第527話 次の店
第527話 次の店
「美味しかったからまた来る。いつもここにいる?」
「うーん、どうだろ?毎日割と適当なんだよね。私、この国の戸籍持ってないし」
「何で?」
「どこかの貴族が妾と作ったのが私みたいで公にできなかったみたい」
「冒険者になれば?冒険者としての新しい戸籍貰える」
「魔力はあっても魔法なんて殆ど使ったことないから無理でしょ?学だってないし魔法は、小さい時から使わないと上手く扱えないだろうし」
キノと話していたせいか、鉄板の火力が低くなり中の薪を動かそうと鉄鋏で燃え盛る薪を動かすも空気が足りないせいか火がどんどん弱くなる。
キノが鉄板の隙間を指差し手の中に忍ばせた風の魔石の魔力を使って風を僅かに送る。
すると、火が安定し出した。
「魔力が苦手なら得意を伸ばせばいい。私も魔法は使えるのがあったり使えなかったりする」
「そうなの!?何でも出来るのエキスパートが冒険者ってイメージなんだけど」
「それ偏見。でも、この料理の味好き。また来る」
「はーい!待ってるよ!」
店主がキノにブンブンと手を振って送り出した。キノも軽く会釈し一つ目の屋台を後にした。
夕刻が近づき、キノの身体にかすかな変化の兆しが見え始める。夜になれば、この身体は「女」へと変わる。
今は少量の魔法抵抗薬で面倒事を避けるために男の姿になっている。
そんなくだらない事で薬を使い、新しい薬を催促すると間違いなくエナに身体に普段を掛けた事を怒られてしまう。
薬の容量を増やすその前に、少しでも多くの魔力を蓄えねばならない。
「次はあそこ。半地下へ続く階段の下」
「またディープな所を見つけたな?お前の街か?」
「それより前からある所」
魔物が外套の裾をわずかに動かして階段を覗きこむ。
地下の密売所に繋がる怪しげな坂場のテントがいくつも並ぶ。階段を降りて下に潜ると怪しいローブを纏った平民たちがひそひそと取引を行っている。
その中の屋台でキノが注文したのは、背の高い透明のグラスに入ったどろりとした紫色の飲み物。
水分と言うにはゼリーに近い気がする。下の方は透明に近く二層になっていた。
そして、若干光っているようにも見える。
「これ、本当に人間が食って大丈夫なやつか?」
外套の本体がキノの耳に伸ばした触手を出しキノの周りに居る人にも聞こえて尚且つ正体がバレないように喧騒に紛れるように口にした。
「私を誰だと思っている。それは『幻惑レモン』の果汁を使ったカクテルだ!精神を狂わせる毒があるが、微量なら問題ない。お前のアサシンとしての毒の耐性と、私の浄化能力を合わせれば、ただの純粋な魔力塊に変わる....筈だ!」
屋台に居たのは、大柄な中年オヤジ。周りの店の人とは異なりラフな普通の普段着ではなくバーテンダーとしてネクタイまで締めかっちりとした格好をしていた。
「よく言う。前に勤めてた貴族領のホテルで薬物入りのカクテル飲ませて客を中毒にしてた」
「あれはお客の意思じゃ飲むのを止められないほど上手いカクテルを作ってしまったのが原因だな!今じゃ、こんなところで一国一城の主人だ!ガッハッハ!」
キノは峨嵋刺を隠し持った手でグラスをを握り、カクテルを口に含んだ。
痺れるような辛さが舌を襲い、脳が揺れる感覚がする。だがすぐに喉を通り後に残ったのは、澄んだ清涼感であった。
「……ふぅ。悪くない。頭が冴えてきた」
「その調子で、体内の回路を限界まで広げろ。ただ、あいつらみたいになるなよ?」
バーテンダーが指を向ける先には違う店の前で立ち飲みをしていた戦士の初心者装備の男性冒険者がガクガクと震え出し膝を地面に着けているのだがグラスだけは離そうとしない。
「何だあれ?キノ?」
再びキノの耳元に戻りキノに聞く。
「冒険者になったばっかの人。ギルドでの冒険者試験には受かったけど、防具見て」
小声でキノに言われそっと見てみると真新しいはずの鉄の胸当てには切り傷が付いている。
他の部分もよく見ると頭にはタンコブができており、兜の上から強く殴られたと言うことが見て取れる。
「防具が傷付いて落ち込んでるわけじゃないよな?」
「防具や武器ならまた直せる。問題は位置」
「頭に心臓。どれも急所か」
「そう。命の危険を感じて忘れたいけど金もない。カッコ悪い姿を見られたくない。って言う見栄を張る貴族に多い」
「ああなるとどうなるんだ?」
「どうにも。ただの怖い記憶に私生活も蝕まれ、いつもびくびくと過ごすことになる」
「詳しいな?」
「私も昔そうなった」
「なら、立ち直る方法教えてやれよ?」
「ないよ」
「は?」
「あれから立ち直る方法なんてない。立ち向かう勇気と後は慣れ。生き残った現実が自信になる」
「それ言ってやれよ?」
「自分で気付かなきゃ意味ない」
そう言って手元にあったグラスを飲み干す。そして、その場を後にした。




