第67話 手癖
第67話 手癖
「何がおかしいんですか? 私はただの町娘ですよ?」
「ただの町娘で日常生活レベルの魔法を使っただけで、魔力回路はこんなに発達しない。これはもう下手な貴族レベルだよ?」
エナの掌を良く見ると肉眼で分かるくらいの湯気のような細い筋が登っていた。
「その湯気は?」
椅子に戻ったユエルが興味を持ち、エナの手を凝視する。
「魔術回路が活性化して弁が開きっぱなしになって身体の中から滲み出てきた魔力よ。ここまで変換する前の魔力が可視化されるなんてそうそうないけど、貴方は一体何者なんだろうね?」
プルエアの手を強引に振り解き、手を再びアイスコーヒーが入っているグラスを掴む。
「私は....」
「あ、良いよ言わなくて」
「え?」
「だって、キノが言わなかったんだから言わなくて良い事なんでしょ? だったら言わなくて良い。それより、手が熱くて辛いでしょ?」
「はい....冷やしてるんですけど、中々痛みが引かなくて。火傷みたいにジンジンしてます」
「痛い部分だけ冷やすと、その部分だけの回路が狭くなるから圧が掛かって沢山の魔力が体の外に出ていっちゃう。すみません!!みなさん、この中にもう使えない程小さくなった口紅を持っている方は居ますか?」
急に大きな声で、呼びかける。プルエアの事を冷たい眼で見る者、持っていた化粧ポーチを探した上で首を横に振る親切な者、聞こえているのにも関わらず聞こえないフリをする者など、反応は様々だ。
「こんな少量でいいなら、使ってください」
ミニスカの幼さを残すウエイトレスが小さな口紅をプルエアに渡す。
「ありがとう。大切に使わせて貰うわね」
にっこりと微笑むと、キュッキュッと音を立てて芯を伸ばす。確かに、数回で使い切ってしまいそうなほど短くなっていた。
「手出して。マニキュアを塗る時みたいに」
「こうですか?」
「そうそう。上手」
口紅で、エナの手の甲に薬草をモチーフにしたお洒落な紋様を入れていき、手を翳す。魔力で色素が落ちないように保護し、出来るだけ目立たないように色を肌色に近づける。
「これでよし、痛み止めと出た魔力が身体の周りに留まる効果の固定術式。これなら、出た魔力が絆創膏代わりなってこれ以上の流失を抑えてくれるはず。まじない寄りだから魔力も消費しないよ」
手を握ったり広げたりを繰り返し、動作の確認をする。先程まで動かすと響いていた鈍痛が和らいでいた。
「だいぶ軽くなりました。ありがとうございます!」
「どういたしまして。そうやってニコニコしてた方が可愛いよ。ユエルも、そんな難しい顔してないで何か頼みましょ」
メニューを広げるとユエルとエナが覗き込む。
二人とも目を輝かせ、興味津々にメニューを覗き込む。教会では質素な暮らしが基本なので、こういった場所に来ないだろうし、エナも普段は下民区に住んでいて、二人の目にはさぞかし豪華絢爛な宝石に見えた事だろう。
この時、プルエアは内心メニューの全てを頼んでも自分が代金を潔く払うつもりであった。
飲み物を3人が頼み、エナはちょこちょこ新たなスイーツを追加して頼む。しかし、問題はその量と時間だ。量はじわじわと増えていっているのに、頼むスパンはどんどん短くなっていく。
キノが居なくなって30分ほどした所で、さっきまでの潔さは何処かに消えていた。
その上、自分は可愛らしい着せ替え人形のような無垢な女の子が好きなのに、大人びていたエナの姿を見て、それに騙されていた自分に対しての苛立ちを少なからず感じていた。
「ユエルどう? 何か動きはあった?」
「不思議なぐらい何もないですね。楽しく談笑しています。双眼鏡を除く目が痛くなってきました」
「なら、人差し指と親指で円を作って魔力を張って覗き込みなさい」
もう、プルエアの言葉に余裕はなくエナから差し出された不細工でスリムなケーキを口に運ぶ。
「えー、そんな遊び子供の時に卒業してますよ....うわ! 凄い! 双眼鏡よりもはっきり見える!!」
「慣れてないと、『強視』でのピント調整は難しいから、駆け出し冒険者は最初それで魔力の使い方を覚えるの....」
そんな初歩的なことも知らないユエルにため息を吐きながら、コップに入れた水を人差し指で撫でていた。
「プルエアさんはさっきから何を? まはか、私が食べ過ぎて払えない額になってしまったから現実逃避を!?」
口をもごもごといつのまにか注文したケーキを頬張るユエルがそそくさと口に入っていた苺杜生クリームのケーキを胃に流し込む。
「魔石を入れた水に術式を刻んでるだけ。体内を流れる魔力なら脳から直接術式を刻めるけど、体外魔力はそういう訳には行かないからあらかじめどうやって動かすのかを書き込むの」
「よくそんな緻密なことできますね....」
「慣れよ慣れ。基本魔術だって、魔力の体内移動だけじゃそれなりにしかつかえない。エナも使えた方が生活が楽になるかもね」
「善処します!」
「返事はいいのに、お菓子を頬張りながら言っても説得力ないよ....。はぁ、私もこれを使わなくても良いように祈らなきゃ....」
その言葉が呪いのように機能する。放った瞬間に光が迸り爆音と共に、ラウンジの二階に衝撃が走る。




