第六十六話 清掃ボランティア
「空栄先生、昨日はお祭りに行っていたそうですね」
「え? ええ、確かに行きましたけど」
学校の職員室で、そう話しかけられた。生徒たちは夏休みの期間だが、その間ずっと教師も休みという訳ではない。様々な片付けなくてはならない仕事があり、今日は二学期の授業計画をまとめていた。その最中に、先輩の男性教師にそう声をかけられたのだ。一体どこから情報を聞いたのか、和が祭りに行っていたことを知られているらしい。
「そこで子供たちと一緒だったとか」
「ええ」
「問題はありませんでしたか?」
あまり具体的な質問ではなかったが、例の事件について言っているのだとすぐに分かった。この先輩教師は、例の事件の被害者生徒たちを若い教師に任せることに反対していた。何か更なる問題を起こして保護者からのクレームが増えたらどうするのか、責任が取れるのか、そう言って。それは完全に的外れな意見という訳でもないが、しかし生徒を心配するのではなくクレームを心配している部分に対して、和は不信感を抱いていた。
だからこそ、絶対に出来るという自信は和にはなかったが『出来る』と言い切って担任を請け負ったのだ。
「大丈夫です。あの子たちも事件についてあまり話題にされたくなさそうでしたし、相談されるまでは見守ることにしようかと」
「それは無責任では? 曖昧な判断で放置して、もし取り返しがつかない心の傷が残ってしまったらどうするのですか?」
ため息が出そうになるのを、どうにか我慢する。あの子たちと接したこともないくせに、一体何が分かると言うのか。そう反論したくなるが、ここは飲み込む。さて、どうやって波風を立てずにこの場を乗り切ろうか、そう考えている間に助け船が来た。
「まあまあ、ここは彼女に任せましょう。子供たちと実際に接しているからこそ分かることもあるでしょうし」
「教頭……分かりました」
「空栄先生、引き続きお願いしますね」
「分かりました、教頭先生」
教頭は和に事件の被害者生徒への対応を押し付けた筆頭だ。だから、和が逃げ出さないようにこうしてたまに助け船を出してくる。先ほどの先輩教師のような声に嫌気がさした和が逃げたりすれば、また生徒の押し付け先を探さなくてはならなくなる。ただでさえ例の事件に関する保護者からの意見への対応を押し付けられて大変なのに、これ以上仕事を増やさないで欲しいのだろう。最近教頭の髪が薄くなった気がする。とても疲れていそうだ。
和としては子供たちへの対応は苦ではないので、どんな思いであれ手助けしてくれる教頭の存在はありがたい。
「……まあ良いです。空栄先生、本題ですがこちらを」
「これは?」
先輩教師から差し出された一枚の紙。そこには、輪豊神社清掃ボランティアについてのお知らせ、と書かれていた。
「昨日のお祭りの影響で、現在の神社にはゴミが多く落ちています。その清掃活動へ参加してください」
「え」
「楽しませていただいたのですから、その後始末に少しでも貢献してください。よろしくお願いしますね」
「あ、ちょ」
何か言う暇もなく、紙を押し付けて去っていく先輩教師。和は子供たちと接することが好きなのであって、面倒事を積極的に引き受けたい訳ではない。特に掃除は結構な苦手分野だ。自分の部屋の掃除すら億劫なのに、神社の清掃ボランティアなんて全くやる気が出ない。
というか、こういうのはまず全体に連絡して参加者を募るものなのではないだろうか。そう思って教頭の方へ目を向けると、既にいなかった。面倒事の気配を察知していつの間にか自分の席に戻っていたらしい。なんて逃げ足の速い。
(仕方ない。こういう時は……ポジティブシンキングだ)
そう、考えてみればこれは輪豊神社での活動だ。ならばきっとそこの巫女、高木道綺季も参加しているはず。あの子はとても賑やかで流凪に対しての態度がおかしかったが、真面目そうに見えた。ボランティア活動を頑張っている姿を見せれば好感を持ってくれるはず。
花火の時に少し接しただけの関係から、尊敬出来る大人とか友達とかにランクアップ出来る可能性も……!
(燃えてきたわ……!)
ロリ女子高生と仲良くなるため、あまりにも不純な動機でボランティアへのやる気がメキメキと上昇していく和だった。
清掃のために神社を訪れた和。そこにいたのは、ほんの数人のお爺さんお婆さんと、巫女の綺季だけだった。神社全体を掃除しようと思ったらあまりにも少ない人数。だが、それを見た和は逆にやる気を漲らせていく。これでこそだ、と。参加人数が少ないほど自分の活躍による影響が大きくなっていく。これで神社が綺麗になれば、綺季も自分に感謝するに違いない。
「おや、若いのにボランティアなんて偉いねぇ」
「天路ヶ丘小学校から参りました、空栄和と申します」
「おお、先生かい。立派だねぇ」
「ありがとうございます」
集まった人たちと話していると、綺季が前に立って全体を見渡すように話し始めた。
「皆さん、集まっていただきありがとうございます。それぞれ自由にゴミを拾っていただいて、袋に入れてここに集めてください。ゴミ袋や軍手が必要な方はこちらに用意していますので、遠慮なくお持ちください。それでは、よろしくお願いします」
昨日とは違い、落ち着いた様子で全体に呼び掛けて活動を開始する綺季。その近くに束で置かれている袋と軍手を一つずつもらって、和も作業を開始しようと動き出す。しかし、その前に綺季に声をかけられた。
「あれ、昨日流凪様と一緒にいた」
「あ、うん、昨日ぶり。空栄和です。天路ヶ丘小学校の先生やってます」
「先生だったんですね。わたしは天路ヶ丘高校一年の高木道綺季です」
どうやら綺季も天路ヶ丘に通う生徒だったらしい。その事実にガッツポーズが出そうになった和は、どうにかそれを抑え込む。小学校と高校は同じ敷地内とはいえそれなりに離れているので接する機会は少ないが、仲良くなれれば会うことも出来るはずだ。ここはやはり最初の狙い通り、ボランティアを頑張って好感を持ってもらう作戦でいくとしよう。
「このボランティアだけで全部のゴミを回収するのは結構大変そうだけど、残っちゃったらどうするの?」
「それはまた後日わたしが片付けておきます。皆さんに手伝ってもらってはいますが、ここはわたしの家でもありますから」
やはりそうなるか。これは余計に頑張らなければならない。和は気合いを入れて踏み出す。
「そっか。任せて、先生がここのゴミ全部片づけちゃうからね!」
「え……えっ!?」
そこからの和の動きは圧巻の一言。予定されていた二時間をフルで動き続け、まるで敷地の端から掃除機でもかけたかの如く袋へとゴミを放り込んでいく。ペットボトルなどの大きなゴミはもちろん、個包装のお菓子の袋の切れ端のような見落としそうな小さなゴミまで含めて取りこぼしなく袋へと吸い込んでいき、しかも複数の袋を持って行動し、ゴミの分別まで同時に行っていった。
結果、なんと和一人で神社の敷地のほぼ半分を片付けてしまうという驚きの成果。半分は他の人たちが大体片付けていたので、残りは綺季が日常業務で行う掃除で事足りるだろう。
「はぁ……はぁ……や、やり切った……!」
肩で息をしている和を見つめる綺季。
「す、スゴイスゴイ! 毎日ここの掃除をしてるわたしよりも凄くスゴイです!」
その目はキラキラと輝いていた。




