第51話 フラッシュと贖罪
第51話 フラッシュと贖罪
光が無くなった完全な暗闇。先程まで意識していなかった僅かな水が擦れ合う音が耳に不快感として届く。
瞳にはブツブツとガラスの破片が散っているように見えるのだが、そう見えるようであっていくら目を凝らしても暗闇以外の像を写す事はない。
不意にそんな幻さえも消え去り完全な孤独が訪れた。
『何!?』
暗闇の中でしてはならないことを反射的にしてしまう。位置を悟られる事だ。視界が効かない中での情報戦は耳に依存する。そんな中で闇雲に声を出せば自分の精神が今どんな状況に陥りどこに居るのかが筒抜けになってしまう。
一度口から出た言葉が戻らないようにエナが取り返しのつかない後悔に陥る。位置はバレ気配でしかないが先程の龍がシュルシュルと近づいてきているような感覚が肌を刺してくるのだ。
「こうやってよく小さい時隠れんぼした。でもあれは夜伽の一環の遊びだったらしいね」
「えっ! こんな時に何!」
耳元で囁くキノの声に過敏に反応し、息を潜めるのを忘れたエナの末路など簡単に想像できる。
それは本人が一番よくわかっており、死を覚悟した。
「そんなに緊張しなくて大丈夫」
先程の試験管を軽く放り投げる。山なりに弧を描き向かってきた龍の顔に当たると試験管が砕け散る。
キィィパンぁぁぁぁぁン!
黄色い閃光が鱗粉が舞い、それに炎が着火し鋭い音を立てて爆ぜた。
「ちょっと何! 目を開けてるはずなのに何で見えないの!? 私の目! どうなってるの!?」
「あ、大丈夫。目が眩まないように私が手で目を隠してるだけ。手を外せば見えるよ? ほら?」
勝手に目が見えなくなったと驚き戸惑うエナに対して冷静なキノが目を覆っていた手を退けるとボンヤリと像を写す。
さっきまでの煌びやかな湖とは打って変わり、地面の所々で小さな日が燻り辺りをほんのりと照らす。
その奥では、顔がぼんやりと光る龍が両眼を瞑りのたうち回るようにして苦しんでいた。
「何したの?」
「さっきの試験管。下には光の魔力を吸って育つ蝶の鱗粉が入ってた。 火の魔力と合わせて粉塵爆発を起こして目をくらませたんだけど、両方に魔力が籠ってるとこんな威力になるのか」
小さい火ではあるものの、爆発からしばらくしても萌え続ける地面の火が威力を物語っていた。
『さて、後は仕上げだけやるからここで待ってて』
『何するの? 危ないよ!?』
エナの静止も聞かず一人で龍の元へと歩いていく。
『こんにちは....元気?』
よっぽど放たれた光が強烈だったのかまだのたうち回る龍に対して少なからず罪悪感を抱いてしまう。
『散々利用しといて悪いけど、もう少し手伝って』
大きな口を開け広げられていた部分目掛けて一つの指輪を親指で弾き口の中に入れる。
その途端、目が見えない苦しみでのたうち回っていた龍が動きを止め、キノの方をじっと見つめる。
『散々利用してごめんね。最後に一つだけお願い。方法は問わないからダンジョンの中で操られている魔物を助けて欲しい』
暫くキノの方をじっと見ると軽く頷く。長い巨体を起き上がらせ、下に落ちてきた穴を登っていく。
『ありがとう』
短くそう吐くと背中を向け、エナの元へと歩き出す。
『何したの!? あんな凶暴だった龍が帰っていくよ!?』
『これを使っただけ』
口に投げ入れた物と同じものをエナに見せる。
『服従の指輪?』
『そう。この指輪でなりふり構わずに冒険者を襲うように命令されてた。それを逆手に取って、ダンジョン内のこれを除去して欲しいって命令したの』
『そんな命令勝手にして大丈夫?』
『身体じゃなくて口に入れたから数日すれば糞と一緒に体の外に出てくるよ。それに命令じゃなくてお願いって感じで頼んだから了承してくれたのかも。新しい主としては今の状況は気に入らないと思うしね』
感慨深く登る龍を見つめていると複数の小さな光の玉が湖に落とされキノとエナの元にたどり着く。
『キノさん~、子供たちから作戦を全て聞きました! 救出の準備ができたので上に上がってきて下さい』
『分かった~!ありがとうユエル!』
光の玉と共に送られてきた赤い宝石に返事をする。
『まさか、ここまでお見通しだったなんてね』
『小さい時からの付き合いだから大体は分かる。さぁ、帰ろうか』
キノに手を引かれエナがゆっくりと歩き出す。
『今横穴から湖の方まで来た。壁に刺さった暗器を回収したいんだけど、上手くできるかな?』
『任せて』
ゆったりと落ち着いたニーナが応える。
壁から細い四角柱が迫り出し、螺旋階段のように上までの道になる。
『取り敢えず、暗器は小型ゴーレムを出して回収しておくからお姉ちゃん達はそのまま上がってきて』
『ヒトミもありがとう』
元気で明るい声が聞こえて少しばかり勇気付けられる。
『じゃあ、いくよ』
『うん』
一歩踏み出すと光の玉が壁に沿って整列し、煌々と光を放つ。
『こんなに明るいなら手を繋ぐ必要ない。それどころか眩しい』
キノがエナの手を離すとフードを被り顔を顰めながらゆっくりと歩き出す。
エナはフードを被ることなくキノの後を追って歩き出した。
エナの胸には話したいことが沢山あった。何度も危険な目に遭わせたのに助けてくれた事に対する感謝。しかし、まだ話せていないこともある。それをこのまま隠したままでもいいのかという葛藤。それらの感情が混ざって今にもこの場から消えたい。この螺旋階段から足を滑らせたフリをして下に落ちる度胸が自分に有ればどれだけ楽になれるかが頭を過ぎる。
淡々と迷いなく地上を目指すキノはそんなことを聞きたくないだろうと自分で自己完結させようとしていた。
『ねぇ? 私に聞きたいことない?』
『あるよ。沢山』
迷いのない歩みからは想像のつかない答えが返ってきた。
『何を聞きたいの?』
『エナのこと全部。スラムで小さい時から一緒に住んでるけど、知ってるのは住みだしてからの事。没落した貴族ってことも知らなかったし、私が知らないエナのことならどんなに些細な事でも知りたい』
『じゃあ、逆に教えて。何で裏切った私を助けてくれたの?』
『幽霊屋敷に来たばかりの時、約束したの忘れた?』
『約束?』
『エナが困っているなら私が助ける。だから、私が困っていたらエナが私を助けてって約束』
その言葉がエナの胸を撃ち抜く。
『何それ....そんな小さい時の約束覚えてるわけないじゃん....馬鹿みたい』
『エナだってそれを覚えてたから私を助けてくれたんでしょ? もし、ゲルドを退けたとしてもその本家や取り巻きから嫌がらせを受けるのは明白だった。エナのおかげで私はこれまでと変わらない暮らしを送れる。友人の為に人を殺したエナと小さい約束を忘れられなかった私。馬鹿同士でいいじゃん』
嘲笑を込めて吐き込めたキノの言葉に押し出されるようにしてエナの目からハラハラと涙が流れる。
『どうかした?』
『うるさい....こっちみんなよ....馬鹿!』
不意に振り返ったキノが声を掛けるとエナの顔がグシャグシャになる程嗚咽を堪えて腕で涙を拭う。
『よしよし、好きなだけ泣きな』
『うん』
頭を軽く撫で膝からエナの身体がその場に崩れる。そのまま涙が全てを洗い流してくれるまで待つことにした。
『だいぶ落ち着いた?』
『落ち着いた。だけど、泣いたらお腹減っちゃった』
『さっきまでの緊張感はどこに行ったの? 特別にお茶淹れてあげる』
光の玉を呼び寄せる。自分の手の影に指を触れさると中から二つのコップとティーポッド、藁と火打ち石が出てきた。
『何それ? 魔法!?』
『テイムした魔物の魔法。相変わらず、あんたに教わったダンジョン内の魔物のテイム方法の効果抜群だわ』
『エヘヘ』
『一体どこであれを知ったの?あんな習性、普通気がつかないでしょ?』
『それは企業秘密なのです!!』
『あっそう。深くは聞かないけど、これのおかげでエナを助けられて良かった』
『私に感謝だね!』
『どの口が言ってんのかしら?』
減らず口を叩くエナの額を中指で弾き手早くお茶を淹れる準備をする。火打ち石を打ち、火の粉を藁に着火させ、その上に金属製のティーポットを置く。
しばらくして中身をカップに移した。
『はい。できたよ』
『頂きます』
一口含んで思ったことをキノが代弁する。
『うわ! ぬるい!! 何コレ』
『こんな小さな火で温めるからでしょ? こんな所で飲むなら上質だと思うけど?』
『量が少ないからいけると思った。コレもあげる』
無理矢理二つのコップを渡され、渋々中のお茶を飲む。
ふと、キノを横目で見ると信じられない状況が広がっていた。




