第105話
「……いやぁ、くるみちゃん、さすがに空気読もうよ」
「興津先生もですよ、何ですかその格好。見てるこっちが暑いですよ」
翌週の日曜日、隣町の海水浴場で着替えを済ませて砂浜に現れた二人の姿に、軽音楽部員たちはさすがに苦笑いする。
「だって、日焼けしたくないですもん。眼だって痛くなるし」
「私もだ。特に肌が弱いもんでね、こういう場所だと火傷みたいに水ぶくれができるから、これは仕方がないんだ」
全身をそれぞれ、くるみは白、興津は黒のラッシュガードとレギンスで覆って、共にサングラスを掛けながらそう言い放つ。
「そこまでしなくても、ウォータープルーフの日焼け止め塗ってあげるわよ」
フリルのついた黄色い水玉模様のワンピースの水着姿の祐華が、パラソルの下に置いた透明なバッグから日焼け止めを取り出す。
「あー、だいじょうぶ。もう塗ってあるの。塗ったうえでこれ着てるの」
「お前、そこまで美白にこだわる理由なんなんだよ、むしろなんで海に来た」
祐華の隣で、ひざ丈のサーフパンツだけを穿いて、生白い身体をさらした慎が呆れる。
「いいじゃない、夏は海に行くものなんだから。それに色の白いは七難隠すっていうし」
「意味がわかんねーし、お前の難は七つじゃ足りねーよ」
「はあぁ!?」
「まあまあ、ふたりとも、遊びに来たんだからケンカしないでって!」
そのまま兄妹喧嘩になりそうだった慎とくるみを、レース編みのパレオがついたホルターネックの黒ビキニをまとった、太陽の双子の姉の瑠菜――遠征前ということで不参加なのを非常に悔しがっていた弟を横目にやってきた、実にギャル然とした彼女が仲裁する。
「いいじゃありませんか、遊ぶのに支障はありませんし」
白いセパレートのロングパレオの水着の上に、自身もパーカー付きの水色のラッシュガードを羽織ったミチルがくすくすと笑う。
「この日差しの感じじゃ、何しても無駄な気はするけどな」
長い前髪をスナップピンで留め、ゲームキャラの浮き輪を小脇に抱え、明らかにこの場には不似合いな競泳用の水着を履いた上に、首元にシュノーケルを引っ掛け、さらに物々しい迷彩模様のライフジャケットという厳重すぎる格好で異様な雰囲気を醸し出すカナヅチの政宗が、空を見上げてぼやく。
「まあ、ナンパ除けにはいい、ってことにしとくかねぇ」
いつもの眼鏡ではなく度付きのゴーグルをかけ、白いTシャツをサーフパンツの上にかぶった隆玄が、薄い身体を揺らして笑った。
「みんなー! なーにしてるんですかー、早く海入りましょうよー!」
凹凸の激しい身体と小麦色の肌に映える、蛍光オレンジのブラジリアン・ビキニを堂々と着こなしたソフィアが、波打ち際でビーチボールを小脇に抱えて部員たちを呼ぶ。
「さすが、サンバの衣装で慣れてるというか……いや、普通に目のやり場に困るな、あれ」
「松崎さん、勘弁してよ……高校生のする格好じゃないって……」
平平凡凡に、派手過ぎない柄のサーフパンツの上からラッシュガードを羽織った翔琉と敦哉は、ひとつ間違えば監視員に怒られそうなソフィアの格好から思わず視線を外す。
「いやー、あそこまでがっつり露出されると、かえって清々しいものがありますなあ」
「……後ろ、お尻が丸見え……見てるこっちが恥ずかしい……せめて、パレオ穿いてよ……」
全く真逆の感想を、白地にネイビーが映えるセーラーカラーのワンピース水着の凛子と、タンキニにオーバーサイズのラッシュガードを合わせ、度付きサングラスの上にビーチハットを目深にかぶった紗雪がこぼす。
「ま、まあ、呼ばれちゃってるで、行こうか」
「そうね」
ぶんぶんと勢い良く腕を振る満面の笑みのソフィアの方に、少年少女は駆けていく。
それをさりげなく手を振って、くるみは見送る。
「……君は行かないのか?」
隣で不思議そうに彼女を見遣る興津に、
「紫外線は一番強いのが午前中ですから。わたしはパラソルの下から出ません」
そうきっぱりと言い放ち、ラッシュガードのフードを目深に被ると、くるみはすとん、と、熱い砂浜に敷かれたレジャーシートの上に腰を下ろした。
「はは、君はどこまでも空気読まないね。せっかく来たんだから、遊んで来ればいいのに」
そう言いながら、興津も彼女の隣にあぐらをかき、膝まで海水につかりながらボール遊びに興じる部員たちを眺めた。
「……赤ちゃんのお世話はどう? その後、順調かな?」
少しだけ声を潜めてそう訊いてきた興津に、くるみはこくりと首を縦に振る。
「昨日、初めて『背中スイッチ』を起動させずに寝かしつけ出来ました」
「背中スイッチ?」
「寝たかなって思って、お布団の上に下ろすとすぐに起きちゃうのをそう言うんですって」
「へえ、初めて聞いたよ。子育て用語もいろいろあるんだね」
「そうなんですよ、最近はずっとスマホで子育てサイト検索しっぱなしです」
嬉々として話すくるみを、興津は真夏に似合わない穏やかな気分で見つめる。そして、
「……わたしもいつか、お母さんになるのかなあ。ね、先生」
とんでもない言葉が彼女の口から聞こえてきて、思わず赤面したのを咳払いでごまかす。
「……ま、まあ、そのうちなるんだろうね」
「ふふっ、先生、すごくいいお父さんになるんだろうなあ」
「いい加減にしなさい。大人をからかうんじゃないよ、……まったく」
興津はくるみの額を優しく小突く。
その慣れた仕草と距離に二人は顔を見合わせて小さく笑うと、まばゆい日差しに白く輝く波と、なめらかで熱い砂浜に広がる人の群れを見る。
「……ねえ、先生。いつか一緒に、九十九里浜に行きましょう」
「うん?」
「お母さんの故郷なんです。……高校入ってから一度も行ってないから、次行くなら一緒がいいな、って」
「そうか、あの辺りなんだね。いいよ、いつか必ず、一緒に行こう」
彼の優しい返事に、彼女は嬉しそうにうなずく。
「はい。……車使わないで、電車でのんびり、寄り道しながらね」
「……」
その言葉に黙ってしまった興津の方を、くるみはそっと様子を伺いながら振り向く。
すると、ひどく真剣な眼差しで自分を見ている彼と目が合い、その縋るような瞳に彼女は息をひそめた。
「……くるみ、……僕の頼みを、ひとつ聞いてもらえるかな」
「……」
もう過去の辛い話に触れるようなことはしないでくれ、と言うのかと思い、彼女は身構える。
しかし、
「映画を観てみようと思うんだ」
彼の口から紡がれた言葉に、くるみは目を見開く。
「……だ、大丈夫なんですか……?」
さすがに即座に「はい」とは言えず、思わずサングラスを外しながらくるみが興津の顔を覗き込むと、彼はほんのりと悲しげな面差しで、遠浅の海を見つめる。
「……二十年も前のことを、ずっと引きずるのに疲れたんだ。いつまでも事故のことを思い出してばかりじゃいけない、君たちみたいに、僕も前を向いて進まなきゃいけないって。……やっと、自分の中の一番怖い部分と、向き合おうって気持ちになった」
「先生……」
「なにか、お勧めの映画があったら教えて欲しい。……そうだね、できれば明るくて、ずっと笑っていられて、ハッピーエンドになる話がいいな。映画が楽しいものだって、思い出せるような」
彼はやわらかな、しかし覚悟を決めた様子で微笑むと、自身もサングラスを外して、じっとくるみを見つめた。
(明るくて、楽しくて、ハッピーエンド……)
さんざん遊んで帰宅してから、日焼け止めを塗った甲斐なくすっかり火照った顔に、とっておきのフェイスマスクを乗せたくるみは、パソコンで動画配信サービスを検索する。
(たぶん、出来ればミュージカルがいいよね。歌があれば少しは気がまぎれるかもしれない)
定期演奏会の時に思いついたことも盛り込みつつ、『ミュージカル映画』と検索窓に打ち込んでエンターキーを押すと、ずらりと賑やかな映画のサムネイルが並んだ。
「レビューの評価が高いのだけ……」
そう独り言ちてから『高評価』のリンクをクリックすると、いくつかの映画は弾かれ、またサムネイルが並び直された。
(……これ、全部見てたらとてもじゃないけど、勉強も練習もできないなあ……)
かといって片端からweb辞典でネタバレを踏むのも、後で自分がもしかしたら見るかもしれない可能性を考えると、それはそれでもったいない気がしてくるみは躊躇した。
(……どうしたらいいんだろうなあ、いつでも構わないとは言ってたけど、気が変わらないうちに教えてあげたほうがいいよね……)
幾度も彼の中で逡巡したであろう思いを、くるみは目を閉じて慮る。
(二十年以上避けてきたことなんだもの、きっと、すごく勇気を出したんだよね、先生……)
いつも『映画』という単語を口にすることをためらい、耳にすれば凍ったように動けなくなってしまうほどの深い傷を自分如きが癒せるのか、くるみは荷の重さにため息を吐く。
(……去年の夏は、何も知らなかったからこそ、あんな子供みたいな「おまじない」ができた。でも、今度は違う。先生はごまかすためじゃなくて、正面から自分の過去と向き合おうとしてる。だから、わたしも中途半端なことは出来ない……)
そこまで考えたとき、スマートフォンのアラームが鳴って、パックの完了を告げる。
「……だめだ、いったん保留」
くるみはパソコンをスリープさせると、顔からすっかりぬるくなったフェイスマスクを剥がして、綺麗に畳んでから残った液を塗りつけるように首筋と耳を撫でつつ、部屋を後にした。
「ヤバい……めちゃめちゃヒリヒリする……バカ痛てえ……」
「あんた、肌弱いのに何も着ないで海に行ったらこうなるに決まってるでしょ、馬鹿ねえ」
リビングでは、上半身裸の慎が淑子に手伝ってもらいながら、強烈な太陽光で火を噴いたような赤になった肌に、薄緑色のアロエのジェルをたっぷりと乗せている。
「子供の頃はいけたから、大丈夫だと思ったんだけどなあ……」
「花音がちゃんと日焼け止め塗ってただけでしょ、あんたが覚えてないだけよ」
「そうだったっけ?……失敗したなあ、俺もラッシュガード着ればよかった」
「今さら言っても後の祭り。今日明日くらいは痛いの覚悟して寝なさいね」
うええ、とうめき声を上げた慎がシャツを羽織るのを見て、淑子はジェルのジャーに蓋をして立ち上がる。
「くるみ、あんたも使う?」
「わたしは大丈夫、完全防御で行ったから。……だから紫外線は怖いんだよ、お兄ちゃん」
「くそっ、返す言葉がねえ……」
ろくに身動きもできず、真っ赤な顔を覆ってうなだれた兄を見て肩をすくめながら、くるみは淑子に渡されたジャーを片付けに洗面所に向かった。
(……先生もラッシュガード着てくるとは思わなかったなあ。しかもわたしと、ほとんど同じ格好……アンクレットもしてくれてたし、全部お揃いみたいで嬉しかったな)
更衣室から出て来て彼と鉢合わせした時、互いに盛大に吹き出してしまったことを思い出して、くるみのかすかにひりつく頬が緩む。
(そもそも、海は眺めるものであって、入るものじゃないのよ、うん。目の中に海水入るとめちゃめちゃしみるし、髪ばっさばさになるし。実際なったし)
いつもより入念にトリートメントした髪の手触りを確かめて、くるみは引き出しにジェルをしまうと、そこにいる鏡の中の自分を見た。
(……なんか、先生以外の人に、肌見せたくなかったんだよね……)
ラッシュガードの下に着ていたピンクと白のストライプのビキニを、帰りしなに「もう日が落ちるから」と言ってようやく見せたとき、初心な少年のように顔を赤らめた彼を思い出して、くるみは小さな笑い声を立てる。
(先生も午後はラッシュガード、前開けてたな……)
ファスナーの合間からちらりと見えた張りのある胸元と、いつもはワイシャツとネクタイの下に隠されて見えない、鎖骨の真ん中のくぼみがなんとも言えず色気があって、人目がなければ指で辿って噛みついてしまいたいほど、くるみはそそられた。
(全部脱がないで、ちょっとだけ見せるの、ほんとずるい……)
顔が熱いのは日焼けのせいだけではない。
(困ったなあ。先生、無自覚なんだもの。……ときどき、色っぽいの……)
夏の空気や恋をしているという心情のフィルターがかかっているせいもあるのだろうが、彼がふと気を抜いたときに見せる仕草や表情が、この頃やたらと煽情的に見える気がしてしまう。
(……本当にダメだからね。気を抜いたら雰囲気に流されちゃいそうだけど、絶対ダメ)
まるで今日作った砂の城のように、脆く危うい波打ち際の心を戒めてから、彼女はリビングに戻っていった。
「ミュージカル映画?」
「そう、何か知らない? お父さん」
良一の釣って来たカサゴのから揚げとあら汁を肴に、今日もノンアルコールのチューハイをあけている朔太郎にくるみは訊く。
「そうだなあ、父さんはあんまり詳しくはないけれど、お母さんのiPodの中に、何曲かミュージカル・ナンバーが入っていたかな。あとで貸してあげるから、それを参考にすればいいと思うよ。プレイリストもあったからね、お母さんも勉強のためにたくさん観ただろうから、きっといいものが見つかるはずだ」
「いいの? 今夜も仕事で使うんでしょ?」
「いいよ、大丈夫。ありすちゃんの泣き声にも気が付きやすくなるってものさ」
そう言って微笑んだ朔太郎に、
「ミュージカルねえ……花音がいちばん最初にもらった主役が、『不思議の国のアリス』だったかしら。劇団の研究発表会でやったのが、東京の事務所の人の目に留まって……」
淑子が懐かしそうに声をかける。
「ええ、花音さん、そんなことを言ってましたね。そのあといくつか子供向けミュージカルの端役を演って、『シンデレラ』の主演で、東京でのキャリアが始まったって」
「そうだな、あの子は最初ミュージカル女優だったな。慎とくるみが歌を歌ってるのも、ある意味、花音の血なのかもなあ」
だいぶぬるくなった冷酒のグラスを傾けつつ良一がぽつりと呟いて、カサゴのから揚げと悪戦苦闘する二人を見遣る。
「あはは、俺は歌はそうでもないよ、おじいちゃん」
「ほんとそう。お兄ちゃんの代の軽音楽部の演奏、動きだけ派手で、ボーカルスッカスカなんだもの」
「うるせー」
「だって事実じゃん」
仲の良い兄妹喧嘩に、祖父母と父はひとしきり笑う。そして、
「ねえくるみ、あんた本当にいいの? せっかくバンドなんてやってるなら、伝手はいくらでもあるんだから、芸能界に入ったら? きっといい結果出せると思うわよ。片田舎の幼稚園で働くより、人の役に立てるんじゃない?」
淑子がもったいないと言う素振りで投げかけた言葉を、くるみは首を横に振って拒んだ。
「もう、おばあちゃん、この話何度目よ。絶対嫌だって言ってるでしょ。お母さんが映画の撮影でひどい目に遭いそうになったのに、まだそんなこと言うの。自分の娘が大変な目に遭いそうになったのに、孫娘にも同じことさせるわけ? わたし、何兆円もらったって、好きでもない人に変な目で見られたり、裸を見せるのは絶対に嫌。歌だってそうだよ、貶したいだけの人に絡まれて、好きに歌えなくなるのは全然ハッピーじゃないもん」
「でも、勿体ないと思うのよ。あんた、本当に花音そっくりなんだもの」
「だから嫌だって言ってるでしょ、わたし、そのお母さんに似てるせいで、散々迷惑被ってもいるんだから。わたしは不特定多数のよくわからない人たちに対してじゃなくて、自分の手の届く範囲の人の役に立ちたいの」
「なるほど、いいこと言うな、くるみは」
不機嫌になり始めたくるみを庇うように、なおも食い下がろうとした淑子を遮って、良一が口を開く。
「歌で世界を救うだとか、芝居で誰かを泣かせるなんてのは、やりたい奴にやらせとけばいいんだよ。大事なのは自分が幸せかどうかだ。花音も自分の幸せのために女優を辞めてここに嫁に来たわけだし、翼は翼で仕事が楽しくてたまらないから続けてるってだけだ。目立つ仕事につけたからって、みんながみんな幸せになれるとは限らねえからなあ」
「そう、それだよ! さっすがおじいちゃん、わかってるう!」
ぱっと笑顔に戻った孫娘を見て、良一は嬉しそうに瓶底眼鏡の奥の目を細める。
「俺も中三の担任に言われたなあ、『作文の成績がいいから父さんと同じ作家になれ』って。母さんや伯父さんのことでも周りから勝手な思い込みされて、結構嫌な思いしたっけ」
「兄貴もねーちゃんも大変だな、俺、そーゆーの、あんま経験ないや」
慎のぼやきに、さっさと食事を食べ終え、レースゲームで遊んでいる智が食いつく。
「なくていいんだよ、お前は幸せ者だ」
「ほんとそれだよ」
兄と妹は弟にそう言うと、互いに顔を見合わせて肩をすくめた。
「……あ、そうだ智、莉里ちゃん、大丈夫なの? 今度のこと、落ち込んでない?」
そしてふと、翼の大ファンである弟の幼馴染のことを思い出し、くるみは訊く。
「えー? なんか『むしろ結婚してて安心した』とか『このまま生涯独身だったら孤独死するんじゃないかって本当に心配だったから、ファンとしてすごく嬉しい』とか、そんなこと言ってたっけ。まあ、伯父さん自分のチャンネルでゲーム実況とか料理動画とか、フィギュアの開封とかソシャゲのガチャ爆死動画とか、あのくらいの年の人が好きそうなものにバカ金かけた動画しか上げてなかったから、老後のこと心配されてしかるべきだったと思うよ」
「うわあ、辛辣」
「結構言うねえ、莉里ちゃんもお前も」
「いや、俺も本気で心配してたからさ。ていうか、伯父さんあれでよく結婚できたよなあ」
末っ子の容赦ない伯父への評価に、きょうだい三人はけらけらと笑い合う。
「……ねえ。私が翼と花音を芸能界にやったこと、間違ってはいないわよね、お父さん」
「間違ってたら、こんなかわいい孫は今頃いなかったと思うぞ、今更振り返るな」
和やかな食卓の隅で珍しく弱気になった淑子の背中を、良一は強めに叩いて冷酒をあおった。
「うああ……選ぶの、むずい……」
夕食後、父から借りたiPodをパソコンに繋いで、くるみは教えてもらったとおりに、『ミュージカルナンバー』と銘打たれたリストの項目を中心に曲をさらっていた。
ここまで来たらどの映画のあらすじを見ても、別の映画とごちゃ混ぜになって忘れるだろうと覚悟を決め、Web辞典と首っ引きで曲と内容を照らし合わせていくが、ストーリー的にどうしても彼に安心して観せられる内容のものが出てこず、くるみはモニターの前でうだうだと頭を抱えていた。
(孤児が主人公の話は先生の心にクリーンヒットしちゃうだろうし、カーチェイスがあるものは論外だし、戦争ものや革命ものは人がばんばん死ぬし、悲恋なんて絶対見せられないし、曲がすごくカッコいいなと思ったら一切救いがない話だったりするし……! ていうか、お母さん悲劇好きすぎだよ! 何があったの!!? 趣味なの!!?)
母の心の闇が垣間見えた気がして、くるみはぐったりと椅子の背もたれに寄り掛かって大きく息を吐く。
(ほんと難しいなあ、……あと何があるかな、配信で見れなかったり、ソフトになってないのは除外しないとだから、余計に大変……)
いっそのこと、定期演奏会で吹奏楽部と合唱部が演じた『サウンド・オブ・ミュージック』でもいい気がしてきたが、あまりにひねりがなさ過ぎる気がしてすぐに却下する。
(ええと、……『アイ・ガット・リズム』『Stayin' Alive』『君住む街角』『ダイアモンドは女の親友』『ワン』……これ全部調べるのしんどいなあ……もっとこう、わたしでも知ってるタイトルとかないかな……いやいや、もうちょっと頑張ろうよ、先生のためだし。根性出せ、根性)
興津のたっての頼みだと思い直して疲労感を振り払いながら、いくつかのタイトルを流し読みしているうちに、一つの曲名にくるみの目は留まる。
「……『雨に唄えば』かあ、名前は聞いたことあるな……」
時計を見ると、時刻は夜の十一時半を差している。
さすがに昼間の遊びの疲れがどっと押し寄せて来た感覚がして、大きなあくびをする。
「これ調べたら、今日は寝よう。明日部活もあるし……」
手っ取り早く情報が手に入りそうな気がして、くるみはその歌を再生しながらWeb辞典を開いた。




