第129話
「うああ……やってしまった……」
「もう、くるみちゃんの悪い癖ね。いつも興津先生に注意されてるじゃないの、物事をストレートに言い過ぎだって。韮山くん、泣いちゃいそうだったわよ」
西館の三階にある鍵のかかっていない空き教室で、大きなため息を吐く祐華に頭を撫でられながら、椅子に座ったくるみは机に突っ伏していた。
「クラス展示を制作されてる方たちにも、部分的に刺さってしまってたみたいですね……」
「失敗したなあ……そんなつもりなかったのに……」
隣の椅子に腰かけたミチルの言葉に、くるみはうめき声をあげる。が、
「……ふふっ」
くるみに手を引かれるままに連れてこられた桜子が、不意に笑い声を立てるのを聞いて、思わずそちらを見た。
「?……さくちゃん、どしたの?」
側の机に腰掛けた新菜に訊かれて、桜子は目を輝かせて答える。
「だって、嬉しいじゃない。あんなに真っ正面から、冨浬さんの仲間にああいうこと言ってくれたの、新菜ちゃん以来なんだもの」
「え、あたしそんなことしたっけ?」
「したよ、中一の時に。覚えてない?」
「そんな前のこと忘れちゃったよ。あたし、さくちゃんほど記憶力良くないから」
ぼさぼさの髪を撫でながら、新菜はどことなくはにかんだ表情を浮かべる。
その新菜に寄り掛かるようにしながら、桜子は改めてくるみたちの方を向いた。
「……それに、前からね、牧之原さんたちとはお話したかったの。ずっとファンだったから」
「うえっ!?」
「!……や、やだ、照れるわ……」
「お、恐れ入ります……」
思わぬ言葉を聞いて、三人はそれぞれに恐縮する。
「最初の中庭ライブの時から大好きなの。仲良くなろうと思って、ずっときっかけ探してたんだけど、三人とも昼休みは教室にいないし、授業の後もすぐ部活に行っちゃうし、わたしも茶道部の活動があるから、なかなか話しかけられなくて……」
肩上で揃えられた桜子の細い髪を指先で弄びながら、新菜もえへへ、と声をたてて笑いながら、薄いそばかすのある頬を緩める。
「あたしもさくちゃんと同じ。生物部と園芸部掛け持ちしてるもんで、いつも外にいるけどさ、土いじりや虫捕りの間に、時々校舎の下で演奏聴いて癒されてるよ。みんな上手だね」
飾らない誉め言葉に、三人はますます縮こまらせて目いっぱいに照れた。
そして、
「わたしも、いつもすごいなーって思ってたの。人前であんな風に堂々と歌って演奏できて、みんなすごく楽しそうだなって、見てるこっちも楽しくなるわ」
千爽も桜子と新菜に乗っかり、腰かけた椅子の側の机に肘をついて、くるみたちを分厚い眼鏡の奥から見つめる。
「あ、あの……どうしよう祐華ちゃん、なんか奢ったほうが……」
「楽器があれば演奏できるけど、部室に置いてあるし……」
「ど、どうしましょう、リアクションに困りますね……」
おたおたしながら顔を見合わせた三人に、くすくすと笑いながら星來が声をかける。
「そういう時は握手して、チェキ代わりにスマホでツーショ取ればいいと思うよ」
妙にこなれたその言葉に、くるみたちはきょとんとして首をかしげる。
「……佐久間さん、アイドルの追っかけとかやってる人?」
脳裏に実夢のことがよぎったくるみの質問に、星來は少し考えた後、思い切ったように答える。
「うーんとね、どっちかというと、追っかけられる方かな」
「「えええええ!!?」」
予想だにしなかった回答に、その場にいた全員が大声を上げる。
星來は想像通りの反応に苦笑いしながら、とても大きな秘密を話すように先を続けた。
「いやあ、なーんちゃってね。わたし、中学二年の頃から、市の福祉科の主催で、完全ボランティアのローカルアイドルみたいなことやってるんだ。『茶んでぃーず』って名前の。まあ、追っかけなんてつかないけどさ、施設の慰問の後は、そういう時間を必ず取るから……」
「まじで……」
「すごい、アイドルが目の前にいる……」
言われてみれば、くるみと大差ないほど華奢で線の細い身体と、丸みを帯びて甘く幼い雰囲気の整った顔立ちはアイドル向きの外見なだけに、彼女を疑うことなく全員が納得する。
「でも、名前がいかにもこの辺のアイドルって感じだね……『ちゃんでぃーず』の『ちゃ』って『お茶』でしょ?」
桜子が笑いながら訪ねると、星來は楽しそうにうなずく。
「うん。昔『キャンディーズ』っていう三人組がいたから、それをもじったの」
「あ、それって『春一番』とか『ハートのエースが出てこない』とかの人たちだよね?」
「そうそう。知ってるんだ、牧之原さん。さすがだね」
「いやあ、お母さんのiPodに入ってたから、それでね」
時々『年下の男の子』を替え歌にして、心の中で『年上の男の子』などと興津のことを想いながら歌っていることまではさすがに伏せつつ、くるみは星來に答える。
「なるほどね、ロコドルやってたんだ。それじゃあ部活やってる時間ないわよね」
「ごめんだけど、いつも昼休み寝てるから、夜更かしさんなのかと思ったよ」
千爽と新菜の正直な言葉に、星來はあはは、と屈託なく笑う。
「ああ、うん。平日は毎日、夜七時から九時までレッスンがあるの。だから昼間は極力動かないで、昼休みも睡眠にあてて、体力温存してるんだ」
「なるほどね、まさかそんなことしてたなんて、想像もできなかったわ」
「素敵ですね。大変でしょうけれど、皆様喜ばれるでしょう?」
「うん。みんながにこにこして、一緒に歌ってくれると本当に楽しくって」
「そっかあ、わたしたちと同じだね」
祐華とミチルに心からそう思っている様子で答える星來に、くるみは強い親近感を覚えた。
「すごいなあ、誰かのためにそういうことできるなんて……わたしも見習わなくっちゃ」
その後ろで千爽が先ほどと同じ姿勢のまま、ふう、と小さなため息をつく。
「金谷さんは放課後、何してるの?」
純粋に興味を持ったくるみの質問に、彼女はほんの少しだけ言いづらそうに話し始める。
「うん、わたしは誰かのためになんかしてるとかじゃなくって、……卒業したらヨーロッパに留学したいから、語学学校で勉強してるの」
「ヨーロッパ!? すごいじゃん!」
顔を輝かせた周りの生徒達に、遠慮がちに千爽は首を横に振る。
「すごくないよ。自分の好きなことしに勉強に行きたいだけだから……」
「差し支えなければ、何のお勉強に行かれるのか教えていただけますか?」
「……実は、調香師になりたいの。わたし、家が漁師だから家の中も周りも魚の臭いが凄くて、小さい頃からいつもからかわれるのがすごく嫌でね、お小遣いで香水とかコロン集めて、自分で混ぜたりして好きな匂い作って使ってたの。そのうちに、自分で自分の好きな香水創りたくなって、そういう仕事があるって知って……」
恥ずかしそうに話す千爽の言葉に、くるみたちは嘆息する。
「ああ、それで金谷さん、いつも側通るといい匂いするんだ……」
「男子がよく話してるもんね」
「や、やだ、好きでやってるだけだし……困るなあ……」
「いいじゃん、金谷さんだって十分人の役に立つ仕事のこと考えてるよ。いい匂いする人って、側にいるだけでハッピーになれるし、自分の好きな香りのシャンプーとかコロンってそれだけで気持ちがアガって楽しくなるから、すごく素敵だと思う」
星來の屈託のない笑顔と励ましに、千爽は真っ赤になってうつむく。
(わかるなあ……わたしも先生のコロンの匂いすると、幸せな気持ちになるもの)
初めて嗅いだときから、ふと香るたびにときめくそれを思い出し、くるみはひとりにやける。
「……ていうか、やっぱりみんな、それぞれ忙しいよね?」
ここまでの話を頭の中でまとめてくるみがそうつぶやくと、全員が大きくうなずく。
「そうだね。特に軽音楽部なんて最後の追い込みに入ってるでしょ?」
「うん……」
「本当でしたら毎日、セットリストの頭から、ずっと通しで練習したいんですけれど……」
祐華とミチルは肩を落として新菜の質問に答える。
「目立ちたいなら冨浬さんたちがやればいいのに。……やっぱすごく意地悪だね。先生に『小山さんが踊れなかったら自分が代わる』なんて言ってたけど、絶対そんな気ないよ」
聖來が腕組みをしてこの場にいない彼女たちを睨むように空を見ると、
「……負けたくないわね、そんな意地悪に」
千爽が腹をくくったようにそう言って立ち上がると、桜子が綺麗なアーモンド型の大きな吊り目をきっ、と見開いて小さな身体で真っ直ぐに立つ。
「……やろうよ。文句言えないくらい完璧に踊って、悔しがらせてやりたい。中学の頃からずっとこんなことばっかりで、高校来てまでしつこく似たようなこんされて、いい加減うんざりする。どうせ向こうはわたしが途中で音を上げるか、本番で失敗するのを見て面白がりたいだけなんだ。……絶対、思い通りになんかなってやるもんか」
「さくちゃん、無理はだめだよ。お医者さんに言われてるんでしょ」
新菜が慌てて止めるが、桜子は首を横に振って微笑む。
「いいよ。身体のこと言い訳にして、いつまでも弱い立場のままやられっぱなしでダラダラ生きてるくらいなら、ちょっとくらい負担がかかってもスカッとすることして、気持ちよくこの先の人生を送りたい。それに、フルマラソンや重量挙げみたいな負担かかる競技じゃないんだから、お医者さんもきっと怒らないよ」
「……わかったよ。でもお医者さんに止められたら、本当にストップだからね」
「大丈夫だってば」
まるで母親のように心配する新菜に桜子は苦笑しつつ、右手で拳を作る。
「ねえ、まずはじゃんけんしよ。誰がセンターで踊るか」
「おっけー」
「じゃあ、それからもう一度動画見て、細かく区切りながら、ひとつひとつ振り付けを分解していこうか」
「そうだね。よし、がんばろう!」
すっかり団結した全員が立ち上がり、顔を見合わせた後、せーの、とくるみが声をかけると、七つの拳が肩の高さまで上がった。
「……なるほど、それじゃあ、小山の身体だけ気を付けてやれば、大丈夫そうだね?」
「はい。振り付けが少し複雑なんですけど、佐久間さんが今日初めの方だけ実演してくれて、それ見ながらやったらなんとか形になりました」
最後の一時間だけどうにか参加できた練習の後、カーテンを閉めた部室の中で、心からとは行かないまでも安堵の表情を浮かべた興津に、くるみはにっこりと微笑んで答える。
「……申し訳ないな、何も力になってやれなくて……小山が選ばれた時点で強く言って止められればよかったんだけど、僕もそこまで流行をちゃんと把握してなかったから、また冨浬の言う事を鵜呑みにしてしまった……」
彼女の形の良い丸い頭を優しく撫でて、彼は深いため息をつく。
「大丈夫ですって。委員長、外面はたしかにいいし、口も上手いですから、今まではごまかせたかも知れませんけど、今回のことでだいぶ信用なくしたと思います。運動部の子っちも、わたしたちの話聞いてたらしくて、『クラス展示手伝わないでカラオケ行くとかありえない』って、すっごく怒ってましたから」
「それなあ……任命した僕に責任があるから、みんなにはなんて言って謝ったらいいか……」
「文化祭の後にアイスかジュース奢ったら、きっと許してもらえますよ」
「そんな簡単に済むかなあ……」
完全に自分のミスで起こってしまった出来事に、彼はひどく意気消沈しているようだった。
そうして、不意に多忙になってしまった、目の前の恋人のスケジュールの過密さを案じる。
「……君はこっちの方、大丈夫なのか、くるみ」
「夏休みじゅういっぱい練習しましたもん、心配しないでください」
「そう……ごめんな。両立するのは大変だと思うけど、無理はしないようにね」
ぽんぽん、と優しくくるみの頭に手を置いてから、彼は自分の帰り支度を始める。
「先生のバンドの方はどうですか? 文化祭の練習、うまく行ってます?」
「うん、おかげさまでね。藁科先生が東海大会に出るから、練習時間がかなりタイトで少し心配だったんだけれど、ちゃんと形になったよ」
そう言ってから、彼は口髭の下に手をやって、少し考え込む仕草で言葉を続ける。
「でも、うちのクラスの生徒がバンドを組んでたなんて、僕も初耳だよ。なにか聞いてくれたら教えてやれたんだけどなあ……まあ、冨浬の仲間じゃあ、僕が何を言っても右から左に流されそうだな。何も言わないのが吉か……」
「ここまで自分達だけでやってたんですから、余計な気なんて回さなくていいと思いますよ。……先生、やっぱり優しすぎます。みんながみんないい子じゃないんですから。これからは生徒のこと、簡単に信用しちゃダメですからね」
「返す言葉もないよ。肝に銘じとく。……さて、行こうか」
ギグバッグを背負って肩をすくめながら部室を出る彼の背中に、くるみも続いた。
「あー、来た来た! 柊悟、おっつー」
「お、おう……」
駅前のカラオケボックスで、ギグバッグに包まれたままの楽器をソファに立てかけ、流行りのK-POPを歌っていた絹玖たちの部屋に足を踏み入れた柊悟は、深く傷付いた心を隠すように薄っぺらい笑顔を貼り付けて彼らを見る。
「……練習、しないのか」
「へーきへーき、まだあと三週間もあるし?」
タッチパッドを手にしたバンドメンバーのひとりがそう答えて、ボーカロイドの楽曲を探す。
「柊悟もなんか歌えば?」
「あー、俺はいいや、……なんか飲もうかな」
とてもそんな気分になれず、彼は誤魔化しつつメニュー表に手を伸ばす。そこに、
「ねえ、柊悟、あいつらどうだった? 超困ってたっしょ?」
絹玖が足を組みながら興味深げに彼を見遣り、にいっ、と赤い口紅をつけた唇の端を歪める。
「あ、ああ、うん……」
まさか自分が正論で反撃され、あまつさえ完封されてしまったとは言い出せず、柊悟はわずかに言い淀んだが、絹玖はそれを気にも止めない様子で、満足そうにコーヒーフロートを一口飲んだ。
「てかさあ、絹玖も面白いこと考えるよね、小山に無理やり踊らせるとかさ」
絹玖の隣りに座っていた女子生徒が、ソファにふんぞり返りながら彼女を見ると、絹玖はけらけらと笑いながら話に乗った。
「だってあいつうざいじゃん、病気だかなんだか知らないけどさ、いつも体育の授業サボってんのマジむかつく。こっちは生理痛で保健室行っても朝比奈のババアに追い返されて終わりなのに、特別扱いで寝てばっかで。なにあれ。ぶっちゃけクラスの出し物なんてどーでもいいんだよね、グダってコケたらそれはそれで面白いし、病院送りになったらもう一生そっから出てこなくていいよ、あのクソチビ」
「あははー、絹玖、完全にヴィランじゃん」
「え、だっていい子ヅラしてるやつって見てるとムカつかない? あいつと一緒にいる相良もキモいしさ。あいつ、素手で虫捕まえてんの見ちゃってさあ、超無理なんですけど」
「うえー、きっしょ。さっすがウンコまみれの園芸部だわ、マジキモい」
「なんかキノコも取ってなかったっけ? 毒だからとか言って」
「あれな、教頭がめっちゃ慌ててたけどさ、素手で触っただけで死ぬキノコだったらしいよ」
「そのまま素手で触って死ねばよかったのに、超間抜けな死に方で面白いじゃん?」
ボックスの中は残酷な響きの爆笑に満ち、柊悟は思わず耳を塞ぎそうになり、我に返る。
(おかしい……)
今日の午後、ほんの二、三時間前まではこの輪の中に平気で居られたはずなのに、急に自分だけが切り離されたような思いがして、柊悟は戸惑う。
(こんなにこいつらの話、気持ち悪かったっけ……)
自分がその悪意を急に汲み取れるようになったのか、それとも計画どおりに事が運んで、彼女たちの中に隠されていたものが開放感で露見したのか、はたまたその両方が同時に起こったせいなのかはわからない。
しかし、先刻くるみにきつく詰られてから胸の中で沸き起こっている嵐のような感情は、間違いなくここが自分の居場所ではないことを教えていた。
「てかさ、あたしあいつらも大っ嫌いなんだよね、藤枝と菊川!」
「わかるー! 二人ともちょっと成績いいからって調子乗ってるよねー、藤枝なんて去年の事件でガチで殺されてればよかったのにって思うわ」
「あっはっは、それは言い過ぎー! でも菊川とかほんとマジでムカつくんですけど」
「ほんとそれな、ずーっと言葉遣い『ですます』で通しててお高く止まってるしさ、金持ちだからってこっちのこと見下してんじゃない?」
「あれでふたりとも彼氏いるの納得できねーよな、クソつまんねー女なのに」
「よっぽど上手いんじゃない、アレがさ? 清純そうな顔してやることはやってんだろうし?」
ぎゃははは、と隣の部屋からの歌声をかき消すような音量の笑いを吐き出しながら、絹玖たちは悪口大会に勤しむ。
(……俺、本当にここにいていいのか?)
もはやメニュー表の文字などひとつも目に入ってこないほど憔悴しながら、柊悟は身体の震えを押さえて、乾いた喉に唾を流し込む。
(なあ、柊悟。ここは居心地がいいと思うか? さっき、くるみちゃんにあそこまで言われても、ここにいるべきだと思うか?)
今まで何も見ないふりをしていた心にひびが入り、そこからぱきぱきと何かが剥がれていくような感覚がして、彼は瞬きもできないまま絹玖たちの言葉を聞き続ける。
そして、
「てかさ、藤枝と菊川で思い出したけど、牧之原、マジで超うざい。存在ごとこの世から消えてほしいレベルで」
彼女の口から出てきたその文言に、柊悟は小さく息を呑んだ。
「わかるー」
「あいついるだけでマジでうざいんだよね、芸能人の娘のくせに、なんでうちみたいな田舎の高校いるのか、マジで意味不明」
今聞こえてくる耳汚い言葉が誰のものなのかどうでもいいと思うほど、柊悟の心の奥になにか暗くて熱いものが、ふつふつと湧き上がる。
「声高っけえからうるさいんだよね、なんか喋ってるとさ」
「てかさあ、あいつ興津のこと好きだろ? 超キモいんですけど」
「ほんそれ! 見ててマジできっしょいわ、あんなんクソおぢじゃん」
「つーか、ヒゲ生えてる時点でマジ無理。バンドとか組んでてまじうぜえしさ」
テーブルからタッチパッドを手に取った絹玖が、深い嫉妬のこもった笑顔を浮かべる。
「ぶっちゃけさあ、軽音楽部全員入れたの、練習できなくて本番グダればいいと思ったからなんだよね。歓迎会も中庭ライブも失敗すればいいのにって思ってたけどさ、失敗しねーんだもん、つまんねえ。しかも中庭ライブなんて、動画超バズってんじゃん、くっそムカつく」
「お、いいじゃん、合法的な妨害工作とかサイコーじゃん」
「でしょー? 興津も恥かかせられて一石二鳥ってやつ」
「興津もマジでうざいよねー、いちいち化粧とか制服とか口出してきてさあ。こないだなんてカラコンはずせとか言ってきて超ムカついたんですけど?」
「いくらすると思ってんだろうねー、こっちはもっと可愛くなるために努力してんだから見逃せっつーの、クソジジイが。ホント服装検査とかマジだりぃわ、どんな着方しようとこっちの勝手だろっつーの」
「てか、服装検査って言えばさ、こないだなんてマジ最悪じゃなかった? 教頭のクソがウチの香水没収しやがってさ。しかも新品だったのに返さねーんだよ。マジ殺したくなったわ」
「マジでー? じゃああいつにも注意しろよ、金谷。あいつもいつもなんか臭うじゃん」
「そう、だから金谷入れたの、ぶっちゃけそんときの仕返しなんだよね。うちはやられたのにあいつは何も持ってないからってスルーされてんの、意味わかんなくない?」
「あいつんち漁師なんだっけ? だったら漁師らしく魚の臭いでもさせてろよ」
「ほんとそれな、メガネクソブスはメガネクソブスらしく生臭く地味にしてりゃいいんだよ。気取ってんじゃねーぞ、目なんてごま塩みてーにちっせーのによ」
「てか、あいつもマジで嫌いなんだけど、佐久間。ちょっと顔がいいからって調子づいてんの」
「あー、飯食ってすぐ寝て、なんであいつデブにならないんだろうね? うっぜえ」
「でもさ、あいつ運動神経いかにもなさそうじゃん、ああいうのイジると面白いんだよね」
「これで出し物失敗したらさ、ずっとネタに出来んじゃん? 動画も撮って拡散してさ」
「いい! それ使って金ゆすってもよくね? 恥かくのと金払うのどっちがいいかって!」
無知な子どものようにはしゃぐクラスメイト達に、絹玖はにやりと笑って言い放つ。
「それより、失敗したら罰ゲームでさ、全員『恥ずかしい画像』撮ろうよ。で、それネタにして金とんの。したらガッコにも来れなくなるし、金コマにもなんねーし、マジでうちらの天下じゃん。ついでにそれ使って興津も叩けたらもーサイコーだべ、クッソウゼえのみんないなくなって、毎日楽しくなるし?」
その提案に、どこまでも止まらない悪意の塊でしかない笑いが、エアコンの効きすぎた室内に薄ら寒く満ち溢れた。
「……悪りぃ、俺、デートの約束あったの忘れてたっけ」
ありがちな嘘の後、柊悟は慌てたふりをして自分のカバンを取り、ソファから立ち上がる。
「えー、マジで?」
「今度はどこのガッコの娘? あとで感想教えて」
「上手かったら紹介しろよ」
「……ああ、うん。じゃ、先帰るわ」
自分を気に留めるでもない言葉に曖昧な笑みを返し、彼はそこから逃げ出した。
(どうしたんだ、俺。あいつらは友達だろ?……そうだよな?)
建物の外に出てから大きく息をつくと、柊悟はそれでも鳴り止まない心臓の音のうるささに身震いする。
(俺の聞いてた話と、ぜんぜん違う。ほんのちょっとの『いたずら』のつもりだと思ってたんだ。桜子ちゃんをちょっと『いじって』、みんなで『面白がる』だけだって、絹玖はそう言ってた。……だけど、さっきの話は何だ? 蓋を開けてみたら、完全に個人的な恨みと嫌がらせでしかなくて、みんなはそれを悪いとも思わないで、おもちゃにするみたいに面白がって、ひどい手段で追い詰めて脅そうとまでしてる……いや、違うんだ、俺が聞かないふりしてただけで、はじめから何も変わってないんだ……!『いじり』は『いじめ』と同じだってわかってても『言葉が違う』って身勝手な解釈して、『面白がる』なんて、相手を見下した言葉聞いても、愛想笑いでだんまり決め込んで、俺は自分に言い訳して、ごまかしてただけだ!)
残暑でにじむのとはまた別の、じっとりとした脂汗が額から垂れる。
(……なんで今、気づいちゃったんだろう。……俺、こっから先、どうしたらいいんだ?)
奥歯を噛み締めながら、柊悟は自問自答する。
(くるみちゃんの言うことは正しい。それはわかってるんだ。……でも、絹玖たちの中にいないと、俺は友達も話し相手もいない……一人ぼっちになる……いやだ、怖い……!)
夜の帳が下り始めた街と同じ速度で闇に沈んでいく自分の心に足を引きずりながら、柊悟は駅までの道をよろよろと辿り始めた。




