第八十三話 現在地不明
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地面がむき出しの道。ポツリポツリと広い間隔で設置された電灯は、切れかけているのかチカチカと点滅していて頼りない。そんな道の周囲全てを囲うように広がる水で満たされた田んぼ。その先には遠くに森が見えている。森の先がどうなっているのかはここからではさっぱり分からないが、少なくとも人が住んでいるような場所ではないだろう。一切の光が見えない森はまるで黒い壁のよう。この周辺だけが世界から切り取られて取り残されてしまったかのような、何の意味もない妄想によって心の奥から勝手に湧き上がってくる不安感を、ゴクリと唾液と共に飲み込んだ。
そんな道を周囲を見回しながら歩いているのは、大学生くらいだと思われる男女が四人。
金に染めた肩くらいまでの髪。白いシャツに黒いジャケット。首には銀のネックレスをかけ、黒いズボンの腰にチェーンが覗いている。佐々岸 聖太、男性、十九歳、大学二年生。身長は百七十五程度。一言で表すなら、チャラい、という表現がピッタリだろう。顔がそれなりに良いのも相まって、いかにも遊んでいそうだと思われる雰囲気がある男だ。周囲の様子にやや緊張しているのか、忙しなく左右に顔を動かしている。
くせのある茶髪。水色のシャツにジーパン。口の煙草からゆらゆらと煙が上っており、肩から斜めに小さくて黒いカバンをかけている。早瀬峰 涼人、男性、二十歳、大学二年生。身長は百七十程度。気だるげに聖太の横を歩く姿からはこんな状況でも特に怖がったりしている様子は見られず、聖太とは対照的に自然体に思える。聖太と並んでいると女性からの人気を分けそうな整った顔の男だ。
フワリとウェーブした背中まである明るい茶髪を、右側高めの位置で一つ結んでピョコンと跳ねさせている。短めの白シャツを腰辺りで結んでへそを出し、下はデニムのホットパンツ。腰にはピンクの可愛らしいウエストポーチを身に着けている。丘笠 椿、女性、十九歳、大学二年生。身長は百五十五程度。いかにも活動的で元気な雰囲気の女性だが、今は元気さは鳴りを潜め、隣を歩く女性にしがみつくようにして不安気に周囲を見回している。綺麗というよりは可愛いという顔立ちの女性だ。
腰より下まで伸びる美しいストレートの黒髪。白いロングワンピースに、黒いリボンの付いた麦わら帽子。肩に小さめの白いトートバッグをかけている。姫木里 桃華、女性、二十歳、大学二年生。身長は百六十三程度。見た目からしてお嬢様感が溢れている女性で、歩くだけでもどこか優雅に見えてくる。しかし今は、椿ほどあからさまではないがやはり不安ではあるのか、しがみついてくる椿の手を握り、前を行く男二人から遅れないようにやや急ぎ気味で歩いていた。
四人がこの場所に迷い込んでから、大体三十分程度だろうか。その間ずっと歩き続けているものの、一切変化がない景色に更に不安感が煽られていた。もしかして、もうずっとこのままこの道を歩き続けることしか出来ないのではないか。少しずつ足に溜まっていく疲労。それに負けて動けなくなったら、そこでそのまま人生が終わってしまいそうな、何の根拠もない、しかし否定することが出来る理由もない、嫌な想像ばかりが湧き上がる。
「ね、ねえ、いつまでこのまま歩いてれば良い訳? あたしもう疲れたんだけど」
「ああ? 知らねえよ。んなことこっちが教えて欲しいくらいだっつの」
震える声で問いかける椿に対し、不機嫌さを隠すこともせず返答する聖太。椿だって聖太がその答えを持っている訳がないことくらい分かっているのに、それでも聞かずにはいられなかった。そして返ってきた不機嫌な言葉に、普段ならこの程度受け流せるのに、今はどうしても耐えられなくて言い返してしまう。
「そんな言い方しなくても良いじゃん!」
「うるせえな、いちいち騒ぐんじゃねえよ!」
「ちょっと、止めて。そんな言い争いをしている状況ではないでしょう」
「チッ」
桃華の仲裁によってどうにか更なる喧嘩に発展することだけは避けられたものの、涼人も含めてその場の全員が感じていた。このままでは、遠からずこの状況に耐え切れず喧嘩になる。そして、そうなったらもう終わりだ。このどこなのかもさっぱり分からない意味不明な道の上で、四人がバラバラになって、そして一人の不安感に耐えられず発狂するのだろう。
「ん?」
と、そこで、今まで沈黙を保っていた涼人が唐突に口を開いた。ほんの小さな呟き程度のその声は、しかしちょうど言い争いが収まって場が静かになっていたこともあってよく響く。一体何事かと他の三人が涼人へと目を向けるが、涼人はそれに気が付いていないのか前方を凝視していた。
「おい涼人、何なんだよ!」
「……あれ、バス停か?」
聖太の大声にイラついたように眉を寄せつつ、前方を指さす涼人。その指の先には、薄暗い電灯によって照らされた木製の小さな小屋のような物が見えた。四人共実際に見るのは初めてだが、確かにそれはテレビで見ることがある田舎のバス停そのもののように見える。
「確かに涼人の言う通り、バス停に見えるわね。でも、どこに向かうバスなの? というか、来るの? バスなんか」
桃華の口からこぼれた誰に向けたものかも分からない疑問は、その場の全員が共通して持っているそれだった。この妙な領域に迷い込んでからそう長い時間が経っている訳ではないが、それでもバスどころか車も、人すらも一切見ていないのだ。そんな場所に本当にバスがあったとして、それは一体どこへ向かうのか。ここがどこなのかすら分からないというのに。
「あたし聞いたことあるよ……。何か、地獄とかそういう感じのとこに向かうバスみたいな怪談話……」
「ええ、定番ね。電車でもバスでも何でも良いけれど、乗り込んだら終わり。そんなホラーはいくらでもあるわ」
自分で言った内容に更に恐怖を煽られたのか、より強く桃華へとしがみつく椿。桃華としても人とくっついていた方が安心出来るのか、それを振り払う様子はない。
「クソみてえな話してんじゃねえよ!」
「お前もいちいちうるせえ。……で、どうする。つっても、あのバス停を避けてどこに行くんだって話だがな」
涼人の言葉に、四人で顔を見合わせる。そして振り返ってみれば、そこに続くのは今まで歩いてきた一本道。バス停に向けてこの道を進むことを拒否するのなら、戻るか田んぼに入るかしかなくなってしまう。今まで三十分以上歩いてきたこの道を戻るのか。暗くて水中の様子が何も分からない田んぼに入っていくのか。それはどちらも勘弁して欲しいと思うのは必然だった。
「このまま進んだ方がマシか……」
誰からともなく、再び進み始める。相変わらずチカチカと目に悪い電灯が段々と近づいてきて、その小屋の横に立っている看板の特徴的な丸い形状がはっきり見えてきた。確かにそれはバス停のようだが、しかし何も文字が書かれていない。どうやらバスが来ることはなさそうだ。それが良いことなのか悪いことなのか。それすら判断が出来ないまま、そのバス停の目の前までやってきた。
「……は?」
「ほう……?」
「え……?」
「わぁ……!」
それが疑問なのか興味なのか興奮なのか。それぞれ違えど、四人全員の口から驚きの声が自然と漏れ出した。四人の視線はバス停の小屋の中、置かれたベンチに座って、壁にもたれかかりながら寝息を立てている一人の幼い少女に向かっている。
「すぅ……すぅ……」
あまりにも場違いなその異常なほどに整った容姿を持つ少女は、何かのコスプレ衣装なのか、白黒フリフリの豪華な服を身に付けていた。
以前からと同様、第四章も完結まで隔日更新となります。




