を掴んで引き止めた。
「ちょっと、何?」
「何じゃねえよ。こんな明らかに怪しい状況で突っ込む奴がいるか」
「ええ……?」
涼人の言葉に納得いかないように他の二人の顔を見る椿だったが、どうやら桃華も聖太までもが涼人と同意見のようで、当たり前だと言わんばかりに頷いている。残念ながら椿の味方はいないらしい。
「よくあるでしょう。人外が人に化ける時、その容姿が人並外れて優れているなんて」
「人外って、桃華ちゃんもそういうの信じるの? そんなのいる訳……」
「現状を考えなさい、椿」
確かに人外の化け物なんている訳がないと考える方が自然だが、それを言うなら今、どこなのかも分からないこの場所自体が幻想としか思えないのだ。場所が異常なのにそこにいる生き物は正常だと考えるのは、あまりにも都合良く解釈し過ぎだろう。
「むぅ……。でももしかしたらあたしたちと同じように迷い込んできた子かもしれないじゃん」
「だとしたら、こんな所で寝てる訳ねえだろ」
「涼人の言う通りね。もちろん椿の言う通り、迷子の可能性がゼロという訳ではないけれど、だとしても警戒はしなければならないわ」
四人の間に沈黙が落ちる。確かに目の前の少女を警戒はしなければならない。では、このまま放置して進むべきなのか。それも分からない。もしこの少女がただの迷子だったら。もしこの少女がこの場所について何か知っていたら。その場合、少女を無視したら大変なことになるだろう。逆に、この少女が本当に化け物だったら。その場合、話しかけたりすればどうなるのか分からない。
一体どうするのが正解なのだろう。
「あああ、めんどくせえな!」
「ちょっと、騒がないで。起きてしまったらどうするの」
「じゃあどうすんだよ! 文句があんなら何か提案しろよ桃華!」
「そう言われても……」
思慮深い方ではない聖太が痺れを切らして叫ぶ。元々じっくりと何かを考えるのは苦手な方だ。最悪それで状況が動くならそれでも良いか、と思ってしまうのが聖太という男だった。
「ううん……?」
「っ!」
そこで、やはり聖太が騒ぐ声に反応してしまったのか、眠り続けていた少女が身じろぎする。前に出ていた椿もそうなると不安なのか、一歩下がって四人で並んで様子を見守る体勢になった。
「ふわぁ……」
あくびと共に伸びをした少女の目が、パチリと開く。吸い込まれそうな美しい赤の瞳が、ちょうど前に立っていた椿の姿を捉えた。
コテンと傾けられた頭。不思議そうに上目遣いで見つめてくるあまりにも可愛過ぎる幼い少女。
「カワっ!?」
妙な鳴き声を発し、耐え切れなくなった椿が飛び出した。あまりにも急な動きに隣にいた桃華も涼人も反応が遅れ、椿はそのまま少女へと手を伸ばす。
「かわいすぎー!」
ひょいと軽々抱き上げて、少女の頬に自身の頬をスリスリと擦り付ける椿。警戒しなくてはならないとは何だったのか。先ほどまでの話など全て忘れてしまったかのように、椿はただひたすらに頬ずりを繰り返している。ただ幸いなことに、少女に抵抗の意思はなさそうだ。されるがままになっていて、眠りを妨げられた怒りや勝手に触れてきたことに対する反撃などはない様子。
「はぁ……」
それを見て、桃華はため息と共に椿を引き止めるために伸ばしていた腕を下ろした。さっきまでの話し合いの時間を全て無駄にされたことに対して思うところはなくはないが、結果としては椿のお陰で目の前の少女に危険はなさそうであることが判明した。もちろん『今は』という飾りは付きはするが、会話が出来そうなのは純粋に喜ばしい。
「椿、ちょっと戻りなさい」
「ええー?」
「その子とお話しないといけないでしょう」
桃華に言われ、やっと頬ずりを止めた椿が少女を下ろす。そして一歩下がった椿に代わり、桃華が前へと進み出た。
「お名前を聞いても良いかしら。わたしは桃華というの」
「流凪だよー」
「はいはい! あたしは椿! よろしくね!」
「涼人だ」
「……聖太」
流凪の様子をじっと観察している涼人、警戒心MAXのままぼそっと名前だけ告げる聖太も続き、四人が名前のみとはいえ自己紹介したところで桃華が更に続ける。
「流凪ちゃんはここで何をしているの?」
「調査だよー」
「調査? 何の?」
「ここの?」
どうにも要領を得ないが、自分たちと同じようにここに迷い込んだということだろうか。だから脱出のためにこの周辺を調査していると思えば納得は出来る。
「それならどうしてこんな所で眠っていたの?」
「待ってる間に眠くなっちゃって」
「待ってる……?」
何を待っているというのだろうか。その間に眠くなって寝ていたというのなら、危険なことが起きる訳ではないのだろうが、だからといってこんな場所で眠ることなど可能なのか。問題なくコミュニケーションは取れているはずなのに、桃華は本当に言葉が通じているのか不安になってきた。
とりあえず次に聞くべきなのは、何を待っているのか、だろう。そう考え再び口を開こうとした桃華の耳に、別の声が入ってきた。
「お嬢様、お待たせしました」
横から聞こえてきた涼やかな声に顔を向けてみれば、そこには自分たちと同じくらいか少し下くらいの年齢に見える白髪の少女が近付いてきていた。何故かメイド服を着ているその少女は、スッと桃華と流凪の間に入ってきて桃華たち四人を見ている。
「この方たちは?」
「さあ。さっき会ったんだー。桃華ちゃんとー、椿ちゃん。涼人君と聖太君だよ」
「ふむ……見たところ、普通の人に見えますが」
「うん、普通の人だね」
そこまで流凪と話したメイド少女は、一つ頭を下げて四人に向かって挨拶をした。
「初めまして、篝火玲と申します。こちらの流凪お嬢様にお仕えしております」
様になっているメイド的所作に興奮した椿がまた飛び出そうとするのを、それを予想していた桃華が今度こそ押さえつけて止めることに成功。流凪にしたのと同じように四人も自己紹介をして、それで話は終わったと判断したのか玲は四人に背を向け流凪へと報告を始めてしまった。
「それでお嬢様、周辺探索の結果ですが」
「うん」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい」
「はい?」
玲が報告しようとしている周辺探索の結果とやらもとても気にはなるのだが、今はそれよりも目の前の主従の正体を確かめなくては不安が勝る。呼び止める桃華の声に不思議そうに振り返る玲と同じく不思議そうに見上げてくる流凪に、桃華はやっと核心的な質問を投げかけた。
「あなたたちは、何者?」
先ほどから、こんな場所にいるにしてはあまりにも落ち着き過ぎている。それに、自分たちを見て言った言葉。普通の人に見える。それは普通の人以外の存在を把握していなければ出てこない言葉ではないだろうか。しかも、それを見ただけで判別出来るとするなら、この二人は人ならざる存在に対してあまりにも詳し過ぎる。
敵ではなさそうな雰囲気ではあるが、だからといってそれを確認しないことには全く安心出来ない。もちろんどんな答えが返ってきたところで、それが嘘ではないと確信出来るものではないが、まずは聞いてみないと始まらない。
「んー? あ、はい、これあげるー」
「え? これは……名刺……?」
流凪から差し出された一枚の小さな紙。そこには、異常現象解決します 澄川事務所 所長 澄川流凪、と簡潔にその正体が綴られていた。




