第525話 木の上の輝きと、飢えた外套
第525話 木の上の輝きと、飢えた外套
昼下がりの陽光を僅かに遮る、エナを見送った場所の近くの木の枝の上。キノは、特に何をすることもなく、音もなく身を潜めていた。
現在の身体は「男」。しかし、戦闘で磨き抜いた基本魔法を乱用した代償は重く、体内の魔力は完全に枯渇しかけていた。指先がかすかに震え、視界の端がチカチカと明滅する。
先程まで透けていたことから見ればだいぶ回復してはいるのだが、本調子にはまだ遠い。
「……今にも死にそうだな?」
耳元に響いたのは、幼くもしわがれた、矛盾を孕んだ不思議な声。
キノが身に纏う真っ黒な外套の本体――その中にに潜む、手のひらサイズの小さな魔物のような声だった。
「わかってる。だからこうして、手段を講じているところ」
キノは懐から、エナから貰ったばかりの真っ白なシルバーリングを取り出した。その指輪には、エナ特有の濃密な魔力がこれでもかと込められている。
躊躇なくその指輪を左手の薬指にはめると、瞬間、カッと全身の血管が熱くなるような衝撃が走った。エナの魔力がキノの体内へと強引に流れ込み、空っぽだった魔力回路を急激に満たしていく。あまりの急激な流入に、キノは一瞬強い眩暈を覚えて木の幹に背を預けた。
「ふぅ、ドクンドクンする」
「便利だなそれ」
「エナがくれたエナの魔力ストック。指輪に命令を書けば作用するし、それを止める時は文字の一部を消せば機能しなくなるから便利」
「明らかに違う使い方してるよな?」
「魔力はある所からないところに流れる」
「流れないように命令分を書いておき、切れたら補充って訳か」
「そう。最近色々なストックくれる」
「これで最低限の生命維持はできたのか?」
「取り敢えずかなり体調は良くなってきた。一番はダンジョンとか魔力が濃い場所がいい」
「ダンジョンだと魔物も居るし無理だろ?」
「戦闘すると休んで回復した魔力も吹っ飛ぶから無理」
「なら、戦闘になる前にダンジョンからの脱出すれば良いんじゃないか?」
「どれだけお金掛かるか分かる?」
「貴族として収入あるんだし、余裕だろ?」
「1つ100万エールする。次の身分目指して稼ぎを全部溶かす貧乏だから無理」
「稼いでるのに貧乏って言うのが恐ろしいな」
「魔力を回復するにはそれが一番」
外部からの魔力注入は一時しのぎに過ぎない。自分自身の肉体で魔力を定着させ、回復力を高める必要があるのだ。
「ならどうする?」
「美味しいご飯を沢山食べる。魔物を材料にした魔力が濃いやつ」
胃袋から直接エネルギーを摂取する『経口摂取』が最も確実だった。
「エルタネ公国の貴族領の表通りじゃ、まともな普通の飯しか手に入らない。今泊まってる街も誰かの領地って感じじゃないけどないだろ?当てはあるのか?」
キノは冷たい笑みを浮かべ、フードを深く被り直した。
「下民区の泥にまみれた幽霊屋敷の近くに出た魔物を調理して下民区や平民区で提供してる屋台街がある」
「地下にもないような面白いものがあるんだな」
「地下は通行証が高いから。本当にアングラなものは地下にはない」
黒い外套が生き物のようにうねり、キノは木の上から音もなく、地面へと飛び降りた。




