第126話 ―第六幕エピローグ―
終演後、SNSのフォロワーが一気に三十人も増えたとはしゃぐ紘輝たちと一緒に喜びを分かち合い、ミチルの呼んだボディガードに守られつつ歌舞伎町一番街の門をくぐって新宿駅にたどり着くと、きょうだいそれぞれが文化祭での再会を約束する。
そこから渋谷まで生まれて初めての山手線に乗り、ニュースでしか見たことのなかったスクランブル交差点を、全員がある種の感動を持って渡った後、坂の上にある大きな劇場よりもさらに奥まった高級住宅街の一角にあるミチルの実家についたのは、あともう十五分で十一時になってしまう頃だった。
「あっぶね! ぎりぎりセーフじゃん!」
「途中でコンビニ寄ってたらヤバかったね、やめといてよかった」
先に運んでおいてもらった宿泊用の荷物を各々手にしながら、広々とした玄関に声を響かせつつ、部員たちはほっと息を吐く。
「この格好じゃ、身分証を見せても警察に連れて行かれたかもしれないな……」
中に着たシャツの模様も相まって完全に不審者の外見になってしまった興津が、玄関で靴を揃えながら猛省する。
「もう黒いシャツに白いズボンは禁止ですよ、先生」
「まあ、ゴールドのネックレスとか高級腕時計してなかっただけまだマシっすね」
「セカンドバッグなんか持ってたらもう完全にそっちの人ですからね」
「わかった、わかったからもう言わないでくれ、反省してる」
三年生三人の容赦ない攻撃に彼はすっかり弱り果て、口髭の下に手をやって気まずそうに肩をすくめる。
「明日は普通のカッコしてくださいよ」
「大丈夫だって」
隆玄に釘を刺され、彼は所在なさそうに明後日の方を見た。
「もう、荷物もお部屋に運んでいただいてますし、お風呂の準備もお願いしてありますから、順番に入って早く休みましょう。明日もまだ、行く場所はありますものね」
ミチルが慣れた様子で、玄関から拡がるホールの真ん中にある大きな階段を上り始める。
「お部屋にご案内しますから、皆さんいらしてください」
その言葉に、よろしくお願いします、と全員が頭を下げ、彼女の後を追った。
「……なんか、歩くだけでも疲れたね、東京」
ゆったりと広い風呂場で髪と身体を洗い、ジャグジーの泡が心地良い湯船の中でふくらはぎをマッサージしながら、くるみはようやく人心地つく。
「今日一日で、半年分の刺激を受けた気がするわ……明日、寝坊しちゃいそう……」
既に眠くてたまらない様子の祐華がくるみに相槌を打つ。
「わたしも久しぶりにこちらに戻って来たので、ちょっと疲れましたね」
ミチルはそう言って大きく伸びをする。
「明日は……たしか、日暮里と浅草橋だっけ? 凛子ちゃん、今から全員分の文化祭の衣装作るんだー! って意気込んでたけど、練習もあるのに、間に合うのかな……」
「そうよね……あ! 去年の定期演奏会の衣装、まだ持ってるでしょ? あれ使いましょうよ!」
「そうですね、本当に素敵に仕立ててありましたし、一度きりしか使わないのはもったいないですね」
「そっか! そしたら一年生と政宗先輩のだけ作ればいいもんね、さっすが祐華ちゃん、ナイスアイディア!」
「あ、政宗先輩は着ぐるみを自分で用意するからいいっていってたわよ。この間、病院の側に出来たディスカウントストアで探すって」
「えー、せっかく凛子ちゃんに作ってもらえるのに?」
「政宗先輩なりのお気遣いなのかもしれませんね、凛子さんに負担をかけすぎないように」
「ああ、そっか、なるほどね。やっぱり凛子ちゃんに優しいなあ、政宗先輩」
「どう見ても両想いよね、進展ないのが見ててやきもきしちゃう」
そこまで話して笑ってから、三人はほぼ同時にあくびをする。
「……このまま浸かってたら、ここで寝そうだよね」
「うん、……でも、気持ちよすぎてまだ出られないわ……」
「今日はいっぱい動きましたものね……」
三人はくったりと湯船に寄り掛かり、大きなため息を吐く。
しばしの沈黙の後、くるみは白い天井を見上げながら、
「……終わっちゃうね、夏休み」
ぽつりとそうつぶやいた。
「そうね。……今年はいっぱい、いろんなことがあったわね。みんなで海に行って、太陽先輩のお祝いして、……合宿も行ったし、浴衣で花火も観たし、練習もいっぱいして……」
「とどめが今日のライブ、ですね。……楽しかった……」
浴槽の中でうつぶせになりながら答える祐華に、ミチルがそう答えて湯船の湯を手ですくい、何をするでもなくそのままこぼす。
心地よい湯温にぼうっとする頭の中、ありすの愛らしい笑顔がふと浮かび、
「うちは赤ちゃんもいたからお世話が大変だったなあ……でも、おかげでやりたいことも見つかったし、おじいちゃんとおばあちゃんとも、頼子さんともいっぱい話ができたっけ……」
くるみはすでに遠い昔の出来事のように感じられる、今朝までの出来事を思い返す。
「それね、本当にお疲れ様、くるみちゃん」
「赤ちゃんも奥様も無事、伯父様のところに戻られましたし、何事もなくてよかったです」
「うん」
一昨日になってやっと話せた秘密を、なぜ黙っていたのかと責めることなく、ただひたすら労わってくれる友人を持ったことに、くるみは深い喜びを感じた。そして、
「……どうしよう、こんなに今年楽しかったら、来年受験もあるし、反動でめちゃくちゃテンション下がりそう……」
はあ、と再びため息を吐いて、そろそろ一年生に順番を譲ろうと湯船から上がる。
「大丈夫よ、来年はきっと来年で、楽しいことがあるはずだから」
それに倣い、祐華も浴槽の縁から起き上がってそう言うと、ミチルも同じようにうなずきながら立ち上がる。
「まあ、まずは何はともあれ、文化祭です」
「そうだね」
「ふふっ、頑張りましょうね」
今日のライブでそれぞれに得たものを噛み締めながら、三人は順番にシャワーを浴び始めた。




