第112話
鑑賞会の後、そのまま夕食を取り、入浴も済ませたくるみたちは、さすがに今日は時間不足で合奏とはならず、就寝時刻まで個人練習ということになり、スタジオであったり、リビングであったり、はたまたウッドデッキで夜風を浴びながら、各々の練習に励んでいた。
「はー、まだ始めて半年も経たんのに、ここまで弾けるのか……」
地下のスタジオの中、翔琉が弾いてみせた文化祭で演奏する曲のギターソロを聴いた紘輝が、長く伸ばした癖のある前髪をかき分けて驚愕する。
「いえいえ、まだ僕なんてぜんぜん……時々どこ弾いてるかわかんなくなって、先生に注意されます」
元部長の言葉に恐縮しながら、翔琉は合宿前に新たに父から送られてきたリッケンバッカーのボディを撫でる。
「ギターもいいの使ってるな、リッケンの620か……」
「父さんのお下がりなんです。母さんと結婚してなかったら今でもバンドマンやってたかもしれないって。だから楽器には相当お金かけたらしくて、婚約指輪買うのに何本か質に入れたって言ってました」
「うわあ、他人事とは思えん話だ」
そのうちに自分も同じ羽目に陥りそうな気がして、紘輝は後輩の話に苦笑する。そして、
「翔琉くん。きみ、先生にも言われてるかもしれないけれど、ガチで音楽やったほうがいいと思うよ。音大行くとかじゃなくって、自分で仲間募ってバンド組んだらいいと思う。普通の人だったら一年かかるところを、きみは多分、半分の時間で身につけてる。家の人が了承してくれるなら、絶対その方がいい」
そう言って翔琉の目を見て、力強くうなずいた。
「ありがとうございます。……まあ、実家は弟と妹がいるし、ボクが手伝おうとするとみんなが止めるんで、任せちゃおうかとは思ってますけど、そんな褒められるほどですか?」
「十年弾いてる人が言うんだから間違いないよ、翔琉くん。考えてみたら?」
後ろでドラムを軽く流していた隆玄が手を止めて紘輝に同意する。
「でもいいんすか、紘輝先輩? ライバル増えますよ?」
その後に続いた言葉に、紘輝は腕組みをして答える。
「ははは、『強敵』と書いて『とも』と呼ぶってやつだよ。上手い人の演奏を聴かないと自分も上達しないからさ。……ぶっちゃけ、俺の通ってる専門、思ったより初心者が多いし、今組んでるバンドもメンバーの中の音楽に対する温度差がすごくて、正直いつ解散するかヒヤヒヤしてんだ。今日もたぶん、一人練習に来てないやつがいるだろうしな……」
「あー、さっき言ってたリズムギターの人っすか? 困りますよねぇ、そういうの」
「ボーカルもひどかったんだぞ、……これ、オフレコにしてほしいんだけどさ、その子、本番直前に歌えないって泣き出しちゃったんだよ。他のバンドに一人すごい歌い方する子がいて、それ聴いてショック受けちゃってさ。それで致し方なく、歌詞覚えてた俺が代理でボーカルやったんだ」
「えええ、そんなに自信喪失させるなんてどんな人ですか」
身を乗り出した翔琉と隆玄に、紘輝はため息を吐いてから答える。
「……くるみちゃんより上手い、って言ったらわかるかな。マイク十センチ離しても声が通るし、それ以上にフロアに声が響くんだ。英語の発音もネイティブだし、ビブラートのかけ方がホイットニー・ヒューストンみたいでさ、……怖かったよ、俺は。東京にはここまで才能がある人がいるんだって、ちょっと鳥肌立ったっけ」
「まじすか……」
「その人、次のライブでも歌いますか?」
「あー、ちょっと事情があって、そのバンド出禁になっちゃったんだよ。だから歌わない。ただ、たぶんあの子ライブ観には来るだろうから、運が良ければ会えるだろうな。いずみと気が合うみたいでさ、よく個チャで話してるもんで、一緒に来てくれると思うよ」
「ふうん……」
興味深げに翔琉と隆玄が唸る。
「世の中広いっすね……うちも今年、軽音楽部の全国大会にエントリーすることになりそうっすから、いわゆる世間でのレベル、っていうのを知ることになりそうなんすけど、……翔琉くん、頑張ってね。俺は遠くからそっと見守ってるから」
「うわー、心細いなあ。松崎さんのドラムって熱くなってくると手数が増える上に走るから、ボク、いつもリズムがズレちゃって怖いんですよ。先輩も一緒に出ませんか?」
「いやぁ、無理無理。マジな部分じゃ、浪人するのは出来れば回避したいからさぁ。それに、ドラムが走っちゃったらもう諦めて、ギターから合わせてもらうしかないかなぁ」
えー、と抗議する翔琉に、上級生二人は申し訳無さそうに笑った。
「そう言えば隆玄、お前東大の理Ⅲ受けるんだっけな。合格したら大輔さんの後輩になるのか、学部は違うけど」
「うわー、雲の上の話が始まった!」
そこから始まった紘輝の別の話に返って来た翔琉の素っ頓狂な声に、明るく和やかな笑いがスタジオにあふれた。
「……政宗先輩、何見てるんすか?」
「うわっ」
リビングのソファの上で『鏡のエデン』の再生数が50万を超えたことを確認していると、背後から凛子の声がして、慌てて政宗はスマートフォンの画面のライトを落とす。
「お、俺の後ろに立つなよ、びっくりするだろ」
「そんなどこかのスナイパーみたいなこと言わないでくださいよ」
「女子高生の口から出てくるネタじゃないぞ、それ」
すっかり凛子のオタクぶりに慣れた政宗がネットミームとして得た知識で答えると、臙脂色の学校ジャージ姿の彼女は安心した様子で彼の右隣に腰掛け、左手に持ったピンク色のピックでレフトハンドの白いギターを軽く爪弾く。
「スタジオ、使わないのか」
「翔琉くんと先輩方が使用中なんで遠慮しました。……あの子の前じゃ、何弾いても恥ずかしいし」
TAB譜を広げて少し面白くなさそうにこぼした凛子に、政宗は首を横に振る。
「何言ってるんだよ。あの子のリードギターは確かに目立つけど、時々松崎ちゃんのドラムにつられてしっちゃかめっちゃかになってんだろ。合奏してるとき、いつもリズムがブレないのは凛子ちゃんが頑張ってるからだ、自信持て」
「はは、そうっすかね……」
政宗の言葉に力なく笑って、凛子は指を動かし続ける。
「……先輩、音楽やっててよかったって思うこと、なんかありますか」
「え……」
凛子の唐突な問いに、君に逢えたことだ、とうっかり言いそうになるのをぐっと堪え、
「……まあ、ひ、人に褒められたとか、再生数が伸びたら嬉しいとか、……あとは、そうだな……」
その答えを探しているうちに、政宗の考えは深くなっていく。
「……この間作った曲がさ、それまでとちょっと違う心構えで作ったら、思ったより評判良くて。それも嬉しいんだけど、何よりも『自分の感情を形にできた』っていう達成感がすごかったかな。俺の音楽の作り方の解法が見つかった感じがして、嬉しかったよ」
投稿を済ませたあの夜の密な爽快感を思い出し、政宗は軽く息を吐く。
そして、隣でまだしょんぼりとしている、洗い髪を雑にくくった彼女のうなじを見遣り、どぎまぎしながら彼女に質問を投げかける。
「……凛子ちゃんは、そういうのないのか? ギター弾いてると、楽しくてたまらないとか、気分がすっきりするとか……」
「……わかんなくなっちゃった、ですかね……」
ぷつりと音が止まり、彼女は肩を落とした。
「わたし、結局流行りで始めただけなんですよ。アニメが面白かったのと、ネットにいくつか弾きたい曲が転がってただけで、誰かに想いを伝えたいだとか、音楽で身を立てたいってことはないんです。……もちろん、演奏は好きですよ。でも、翔琉くんやOBの先輩みたいには弾けないし、太陽先輩みたいに部活掛け持ちしてまで頑張れもしない。……なんだか、こんな、みそっかすみたいな気持ちで音楽やってたら、頑張ってるみんなに、申し訳ない気がして……」
凛子は一度そこで言葉を飲み、先を続ける。
「ダメですよね、わたし。いつも流行りに流されて中途半端なんです。オタクになったきっかけも、幼稚園で流行ってたアニメの影響だし、声優になりたかったのも、別にお芝居が好きだからじゃなくって、たまたまそのアニメの声優さんがテレビで生アフレコしてて感激したからだし、みんなが飼ってるからってハムスター飼ったり、従姉のお姉ちゃんがおすすめしてくれたマンガの影響で洋裁のマネやったり、ネットで見たアニメにハマったから筋トレしたり、一貫性がないんですよ。それで、興味だけ先行して、なにも完璧にできないくせに手を出して、結局最後に辛い思いして、自分には向いてなかったなって、そこでやめるんです。イラストもマンガも小説もそうです。……自分、どうしても二次創作が苦手で、腐女子ってほどBLが得意でもないし、かといって男性向けが好きでもないんで、オタ友なんてこれまで出来たこん無いし、中学までずっとぼっちで、どの界隈にもなじめなくって。だから、自分の読みたい話がないからって、自分のために好きな話やイラスト自作してたはずなのに、投稿した後に、いっこもハートつかないとか、閲覧数伸びないとか、そんなのばっか気になって。……流行ってるアニメの二次創作やBLや百合や、流行りの設定で小説書いたり、絵柄を次から次に器用に変えてブクマとかいいね一杯貰って、交流ガンガンして、原作者そっちのけでジャンルの神みたいにちやほやされてる人見てると、何もないとこで細々自分の好きなこんしてるだけでよかったはずなのに、どこの誰にも見向きしてもらえないのが、だんだん惨めになってきて、心が折れちゃうんです。……小学生の頃から、その繰り返しで……もしかしたら、ギターもそうなっちゃうのかなって思うと、余計に真剣にやることが怖くて。今はみんなと楽しんで演れてるけど、藤枝先輩や翔琉くんみたいな上手い人なんて、上見たらきりがないし、挫折したら、一生弾かなくなるんだろうなって思うから……」
心に溜まっていたものを長々と吐き出し終えた凛子は、ギターの上に覆いかぶさるようにして、しぼんだ風船のようにぺしゃんと身体を折り曲げる。
その発言の内容とオーバーな身体の動きが政宗は可笑しくてたまらなくなり、くすくすと笑いながら彼女を見る。
「凛子ちゃん、少し冷静になりな。いろいろごっちゃになりすぎてるよ」
「え……?」
ギターの上から力なく、しかし頬を染めて顔を上げた凛子の流麗な面差しに、どきりと心臓が大きく音を立てたのを隠しながら、政宗は彼女のこんがらがった思考のひとつひとつを解いていった。
「音楽を始めるきっかけなんてなんでもいいと思うよ、俺は。俺だって、小学生の時に自由研究でボカロ使って『キリマンジャロ』コピーしたの褒められて、それで調子に乗っただけだからさ。それに、筋トレみたいに今だってちゃんと続けてることもあるじゃん? 別にボディビルダー目指してるんじゃないんだったら、完璧にしなくてもそれはそれでいいんじゃないの?」
「そう、ですかね……」
「そうだよ。ハムスターだって、最期までちゃんと面倒見たんだろ?」
「それはもちろん……でも、生き物が死ぬってことがあんなに辛いなんて思わなかったもんで、もう飼いたくないって思って……」
「それならそれでいいじゃん、無理に飼うこんはないよ。俺も金魚で同じ思いしたから、それ以降、生き物は飼ってない」
「……」
同じ経験をした人間の言葉にほっとしたのか、凛子の表情がやや凪いだ。
政宗もそれに絆され、心中をぽつぽつと吐露し始める。
「それにさ、俺も自分の曲のサムネとか、動画で絵を描くから、凛子ちゃんの創作に対する気持ちはわかる。動画講座とかでプロの人やアニメーターさんの描き方見て、自分の下手くそさに毎回打ちのめされるし、線の一本も描かずに全部AIでイラスト生成して、さも『自作です』みたいな顔して、いいねもらってる奴とか、他人が作った曲を無断でアレンジして我が物顔でストア配信して金とってるような奴なんて、ほんと腹立つ。二次創作も、所詮は他人のふんどしだから気にしない、って思っても、ネームバリューがあるものを下敷きにする方が楽だし、一次もテンプレ展開の方がわかりやすいし、それこそ設定だけぶち込んでAIに書かせりゃ楽できるから、お手軽に快楽得たい奴が食いつくんだよな。しょんないって言っちゃえばそれまでだけど、多少モチーフにしたものはあっても、やっぱり自分の中で、そこからインスピレーション引っ張ってきて、それなりに頭ひねって作ってる人間のはしくれとしては、面白くなく感じるこんはあるよ。……んなこん言っといて、俺は絵の補正にAIはちょっと使うし、二次も嫌いじゃないし、音MADも大好きだけどね。元の曲の作者には悪いけど」
「あはは、それは一緒です。自分も申し訳ないけど笑っちゃいます」
「そっか。……なんちゅうかさ、お互い厄介オタクだな、俺ら」
「ですね。実にめんどくさいと思いますよ、自分でも」
二人は顔を見合わせ、互いに肩をすくめて自嘲の笑い声を立て、ひどく安心した心持ちになる。
そうして、
「……ありがとうございます。愚痴に付き合わせて、ごめんなさい」
政宗と妙な共通項を見つけ出したことで心がだいぶほぐれたのか、凛子はいつものネットスラングで飾り立てた回りくどさのない言葉で、素直に礼を述べた。
「あ、え、……いや、いいよ。……話、聞くだけなら、なんぼでも聞くでさ……」
顔が赤くなったのを隠すように前髪を覆いかぶせながら、政宗は視線を逸らしてうつむいた。
「でも、洋裁っていうのは初耳だな。やっぱりコスプレとかやってんの?」
「……いえ、その……」
気を取り直し、その先に続いた政宗の質問に、凛子は少しためらったが、恥ずかしそうに顔を逸らしてつぶやく。
「……実は、自分の普段着を自分で作ってるんです。今でもたまに……」
「えっ」
想定していなかった答えに政宗はおののいて、思わず手の中のスマートフォンを取り落としそうになる。
「もしかして、今日の昼間、着てたあれもそう?」
「はい。昔から、ああいうお姫様みたいな服が大好きで、ずっと憧れてたんですけど、お店で買うと何万円もするんですよ。だから、おばあちゃんが昔使ってた着物とか、使うつもりで買ったけどそのままになってる布をもらって、自分でデザインして、型紙作って……小学四年の時に初めてスカート作って、そこから少しずつ……」
「すごいな。よくできてたじゃないか、俺、普通に売り物かと思ったっけ」
彼の素直な誉め言葉にかすかに微笑むと、急に彼女は眉をひそめ、いつものオーバーアクションであたりを伺う。
「……先輩、ちょっと耳貸してもらっていいすか」
「お、おう……」
急に近くなった距離に、再び政宗は赤面しながら、彼女の口元に耳を寄せる。
「……実は中学の頃から、フリマサイトとかハンクラサイトで自分の作った服、販売してるんです。一応おばあちゃんのアカウント使ってるんで大丈夫とは思うんですけど、学校にばれたら停学になると思うんで、黙っといてください」
「えっ!? あ、いや、い、言わんけど……」
新曲が伸びているこのタイミングで、過去作も含めて自分の曲を学校に秘密でストア配信しようかと考えていた政宗は、まるで心を見透かされたような気がして焦る。
が、すぐに気を取り直して、頭に浮かんだ一つの可能性を彼女にぶつけた。
「……もしかして、ギターもそれで買ったとか?」
「はい。資金調達はそこからしました」
「いや、普通にすごいな。なんで手芸部入らなかったの」
「それはその、やっぱ入学直後に一番熱かったのがギターだったから、勢いが勝っちゃったんですよ。それに、掛け持ちでもしてみようかと思ってちょろっと見学に行ったら、みんなレジンとプラバンとハーバリウムしか作ってなくて……洋裁のこん訊いたら、先代の部長さんまではやってたらしいんすけど、ミシンの扱いが大変だし、費用がかさむから、もうやらないって言われちゃって……」
「そうか。……でも、凛子ちゃんはもともと器用だから、一年弱であんなに弾けるんだな」
政宗がもう一度褒めると、彼女は首を横に振って、再びギターの上にくずおれた。
「ぜんぜん。翔琉くん見てるといつも思いますよ、ガチの才能がある人には、凡人は一生何しても敵わないなって……翔琉くん、初めてギター持った日から、もうほとんど休みなく、ひっきりなしに弾いてるみたいなんです。わたしも、去年の秋はアニメのおかげでモチベがアホほどありましたから、本当に何時間でも練習できたんですけどね、今はギターの練習だけじゃなくて、服も作りたいし、アニメも実況動画も見たいし、マンガだって読みたいし新しいゲームだってやりたいし、やっぱり絵も描きたいし……興味がとっ散らかってて、ギターだけに集中できないんです。よくないですよね、こういうの……」
うつ伏したしなやかな彼女の身体の奥から、深いため息が漏れた。
「……それは違うよ、凛子ちゃん」
政宗の穏やかな声に、ぴくりと彼女が反応する。
「一つのことだけ集中して極められるのは確かにすごいこんだけど、凛子ちゃんみたいな人の方が多いと思うよ。俺はむしろ、今の話を聞いてほっとした。俺も同じだ。俺だって四六時中DTMのことばかり考えてなんていられない。受験対策はしなきゃならんし、息抜きに本も読みたいし、動画サイトでくだらない配信観てバカみたいに笑って、結局それで気が付いたら寝る時間になることだってある。でも、後からそういうのが曲作るのに役に立ったりして、絶対無駄にはならないと思うんだよ」
「……」
「紘輝先輩や翔琉くんと自分を比較しちゃだめだ。……俺もずっと、自分の曲を有名Pと比較して落ち込んでばかりだった。理論的には組み立て方は合ってるはずなのに、なんであの人たちみたいに伸びないんだろうって、ずっと悔しかった。だけど、一番新しい曲はそういうの全部取っ払って、自分の中身をさらけ出す気持ちで作ったんだ。『これが俺の音楽だ』って思いながら。……凛子ちゃんには、凛子ちゃんにしか出せない音がある。同じメロディだって、歌う人が違えば全然別ものになるだろ? 逆を言えば、翔琉くんは凛子ちゃんと同じことは出来ないんだよ」
その言葉に顔を上げた彼女に、政宗はなおも語りかける。
「『これが私の生きる道』の時、太陽くんがリード譲ったのは、翔琉くんがリズムを演ると音が目立ちすぎて、全体のバランスが崩れるからなんだ。そして、先生もそれを理解してたからOKを出した。もしもずっと翔琉くんがリズムやってたら、あの曲はあんなにまとまらなかったよ。『リルラ リルハ』も、ギターが凛子ちゃんと太陽くんだったから、他のメンバーの演奏や、牧之原ちゃんの声と調和したんだ。俺は袖で聴いててそう思った。……一人で作詞作曲やって、音楽組み立ててる俺の言うこと、少しでいいから、信じてもらえると嬉しいな」
「……先輩……」
優しい言葉にべそをかきはじめた彼女の肩を、彼は心のままにとんとんと軽く叩いてなだめる。
「あとな、たぶんこれが一番の原因だと思うけどさ、……凛子ちゃん、今、めちゃくちゃ疲れてるだろ。いつも真面目過ぎるくらい先生の言うこと真剣に聞いて、集中して練習してるのもそうだけど、今日なんて朝からずっとテンション高くて、途中でへばらないか心配だったから」
「……それは、確かにそうかもです。お風呂の中で、意識飛びそうになったから……」
ぐすぐすと涙声で答える凛子の頭を、政宗は撫でようとして躊躇い、今しがた肩に触れたばかりだというのに気が付いた手を慌てて膝の上に置き、ごまかし笑いをしてから彼女を気遣った。
「あー、あはは、……それはもうだめだ。……いいよ、練習なんて気にしないで、今日はもう寝な。こんな状態じゃ、頭の中でずっと同じようなことばかり考えて鬱になるだけだし、練習したって身につかないよ。ぐっすり寝て、また明日の朝から気合い入れてやればいいさ。先生に何か聞かれたら俺から言っとくから、安心しといて」
「はい……」
「ギター、片づけといで。……いや、それとも俺が、スタジオまで持ってこうか?」
とりあえずスタジオまでは付き添うつもりで政宗は立ち上がり、思い切って凛子に手を伸べる。
「立てる?」
しくしくとすっかり弱った泣き声を立てながら手のひらに乗せられた凛子の指が、自分よりずっと細いことに胸がぎゅっと痛くなるのを感じながら、
(……俺、この子には、嫌われてないみたいでよかった)
そう思いつつ、政宗は学校行事以外で、初めて異性の手を握った。




