第50話 命の華
第50話 命の華
「キノ!! 首が!!」
エナが急に現れたチョーカーに驚き声を漏らす。
首に紡がれた魔力のチョーカーから首輪のように出た光る鎖が地面に繋がり動きを制限し、先程のように機敏な動きは最早取れない。
「走るのに夢中で見えにくい光を収束させていた事に気がつかなかっただろ?今、鎖を地面や壁に結んだ! もうお前は自由に動けない」
「もし、動こうとしたらどうなる?」
「首と胴体がサヨナラする事になるだろうな? 本当なら移動中に高度の高い紐で身体をスライスしてやりたかったが、視認され躱されるからな!目に見えない程の細いのが丁度良い!!」
よっぽど勝ちを実感しているのか、勝利に一人で酔いしれていた。
「この鎖、何で地面や壁に繋がってるの?」
「身動きを取れなくする為だ!! 硬度は無いが、しなやかな分引きちぎることもできないぞ!」
「質問を変えるね。何でこの鎖の先が自分の手に繋がってないの?」
「は?」
窮地に追い詰められたはずのキノが逆に毅然とした態度で質問をする。その凛々しい雰囲気にエナでさえ言葉を失う。
「この糸、うさぎ罠に仕組みが似てる。引っ張っても首の糸は引き絞れるでしょ? なんで自分でトドメを刺さないの?」
地面に繋がれる数本の糸を出で掴む。 遊びのなくなった糸が締まり、キノが自分で首を締め上げようとしている。
「お前は頭がおかしいのか? 自分から自分の首を絞めに行く奴がいるのか!!」
自分でこの状況を作っておきながらキノの状況を頭から否定したくなっていた。頭を掻きむしり、顔の肉が抉れる程深く爪を立て、そのまま撫で下ろす光景は異様であった。
「だってまどろっこしく無い? 死ぬかもどうかもわからない罠。動かなきゃ脅威にならないから交渉材料にもならない。首に糸を付けて私達が見逃すって言うまで地面の上を転がし続けた方がよっぽど利口だよ? 子供達もエナだけに殺させて汚名を擦りつもりだったんでしょ?」
「ヒィィィィィイ!」
キノの自分の頭ではついていけないほど酷な想像について行けなくなり、背中を向けて奥にへと走り出す。
息を切らし、少しでもこの異常な思考を持つアサシンと距離を取りたい。そんな思いだけが率先し、足を動かす原動力になっているのだが、地面がグニャグニャと縦横無人に踊り出し、平衡感覚が失われていくのだ。
「キノ!! さっきの攻撃で殺して!! そうすれば術者がいなくなった首のやつも消えるし、警報も鳴らないよ!」
「うーん、無理みたい。さっきの扱われ方がよっぽど嫌だったのか拗ねて出てこようとしてくれない」
「嘘!! こんな一大事にもう~。早く出てきなさいよ!! あんたのご主人様のピンチなのよ!?」
ヒステリックな叫びを上げるとフードの内側から細く弱々しい身体を伸ばして僅かに口を動かす。
「どうにか....してやりたい。 だけど、これ以上は色々な意味で大変なことになりかねないから勘弁してください」
声が掠れ、今にも空気に分解されてしまいそうな弱い肉体がフードの中に戻っていく。
「なんかごめん。まさかこんなに衰弱してるとは思わなくて....」
気まずそうにエナが視線を離す。
「まぁ、最後まで持たせるつもりなかったし、ここまで出来れば充分。後は私がなんとかする」
「下手に動くと首切れるんだからね!」
『大丈夫。私は一歩も動かない』
ゴソゴソと外套の中から薄ピンク色に透き通る花を取り出した。
ガラス造りの様な透き通ったピンク色の花弁には細い血管のように赤い筋が走っていた。
「それは何?見たこと無い」
「死に狂うほど綺麗でしょ? 臆病者に供えるのは勿体ないほどに」
大きく腕を動かしサルバトールに向かってその花を投げつける。
地震のように辺りが揺れてドンドン振動が大きくなる。
「なんだ? 地震か!?」
遂には一歩も逃げることさえ叶わなくなり、ヘナヘナとその場で座り込む。
振動がドンドンと大きくなり、遂には横穴の天井を突き破って何かが上から落ちてきた。
土煙が辺りを包み込んだ中で目を凝らす。巨体を持つ何かがいるのだが、姿が分からない。
「なんだこれは? それにこれも何だ?」
キノが投げた一輪の花を拾い上げる。太陽の光も差し込まないこんな地底湖に花が咲いている訳が無いとそれを拾ってしまったのが運の尽き。上から落ちてきた物が大きな口を開けサルバトールごと食べてしまった。
「え」
薄暗い洞窟の中で光が完全に失われた。しかし、自分が食べられたなど夢には思わない。
「何か落ちてきたよ!! うっえっほ、ゴホゴホ!!」
「粉塵が舞う中で無理矢理しゃべるとむせるよ? 視界が晴れるまで待とうか?」
首を絞めていたチョーカーの糸が散り散りになりキノの身体には自由が戻った。代わりに、エナが粉塵でむせっかえり身動きが取れていない。
「ほら、そろそろ見えてきた」
粉塵が少しずつ晴れていき身体は血のように紅く、瞳の色はエメラルドグリーン。龍と形容するに相応しい蛇を彷彿とさせるその体には鱗がびっしりと生え、数十メートルもの巨体が姿を表す。
「なにこれ?」
「ゲルドパーティがほぼ壊滅させられた元凶。ローズドラゴンの幼体だよ」
「幼体!! この大きさで!!」
「ドラゴンの成長に体の大きさは関係ない。この子はまだ翼が生えてないし、体もずんぐりむっくりでしょ? もっと成長すると羽化して翼竜に近くなるから」
「へぇー、よく知ってるね。でも、こんなに大きな魔物を使い魔として使役してるなんて凄いね。憧れる!」
「ん? 何か勘違いしてない? この子は誰も使役してないよ?」
「え? でも、ご主人様を助けに来てくれたんじゃないの?」
「そんな美談の訳ない。さっきの花はこのドラゴンの体で作られた物なの。私が一つくすねといたから取り返しに来ただけ。ダンジョンの中での探知能力はピカイチみたい」
「え、待って。じゃあ、私たちはこれからどうなるの?」
「どうなるのかな? 勝手に体の一部を盗みそれを別の人間が盗んでいると思い捕食。 その近くに盗んだ本人とお仲間が居たら....私だったら何の躊躇もなく殺しちゃうな」
粉塵が完全に晴れ二人の姿が目に映る。その途端口をぷっくり膨らませ首を大きく振り焦点を合わせると口の奥までを開き炎を吐く。
「リム! 吸収して!!」
下されたフードの内側から小さなトカゲが出てくると口を開き身体をゆすって威嚇をする。
二人の目の前で一直線に出てきた炎がリムの前で渦巻き状に形が変わると徐々にリムの身体が大きくなっていく。
ブレスが止みリムの体もはち切れそうな程パンパンになった。腹はエナの身長と同じぐらいまで膨らみ、体も風船のようだ。
「吐き出して!」
口を広げ炎を出そうとする。一気に下のサイズ まで縮み吸収した炎を出すはずだったのだが、体のサイズだけが縮み口からは何も出ない。
「嘘!? 何で?」
「リムは炎を跳ね返す使い魔。だけど、ドラゴンは火炎全てを司る。火の攻撃が効きにくいのは常識だけど、自分で出した炎も完全に操って跳ね返される前にリムの中で消化させたのかも」
「じゃあ、次あれが来たらどうするの!? あんな攻撃食らったらひとたまりもないよ!」
「炎が効かないって事は印象付けられたし、大丈夫。次に来るとしても突進だから」
その言葉の通り、炎での攻撃を諦め体を縮め今にも飛びかかろうとしていた。
「尚更ダメじゃん!
「でも、やっとこれが使える」
手元から黄色い鱗粉が底に詰まった試験管を取り出し、蓋を開けると小さくなったリムの前に出す。
「少しだけ火を入れて」
返事をすることなく口から出した火が試験管の中に入り込む。
底に落ちる事はなく試験管が中間で仕切られているのか二つは混ざり合わない。
「さて、後3秒」
「何するの!!」
「次にエナが目を覚ます時。それは全部が終わる時だよ?」
その言葉が聞こえた瞬間、湖の上に浮かんでいた擬似的な太陽がふっと消えてなくなる。




