第六十七話 神社で夕飯
狙い通りの反応をしてくれる綺季の姿に、またガッツポーズが出そうになるのを抑え込みつつ、にやけ顔ではなく微笑みになるように気をつけて。
「ふふ、喜んでくれて良かった。綺季ちゃんの助けになれたかな?」
しれっと名前で呼んで距離を詰めに行く和。それに気が付いているのかいないのか、綺季は笑顔で興奮したように腕をブンブン振って返事をする。
「はい、もちろんです! とっても助かります!」
「また何かあったら遠慮なく言ってね」
「え、そんな、申し訳ないです。先生は忙しいのに……」
「良いの。子供たちの助けになれることが、先生の喜びなんだから」
「和先生……!」
その言葉に感動したように輝く瞳で和を見つめる綺季。何かお返しがしたい。そう考え、その案が思いついた瞬間にはもう口から飛び出していた。
「夕飯を食べていきませんか?」
「え?」
テキパキと食事の準備を進めていく綺季。和も手伝おうとしたのだが、これはお礼ですから座っていてください! と言われてしまい大人しくその背中を眺めている。神社なのだから全部が和風なのかと思いきやそんなことはなく、テーブルにイスが並ぶよくある感じのダイニングだ。
「綺季ちゃん一人なの?」
「はい。今日はお父さんがいないので」
お父さんがいない。それは別に不思議なことではなく、きっと用事で帰ってくるのが遅くなっている、もしくは泊りがけか、そういうことだろう。ならば母親はどうしたのか。そんなことをわざわざ尋ねたりはしない。お父さんがいないから一人だということは、そういうことなのだろう。
神社の仕事もよくやっているし、家事に慣れているのも見れば分かる。普段から綺季が家事をしているのだろう。それが大変だとか面倒だとかそんな様子は一切見せず、真面目に生きている。普通と異なる家庭環境で歪んだりすることなく、とても真っ直ぐ育ってきたようだ。
(良い子だ……)
和がそんなことを考えている間にも食事の準備は進み、テーブルに料理が並べられていく。サラダとスープと、ピザ。
「……ピザ!?」
「えっ? はい、ピザです」
ベーコンとチーズの美味しそうなピザがテーブルの真ん中に置かれている。どこかで見たような……と思ってよく見ると、それは和もたまに食べる冷凍のピザと全く同じものだった。スープも市販品を電子レンジで温めたもののようだ。サラダは綺季が作ったようだが、どうやら他は簡単に用意出来る市販品だったらしい。
いや、それに文句がある訳ではない。サラダは自分で作ってくれたみたいだし、市販品だって充分美味しいのだから。ただ意外だっただけだ。食事の準備に慣れている様子だったので、当たり前に手作り料理が並べられるものだと思っていたところに、冷凍ピザが置かれたのだから。
「お待たせしました。では食べましょう」
「うん、ありがとう。いただきます」
まずは四分の一ずつに切られたピザに手を伸ばす。慣れ親しんだ冷凍品の味だ。普通に美味しい。ミネストローネは大きめのジャガイモが入っている。ほくほくでこれも美味しいが、ちょっと暑くなってきた。サラダはレタスとコーンのシンプルなもの。胡麻ドレッシングをかけて食べる。
「いかがですか?」
「ん? 美味しいよ」
「良かったです」
急に夕飯に誘われて驚いたが、可愛い綺季と一緒に食べる夕飯は最高だ。味は普通だが変なものが出された訳でもないし、文句などある訳もない。綺季と仲良くなることが目的でボランティアを頑張ったが、ここまでの成果が出るとは予想もしていなかった。和は己の努力に内心で拍手を送った。素晴らしい、よく頑張った、あなたは偉い。
「ん? ……あれ?」
そんなふざけたことを考えながら食事をしていると、唐突に綺季が不思議そうな表情で首を傾げた。食事の手を止めて、ジーッと和を見つめてくる。
「どうしたの?」
「ちょっと……すいません」
そう言ってテーブルを回り込んで和の目の前まで近付いてくる綺季。そして、その両手で和の手をぎゅっと握ってきた。
「ホヒッ!?」
思わず変な声が漏れる和だったが、しかし綺季にそれを気にした様子はない。むしろ聞こえているのかすら怪しいくらいに集中した様子で、手を握ったまま和を見つめてくる。少しして、握っていた手を離して元の席へと戻っていく綺季。それを残念そうに見送る和に向かって、座り直した綺季が口を開く。
「あの……変なことを聞くようですけど、最近何かありました?」
「何か……?」
「何でも良いんですけど、普段と違うことです」
普段と違うことと言われても、和には何のことだか分からない。強いて言えば昨日の祭りや今日のボランティアは普段とは違うことではあるが、それらは綺季だって把握しているのでそういうことではないはずだ。それ以外に……とじっくり考えるが、やはり思い浮かばない。
「出来れば昨日の祭りの後、流凪様と別れた以降のことが良いです」
「ゴメンね、ちょっと分かんないや。今日のボランティアくらいだと思う」
「そうですか……」
綺季が何を気にしているのかは分からないが、思い浮かばないものは仕方がない。そんな風に綺季が悩んでいる間に食べ終わってしまった和は、食器を片付けようと立ち上がる。
「あ、良いです良いです、そのままにしておいてください。わたしがやっておきますので」
「でも全部用意してもらったのに」
「これはお礼ですから! 和先生はそれ以上にボランティアで頑張ってくれたんですから、そんな雑事はわたしにおまかせください!」
「そう……?」
片付けをしていればまだ帰らなくても良いかもと思っているので、和としてはむしろ片付けをしたいくらいなのだが、ここまで言われて無理にやってしまうのも何だか申し訳ない。
「今日はとっても助かりました。お気をつけてお帰りください!」
「うん、夕飯ありがとう。じゃあまたね」
「はい!」
いつまでも引き留めるのも迷惑になるだろうという常識的思考により、和に帰宅を促す綺季。和の考えとしては本当はずっと綺季と一緒にいたいくらいなのだが、流石にこれを断っていつまでも居座るのもおかしいだろう。食器をそのままにして、和は神社を出た。
ボロアパートに帰ってきて階段を上る。二〇三号室を目指して歩き出すと、ちょうど二〇一号室の前を通ったタイミングでその部屋の扉が開いた。中から出てきたのは、四十後半から五十前半程度と思われる女性。一応顔は知っているが特に交流はない、この部屋の住人だ。確か夫婦二人で暮らしていた覚えがある。
「こんな時間にやかましい足音を鳴らしながら帰ってくるんじゃないよ!!」
「え? はあ、すみません」
こんな時間と言われて腕時計を確認するが、時刻は午後七時半。早いとは言わないが、そう遅い時間でもないはずだ。そこまでドタドタとうるさく足音を立てていた覚えもない。こんな文句を言われるようなことをしただろうか。そう疑問に思うものの、言い返して喧嘩になるのも面倒だ。頭を下げてその場をやり過ごす。
フンと鼻を鳴らして部屋の中へと戻っていく女性。そこでふと和の鼻に入ってくる、薄っすらとしたアルコール臭。どうやら酔っぱらっていたようだ。偶然機嫌が悪く酒を飲んでいたタイミングで和が帰ってきたため、その足音が意味もなくイラついたのだろう。理不尽ではあるが、まあ理解出来ない行動ではない。
運が悪かった。それだけだろう。




