第517話 基本の準備
第517話 基本の準備
「わぁぁぁダァぁぁガァ!!」
叫びにならない声を上げると頭からデンケンを食べようと大きな口を開き齧り付く。口の中の泥が全て吐き出され代わりにデンケンを食べようとするのだ。
先程まで気配を消していたのが嘘のようにデンケンが辺りを転げ回る様に姿勢を低くし、逃げ回る。
デンケンが躓き転び背後を確認しようと身体を捻って背後を見る。
先程よりも鼻息が聞こえるほど近くに土竜の顔があり、身体を立たせた土竜が口を大きく開けると泥が吐き出された赤く光る刃が飛び出ててきた。土竜の赤い血液がゆっくりと流れ落ちる。
「まだ生きてるよね?デンケン!!」
「エナ姉ちゃん!!」
土竜の横からひょっこりエナが顔を出し、デンケンを物陰から引っ張り出そうと手を伸ばし、引き上げる。
垂直ではなく、斜めに。大きな蝙蝠のような翼を持つ魔物がエナの背中にくっ付き、浮かせる。
エナがマジックバックに手を入れポーションの瓶を取り出しデンケンの患部に勢いよく掛ける。
「染みる!!!」
「我慢して!!!脚が千切れるよりはいいでしょ!!」
涙を堪えて我慢していると傷口はまだあるものの、シュワシュワと泡立ち止血が済んでいた。
「まだ痛いんだけど....」
「体力が疲弊してるから今傷を塞いだら体力が持たなくて死ぬ!魔力回復ポーションで無理矢理魔力を回復して!!」
「そんなぁ!」
デンケンを力一杯上空に投げるともう1匹のフォレストバットがデンケンの背中に張り付きバタバタともがく。
「この子たち人を浮かせられるように改造してて出遅れた!力抜かないと底に落ちるよ!」
「分かったよ!!」
バタバタと空中でもがくデンケンに魔力回復用の紫色の小瓶を投げ渡す。それを苦いのを我慢して飲み込もうとするのだが、喉を通ったはずの薬が口に逆流しそうになり、それを気合いで飲み込んだ。
「さて、バカみたいに口を開けてくれてたから槍で貫けたけど、魔法じゃ無理だよね」
「かなり集中させないと効かなかった!!」
「なら、採掘用の火薬で打ち出す槍は後一本しかないから魔力での物理攻撃だ!!」
エナが握るもう一本の槍を力強く握り、手元の部分を石で思い切り叩く。
先端の刃の部分が空気と擦れ赤く光るほどの爆速で打ち出され、振り向いた土竜の頭弾かれた。
「やっぱり密度が高い部分は貫通しない!さっきみたいに口を開けてる反対側とかを狙った方が....」
「なら、もう一回食べられる?2人でどっちかが囮になって弱点を狙う戦い方だってあったのにさ....」
「非常に申し訳ない」
先程のエナの攻撃は致命傷になり得る物であった。万全の体制で急所に打ち込むことができたらと勝手に突っ込んだ分際で一人前に悔やんでいた。
「でも、もういいや。時間になった」
エナがため息混じりにそう口にすると穴の淵から2つの塊が土竜目掛けて落ちてきた。
人を思わせる長い手足にデンケンよりも分厚い装甲の防具。手には首を容易く落とせそうなほど薄く研がれた湾刀を持ち、喉をならす。
全身にびっしりと生えた赤い鱗と、青い鱗の蜥蜴顔の者達が振り翳した獲物で土竜の脇腹を引き裂こうとする。
右の脇腹を赤い蜥蜴が切り掛かり、そのまま刃がゴムのような肉に沈む。青い蜥蜴がその反対側を切ると今度は綺麗に反発する事なく切れた。
「ぎゃぃあぃあぁ!!!」
生まれて初めての効果的な切り傷の痛みと血液が噴き出す感覚に戸惑い、壁の方向に走り出しそのまま激突する。
「切れた!!ただの物理攻撃が弱点だったのか!?」
「そんな訳ないよ。普通にやったら縮めた体の脂肪が盾になって切れない。片方を切って肉壁に弾かれるとピンと張るから、そこに刃を入れただけ。こうすれば弾力のあるお肉も簡単に切れる!」
「なんか料理みたいなんだな」
「そうだよ?気付いたの?戦闘って言うのは料理と同じでどれだけ準備をしたか、どれだけ対策を用意できたかで決まるから、ちゃんとレシピを思い描いてそれを実行することが大切なんだよ!」
エナの頭の中では小さかった時に身が水分でぷよぷよしている魚を初めてまな板の上で捌いている時のことを思い出す。
普通であればその魚の口に大量の水を飲ませて皮と肉をパンッ!とはち切れんばかりに張り、包丁を入れ、身を切り血液や内臓を絞り出し捌いていくのだが、小さかったキノが自分の獲物を煮沸して身と身を引き延ばすようにしてまな板に打ち止めをして包丁の先端で腹を切り、内容物を綺麗に抜き取り、色鮮やかな魚がトマトで煮込まれる魚の尊厳を守る記憶が再生されて居た。
一方デンケンの頭の中では、エナが真っ黒のローブに身を包み込み、指の先端から何本もの糸を垂らしまな板の上で赤と青の人間蜥蜴が滑稽なダンスをしてさまざまな食材を爪で切り刻んで鍋へとぶち込む不穏な様子だった。




