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第128話

「……あの、三人とも、本当に部活大丈夫なの?」

 放課後の教室で、クラス展示の下書きをはじめた運動部の生徒たちと教室を半々に使うため、後ろの黒板まで机を寄せながら、新菜がくるみたちに問う。

「あはは、……まあ、夏休みにみっちり練習はしたし、下校前に合奏にだけ顔出せるようにしてもらえればなんとか……ね?」

「そうね、ちょっとあの空気じゃ断れなかったもの……」

「他の文化部の方たちよりは都合が付きやすいと思いますから、なんとかなりますよ」

 三人は顔を見合わせ、それでもやはりいちばん大事な時期に練習が十分にできない歯がゆさに、困り笑顔を浮かべる。


(下手に嫌だって言ったら、それこそ先生にわたしがひいきされてるって誤解されちゃうもんね……そしたら、冨浬さんたちに何されるかわかったもんじゃない……)

 興津に好意を寄せていることを隠すことを止めはしたものの、それでも人前では、彼から他の生徒と変わらない扱いを受けながら水面下で交際を続けている身としては、彼が疑われるようなことは極力避けたかった。

(夏休みの間に一線超えるようなこともなかったし、このままあと一年半踏ん張れば、大手を振って一緒にいられるんだ。……ライバルは減らしたいけど、もう二度と面倒なことにされたくないし、絶対に変なことに巻き込まれないようにしなきゃ)

 自分が興津に堂々とつきまとうようになってから、他の女子生徒から妙な視線を感じることが減ったということを聞いているだけに、くるみとしては今の距離感を崩す気はない。

 お互いの立場を守るためにも下手に甘えないようにしなければ、と気合を入れるように柔らかくぴたぴたと頬を叩きながら、彼女は部室のある西棟の方を窓の外に見遣る。

(大丈夫、太陽先輩だって剣道部と掛け持ちでやってたし、隆玄先輩と政宗先輩も予備校と並行してやってる。紗雪ちゃんだってそう。凛子ちゃんも毎日衣装作りやってくれてるし、敦哉くんもソフィアちゃんも翔琉くんもクラス展示の手伝いがあるって言ってたもの。みんな一緒だ。わたしにだって、やってやれないことはない……)

 まだ他の生徒のように夜中まで塾通いしていないだけ楽だ、と自分に言い聞かせ、くるみはふと廊下側で困り果てている桜子の脇に立つ、ひとりの男子生徒に目をやる。

(韮山(にらやま)くんも、ダンス部の練習あるのに、委員長にわたしたち任されて、大丈夫なのかな……)

 絹玖と同じグループにいるダンス部員の韮山柊悟(しゅうご)が、自分のスマートフォンで何かをタップしているのを、くるみは不安な気持ちで見つめた。

(あの子もあんま、印象良くないんだよねえ。一年の時から学校中の女の子に連絡先聞きまくりだったし、実際わたしも聞かれたし。しかも、そっからとっかえひっかえ、ほとんど週替わりで違う女の子と付き合ってるらしいし……ほんと、陽キャの考えることってマジでわかんない)

 主語の大きな愚痴を心の中で吐きながら、くるみは祐華とミチルと一緒にそちらに向かう。

 その気配に気が付き、柊悟はその性格の軽薄さを知らない人間が見たら、簡単に恋に落ちそうな甘い微笑みを浮かべ、三人の方を見た。

「やっほー、くるみちゃん、これから三週間頑張ろうねー」

「気安く人のこと、下の名前で呼ばないでくれる?」

 たいして接点のない男子生徒に馴れ馴れしくされる不愉快さを隠さず、くるみは柊悟につっけんどんに言い放つ。

「なんだよー、冷たいなあ。せっかく同じクラスなんだから仲良くしようって」

「韮山君みたいに女の子に誰彼構わず連絡先聞きまくる人はやだ。信用できないもん」

 一年生のとき、彼を突っぱねたのと同じセリフに、柊悟は大袈裟にうなだれれてみせる。

「ほんと、キッツイこと言うなあ……てか、そんなに『ハニハニダンス』嫌だった? じゃー、さっさと断ればよかったのに」

「推薦されなくても小山さんの代わりに踊ろうと思ってたし、どうせわたしたちが断ったら、もっと忙しい吹奏楽部や演劇部の人たちにお鉢が回っただけでしょ。わたしたちは夏休み中、ほぼ休みなく、毎日朝から晩まで練習したから平気」

 ソフィアと同じくブラジル人のハーフで、頭一つ背が高く、小麦色の健康的な肌に明るく脱色した茶色の髪と、青緑色の瞳をした典型的な優男の顔立ちの柊悟を、くるみは敵意の眼差しで睨みつける。

「……あはは、君も絹玖に負けず劣らず気が強いねえ。同族嫌悪?」

「あんな意地の悪い委員長と一緒にしないで。失礼だなあ」

 興津の手をさんざん焼かせるだけでも不愉快なのに、自分にまで実害が及んだことで、一切仲良くする気の無くなった人間と同列にされる腹立たしさで、彼女はむくれて言い返す。

「ていうか、この人選、どうせ委員長が仕組んで、韮山くんたちも一緒になって面白がって決めたんでしょ。そうじゃなかったら、身体の弱い小山さんが真っ先に選ばれたりしないし、わたしたち以外の子を他に誰も推薦しないとか、おかしいもの。興津先生が止めても無視するし、絶対なんか企んでるよね? どうなの?」

「……」

「……そう、黙ってるってこんは図星なのね、韮山くん。見損なったわ」

 返事に窮した柊悟に、くるみの後ろでずっと黙っていた祐華が、呆れた様子で顔を逸らす。

 その隣でミチルが、怒っている時の彼女の癖である、目の笑っていない微笑みを浮かべながら柊悟を詰問し始める。

「引き受けたからには、きちんと最後まで責任を持って務めさせていただきますが、肝心の冨浬さんたちはどちらに行かれたんでしょうね? 韮山くんだけにわたくしたちの振り付け練習をさせて、クラス展示のお手伝いもされていませんし、文化祭が終わるまでは、運動部も放課後の活動はしないことになってますね。そもそも、冨浬さんご自身が何か部活動をされているわけではないようですし、いったいどちらで何をされているんでしょう?」

「……ははは、軽音楽部の女の子って、思ったよりきついなー」

「論点をすり替えないで頂けますか? 正直に仰ってください。冨浬さんは今どちらにいらっしゃいます? ご存じなんでしょう? お答えいただけますね」

 厳しく迫るミチルにたじろぎながら、柊悟は明後日の方向を見て追及から逃れようとする。

 が、とうとう観念してぼそりと答えた。

「……たぶん、カラオケ」

「はあぁ!!? カラオケぇ!!?」

 呆れたくるみの大声が教室に響き渡り、展示の下書きをしながら会話に聞き耳を立てていた運動部員たちも一斉にそちらを見る。

「あ、いや、ちゃんと理由はあるんだよ?……今度俺らの仲間がさ、文化祭でバンドやるから、その練習に付き合うって言ってさ……それでほら、この辺ででかい音出せる場所っていったら、カラオケ屋しかないじゃん? だから……」

「バンド?」

 柊悟がとつとつと答えるうちに、他の生徒たちがこちらを見てひそひそ話を始めたのを肌で感じながら、くるみは初めて聞く話に首をかしげる。

「そう。もう申請出してあるんで、ちゃんと決まってる。君らの前だよ、吹奏楽部の後に演奏することになったんだ」

「ふうん……」

「初耳ね」

「先生方だけかと思いましたが、対バンする相手がひとつ増えましたね」

 くるみたちは納得しないまでも仕方なしにその話を受け入れて、ふむ、と息を吐く。

「つまり、練習時間を減らしてやろうと、わたしたちを選んだのはそういうことかな?」

「思い切り邪推だけど、そう思いたくなるわね」

「それならなおのこと、演奏で負けるわけにはいきませんね」

 三人は絹玖の嫌がらせの原因に行き当たったことで、却ってプライドを刺激された。

「……ほんと、興津先生が優しいからってやりたい放題だね、委員長。クラス展示だって本当は手伝わないといけないはずなのに、他の人に丸投げしてカラオケか……」

 ホームルームの時に教壇の上からこちらを見た、完全に自分を小ばかにしたような絹玖の顔を思い出して、くるみは胸糞悪さでいっぱいになったが、それを一度頭の隅に追いやって、目の前ですっかりしおれている桜子に声をかけた。


「……小山さん、無理だったら今からでも断りなよ。ひとりじゃ不安だったら、わたしも一緒に行くから、明日委員長に話しに行こう」

「牧之原さん……ううん、大丈夫。気をつかってくれてありがとね」

 桜子は困った様子はあるものの、どこか嬉しそうにくるみに答え、微笑みを浮かべる。

「いいよ、牧之原さん。冨浬さんがああいう人だっていうの、あたしたち中学の頃からわかってたから、今回もかーって思ってるし。気にしないで」

 サブスクリプションで『Honey』の原曲をようやく探し当て、プレイリストに入れた新菜が、くるみたちの背中からやってきて会話に加わる。

「さくちゃん、練習辛かったら適当に休みなよ」

「ありがと、……自信ないけど頑張ってみる」

 柊悟を押しのけるようにしてやってきた新菜に気遣われながら、桜子はこくりとうなずいた。

 そこへ、

「お待たせー、ごめんね、時間かかっちゃって。興津先生、職員室にいなかったもんで、あちこち探しちゃったっけ」

 日直日誌を興津に届けに行った星來と一緒に、化学実験室の掃除から千爽が戻ってくる。

「おかえりなさい」

「お疲れ様」

 少女たちは口々に挨拶を交わす。そうして、

「さて、これで全員揃ったかな。……韮山くん。さくちゃんが元気なうちに練習しよ。あまり長引かせないでよ」

 女子に囲まれてでれでれと鼻の下を伸ばしていた柊悟に新菜が鋭く言い放ち、腕を組んで仁王立ちになった。


「……嘘つき。めちゃめちゃジャンプしまくってるじゃん」

 新菜が低い声で静かに憤る。

「途中も結構激しいね、ターンするとこ多いし、細かい動きがあって複雑だ」

 星來がじっと画面を見つめながらつぶやく。

「場所もくるくる入れ替わるのね……簡単どころか、かなり難しいじゃない」

 千爽が呆れ果てた様子で額に手を置く。

 数分後、全員でアップロードされていたダンスの動画を見て、桜子が絹玖とその仲間に完全に嫌がらせを受けていることが判明し、くるみたちはすっかり腹を立てていた。

「やっぱり先生に言って、出し物変えてもらうようにお願いしようよ」

「韮山くんもわかってて止めなかったの、ひどいわ」

「文化祭の出し物を嫌がらせに使う時点で、そもそも良くありませんね」

 くるみの提案にうなずいた祐華が冷たい目で柊悟を睨み、ミチルがさっきよりも五割増しで厳しい笑顔で見ると、彼は頬をひきつらせたまま動かなくなる。

「……ごめんなさい。わたしのせいで、みんなを巻き込んで……」

 小さな身体を余計に小さくした桜子の肩を、新菜が優しく叩く。

「さくちゃんが謝ることじゃないよ。菊川さんの言うとおり、楽しいはずの文化祭を嫌がらせに使うのが良くないんだ。……冨浬さん、ほんとに変わんないな」

「……ねえ、委員長、同じ中学だっけ? 前からこんなことしてるの?」

 新菜の言葉に疑問を抱いたくるみに、彼女はうなずく。

「これでも中学んときよりかはマシだけど、夏休みでリセットかかったのかも。髪も下田さんほど派手じゃないけれど、染めて来てるじゃん。てか、さくちゃんに意地悪するのもそうだけども、あの子本当に性格悪いよ。興津先生が担任になってからぼろが出てきてるけど、去年なんてクラスが違うのに、わざわざ昼休みにさくちゃんに絡みに来てたくらいだから」

「うわあ、気持ち悪っ……」

 新菜の語る絹玖の像に、これまで関わり合いを持ってこなかった人間関係の汚さが透けて見え、くるみは思わず呻く。

 その様子に、くるみたちが間違いなく自分たちの味方だと思ったのだろう、新菜は興奮と怒りで鼻息荒く、話の先をぶちまけ続けた。

「ほんと、冨浬さんってひどい子だよ。さくちゃんが病気の後遺症で普通に生活するだけでも大変だってわかってて、手伝う振りして面倒ごと押し付けたり、体育祭のクラス代表にしようとしたり、それを『特別扱いしたくなかった』とか、『頑張れば出来るって証明してほしかった』とかすっごいテキトーな嘘ついて、人前ではいい子の振りして影で意地悪するんだよ。しかも、中学の時に何度もそれで、さくちゃんのお父さんが学校まで話し合いに行ったのに、先生っちは冨浬さんの肩持って、推薦で合格させちゃってさ。入学式で顔見てマジで嫌になっちゃったっけ。聖漣って一般もそうだけど、推薦も厳しくなったから内申ダメダメなら来ないだろうと思ったのに、なんで受かったんだろって思うよ」

「えええ……じゃあ中学の先生も騙されちゃったのか。興津先生が信じちゃうわけだよ……」

 我が事のようにげんなりしたくるみを見て、桜子は首を横に振る。

「そんな言い方しちゃだめだよ、新菜ちゃんも牧之原さんも。……わたしが我慢すればいいだけだから、なんとかやり切ろう。ちょっとくらいなら飛び跳ねても大丈夫だと思うし……」

「いけませんよ、『我慢は美徳ではない』……わたしのお祖母さまがそう仰っておられました。まして、お身体に障るようなことですから余計によくありません。小山さんだけでも、どなたかに交代していただきましょう」

 ミチルが懸命に止めるが、桜子はもう一度同じ仕草を繰り返した。

「ううん、だいじょうぶ。それにきっと、冨浬さんはどうやったって、何か身体に負担がかかるようなことをわたしにやらせると思う。力を使ったり、高いところに上るような作業とか、重いもの持たされる仕事とか……それなら、ダンスの方がずっとましだもの」

「そう、なの……? 小山さんがそう言うなら、それでいいけれど……でも、本当に大丈夫?」

「辛くなったら、ちゃんと休んでよ?」

 千爽と星來の言葉に、桜子は笑顔でうなずく。

「ほんと、無理しちゃだめだよ。負担掛けないようにやってこうね」

「ありがとう、……みんな、気をつかわせてごめんね。よろしくお願いします」

 そう言ってぺこりと頭を下げた桜子に、くるみたちも刹那顔を見合わせ、よろしく、と同じ動作を彼女に返し、和やかに微笑んだ。


 しかしそれも束の間、鬼の形相で振り向いたくるみは、柊悟を氷のような目でねめつける。

「……よかったね、韮山くん。思惑通りに事が進んでさ。どうぞ、見張りなんてしなくても練習するから、委員長に報告しに、君もカラオケでも行ったら? 仲のいいお友達なんでしょ?」

 柊悟は一瞬、身体をすくめるが、すぐに立ち直って言葉を返す。

「なっ……や、やめろよ、そういう言い方!」

 しかし、完全に頭に血が上ったくるみは、思いつくままに柊悟に言葉を浴びせ続けた。

「やめないよ。だって、韮山くんは小山さんの身体のこと知ってて、委員長がこういうことするの、最初から止めもしなかったんだよね? そういうの面白いと思ってるんだ? 最っ低。人としてレベル低すぎて話にならないよ。……ねえ、もしも小山さんがこの先、練習中に具合悪くなったら、あんたっち、どう責任取るつもりなの? 謝って終わりにでもするつもり? そうなったら、小山さんが許してもわたしが許さないからね。そういう遊びみたいな軽いノリで、嫌な思いさせられた人がどれだけ傷付くか、考えたことある? ないからこういうこと平気で出来るんだよね、それって完全に、どっからどう見てもいじめっ子じゃない。悪いことしてる友達を止めないで、ただ黙って見てるだけの人間も同罪なの。わかる?」

「それは……」

 返す言葉のない柊悟が、その先を言い淀む。

 声のボリュームと共に、次第に言葉が直情的かつ辛辣になってきたくるみに、教室の中がざわつき始める。

「韮山くんって、ほんと軽薄で物事を真面目に考えない人だね。どうしてわたしっちにこういうことさせるのか、何が面白いと思ってんのか知らないけどさ、委員長が小山さんを困らせるためにこういうことしたのを、知ってて止めなかったならほんとに性格悪いし、知らないでやったならバカすぎ。なんで毎回体育の授業だけ小山さんが保健室に行くのか、どうしてそれが先生からも許されてるのか、そのくらい頭使って察しなよ。高校生にもなって、あんたみたいに善悪のひとつも自分で考えて行動できない人、わたし、本当に大っ嫌い!」

「ストップストップ! くるみちゃん、言いすぎよ!」

 怒りに任せて吐いた言葉に半分泣きそうになっている柊悟を見て、慌てて祐華が止めに入る。

「……」

 まだまだ言い足りない気持ちをぐっと飲みこんでくるみは柊悟に背を向けると、

「……ここ、展示制作の邪魔になるから、西棟の空いてる教室借りて、とにかく今日は歌聴いて、動画を見よう。みんな、うるさくしてごめんね」

 背中越しにクラスメイトに謝り、桜子の手を引いて教室を出る。

「あ、ちょっと待って、くるみちゃん、カバン!」

 くるみの荷物を慌てて肩から掛けた祐華に続いて、桜子のカバンを手にした新菜がそれを追い、後の三人もそれぞれ荷物を持って後から駆けていく。


(……好きな女の子に「嫌い」って言われるの、堪えるなあ……)

 入学式で一目見たときから心密かに想っていたくるみに、仲良くなる前に手ひどく振られてしまった柊悟は、ちらちらと自分を見る教室の中の視線に耐えきれなくなり、いたたまれない気持ちのやり場もないまま荷物を抱えて、そそくさとそこを後にした。

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