第626話 屋台巡り
第626話 屋台巡り
そして、表通りで馬車を捕まえて下に行けば行くほど治安が悪くなる70番台の地区へと行く。
エルタネ公国の平民区は数が増えれば増えるほど国の外に近くなり、国の影響が及びにくい。
幽霊屋敷に入るために通る80番の関所近くの路地裏は、まともな太陽の光すら届かない薄暗がりに包まれていた。
鼻を突くのは、発酵した酒と、出所のわからない獣肉を焼く煙の匂いだ。
「着いたのか?」
「独特な匂い。着いた」
小さな注射器で魔法抵抗薬を自分に打ち込み、フードを更に深々と被ると夜にも関わらず自分の姿を男にする。
金貨を払い、馬車を降りキノは足を進めた。
降りた場所は昼間人通りが多い表の道。そこからさらに数本奥に入ると、どんどん暗くなっていくのとは対照的に人の笑い声が大きくなる。
見つけたのは両方の道の端っこを屋台がひしめき合いながら飲食物を提供する人々が出した光が充分詰まった通りだ。
中央では、机や椅子を皆が使い酒や屋台飯を次々に口に運んでバカ笑いしている者も少なくない。
老人が営む、お世辞にも清潔とは言えない串焼き屋に、若い訳ありの女性が一人で鉄板の上で煙を上げながら肉や野菜を炒めているのだが、どす黒く変色した細長い肉であった。
串焼きは日頃から食べているので鉄板焼きの店に吸い込まれた。
「これ、何の肉?」
「貴方冒険者崩れ?こいつは『沼地トカゲ』の尾肉みたい。魔力を少し含んでるから、お前さんみたいな干からびかけた奴にはお似合いだ」
ラフなワンピース風の服に頭にはタオルを巻きながら油で艶やかになった髪の毛を束ねた訳ありの女性は営業スマイルのつもりか不敵に笑う。キノは何も言わず、懐から銅貨を数枚差し出した。
手渡された黒焦げの尻尾を口に運ぶ。バリリ、と硬い鱗のような皮が弾け、中から尋常ではない旨味と妙に野生的な香草の香りが口いっぱいに広がる。
お上品な貴族が見れば失神するような代物だ。
しかし、それがやけにうまい。
「蜥蜴系の魔物前にも食べたことあるけど、それより大分うまいな」
「その時に食べたやつはちゃんとした処理はしたの?」
「どんな下処理が必要なの?一応鱗は外したけど、これは鱗までパリパリしててうまい」
「それはよかった。蜥蜴系の魔物は鱗が付いたまま高温の油で揚げてその後火を遠くから当てる。そうすると中までしっかり肉の水分で蒸されてうまくなるよ!」
「今度やってみる。パリパリに鱗が逆立ってる所に塩が入ってうまい」
「うちのは塩以外にもこの甘タレを浸けても美味しいよ?お兄さんも試してみる?」
「やる」
足元から壺が出され蓋が開く。そこに今食べていたものを入れようとしたが蓋が閉められてしまった。
「このタレはみんなで使うものだから、齧ったやつは入れちゃダメ。新しくもう一本いかが?」
「お姉さん商売上手。もう一本」
「ありがとう!!」
そう言ってもう一本購入すると持ち手が紙でできた手からはみでる大きさの蜥蜴の尻尾を受け取り壺の中の甘タレに浸けた。
先程のパリパリ感はまだ感じるのだが、圧倒的に味が変わる。
甘い砂糖の風味の後からキリッとした旨味と塩気が追いかけ来て口の中で混じり合う。
それに尻尾に付いた香辛料が合わさると美味しいと言う言葉が口いっぱいに広がって溺れそうになるのだ。
噛み締めるたびにエナの指輪とは違う。野生味溢れる力強い魔力がキノの腹の底に溜まっていくのが分かった。キノはしっかりと咀嚼し最後の一口を飲み込んだ。




