第61話 生産者
第61話 生産者
深々とした絨毯を踏みしめながら長い廊下を抜け、庭へと続く豪勢な扉を開く。いつもであれば階段を降りた先には門までの道が中央をわかち、その中央には噴水が有り道が左右に割れる。庭の中で散りばめられたように魔法使いらいし悪趣味なオブジェクトが散乱しているのだが、基本的には花の細部にまで凝った物静かな庭なのだ。
しかし、今日に限ってはそうではなかった。
門は開け広げられ、そこからどことなく育ちの良い裕福そうな身なりをした人が波となり押し寄せる。
階段を降りた先では大量の木箱が彼方此方に積まれ、急遽置かれた簡素な長机では取引が行われていた。
3名のメイドが木箱からワインのボトルを出し、それと銀貨数枚を交換している。
「何コレ?」
いつもではありえない状況にプルエアは目を丸くする。
「メイド長! やっと戻ってきた販売を手伝ってください!」
「分かりました。今戻ります」
あまりの忙しさに目が回っているのか、部屋から出てきた自分の主人にも気付かない。
「どうなってるの?」
「どうなってるも何もコレが本当のプルエアワインの価値だよ?」
「どう言う事?」
キノにそう言われてもピンとこないそれどころか目の前で起こっていることに頭が付いていけずにいた。
「ゲルドは戦争の時に偶々見かけたプルエアの家の魔法の才能に目を付けてた。だけど、冒険者としてじゃなくて商家して貴族の地位を守っていたから冒険者なんて野蛮なことはしたくないと断った。それであいつの家が何をしたか知ってる?」
「何したの?」
「プルエアワインに対する印象操作。酒場で人を買収してお店にワインを置かなくしたり、消費者に金でまずいって言わせてその評判を地に落とした』
「嘘でしょ? 私が冒険者になって貢献する代わりに家業に融資をしてくれるって話になっていたのに....」
「本当。自分の思い通りにならなかったから、プルエアのご両親を殺害して、その娘に甘い話を持ちかけたの。で、家が破産した今プルエアワインを置かないメリットが無くなったから人気が出たって訳」
「じゃあ、もう冒険者としてパーティの機嫌を伺う事もしなくていいの?」
「うん。好きに生きられる。両親の事業を継ぐのも良いし、新しく何かやる事もできる。冒険者を続ける事もできるけどね。これが貴方した酷いことに対する私の清算。いじめられた方はいつまでも覚えてるから私のことも忘れないで」
「そっか、ありがとうキノ」
朗らかに笑うその顔には、いつものように眉間に寄せた皺はなく、心の底から笑っていた。
「お嬢様も元気になったなら手伝ってくださいよ!! お店に卸していたやつがなくなって、皆んな生産所のここに押し寄せてくるんです!」
「私に手伝えなんて良い度胸ね?」
場のノリで口走ってしまったまだ若いメイドが口元を手で隠す。
困ったように溜息を吐くとその子の元へと歩み寄る。
「在庫は今出てるだけで終わりなの?」
「え...? あ! はい! そうなんです。 なのに、客足がまったく落ちなくて....」
「屋敷の地下のセラーに先代が残したワインがあったはず。年代物だけど、瓶の装飾はシンプルだからコレからのワインの試作品として半値で売るよ。ユエル、地下から持ってきて?」
「え! 私がですが?」
「そうよ。二人は使用人としているからその服を着てるんでしょ?なら、働いて!!」
「は、はい!!」
地下室に仕舞われていた木箱を持ってきて蓋を開ける。
通常の瓶とは比べ物にならないほどエチケットも貼られていない簡素な入れ物が姿を表すのだが、僅かに琥珀の色を帯びた液体が妖しい美しさを放つ。
そして、それを次々とプルエア自らそれを売り飛ばす。
「じゃあ、私は暇を貰いますよ? お嬢様?」
フッと吐く息のようにキノの姿が消え、誰も気が付かない。
プルエアの屋敷の端っこには小さな二つの墓が静かに佇んでいる。
そこに、日に焼けた小さなワインのボトルを持ってきたキノが墓の前でしゃがみ込む。
「約束は果たした。コレでやっと首飾りも返せる」
墓の前に置いた瓶の中に、鳥の羽を模した銀色のネックレスを入れてそこを後にする。プルエアの両親のものだと思われる墓にはそれぞれの自画像が書き込まれていた。身分の高い貴族の墓とは思えないほどの笑顔を浮かべていたがその両親の表情は顰めっ面のプルエアよりも思いきり笑った時のプルエアの顔にそっくりだった。
プルエアの母だと思われる女性の首元には、瓶の中で佇むネックレスと同じ物が付けられていた。
「ね? 私の言う通りになったでしょ?」
そんな含み笑いをキノが浮かべ再び身体が風景へと溶け込んでいく。
それとは対照的にプルエアの屋敷に押し寄せる人の波は時間を増すごとに増えていく。裕福な身分の商人が殆どだが、その者達がワインを売ればいつかは下の身分の者達にもその味は届く。
プルエアの先代がそうした様に長い世代の中で愛されるワインへとなっていくのだと確信を持てる。




