第490話 潜入工作
第490話 潜入工作
「拠点はあっち。勝手に場所の検討がついてありがたい」
先程まで全力で拠点との最短距離を走り抜けようとした伝令役が力なく進行方向に倒れ込んだ人の目線の先を見る。
「まさかここまで正直に真っ直ぐ走り出すなんてね。追跡を覚悟してたよ...。殺したの?」
「それならさっきやってる。強力な催眠薬」
「よくそんなものあるね。キノお手製のやつ?」
「エナが小さい時に作ってくれた。一体何に使う予定だったのか話してくれなかった。調合机にあったやつをエナに突きつけて内容を聞いたやつ。覚えてない?」
「じゃあ、この人が起きる前に行っちゃお」
正直、キノの食事に盛ってあんなことやこんな事をしようとしていたということを完全に忘れていた。というか、孤児院に小さな子供が増えてからは健全な薬作りと健全なお姉さんを演じていたような気がする。
「方向はあっち」
恥ずかしい黒歴史が頭に甦り、それを忘れようと取り繕うのだが、あまりにも動揺してしまい、見当違いの方向に進み出そうとするエナを止め、出発する。
『『強化』』
2人がそう呟くと装備の上からも分かるほど脚に魔力を送り、白い線が枝分かれした血管のように服の上にも浮かび上がり2人が人とは思えない速度で走り出す。
「集落ってあれかな?」
「間違いなくあれ。家でも調合してる」
柵や堀などはなく見晴らしのいい平原に数十軒の木造の家が並び、その煙突からは煙が出ている。鳥たちが煙突の上を飛ぼうとするとフラフラと制御を失い、地面に激突しそうになる。毒煙が出ている証拠だ。
「で、どうするの?」
「取り敢えずは私達を襲った仕返しする。毒を奪う」
「しばらくこの人達の牙を抜くって訳ね」
「そう。そうすれば新しい材料調達や調合に労力を割いて魔物からの防衛にしか集中できないようにする」
「でも、この家全部から毒を盗むって大変過ぎない?」
「そんなことしない」
「あ、ちょっと!」
集落の入り口の大岩の影に隠れていたキノがスタスタと普通に歩き集落へと入っていく。
中では人々が普通に暮らしていた。家の中では口に布を当てて鍋を掻き回す風景が多く見て取れたが、外では洗濯物を干し子供達が遊び畑を耕すと言った普通の光景だ。
「中は案外普通なんだね」
「あれが普通?」
キノが指を刺した先では武器を作る工房のようでできているはずの剣をドロドロに溶かし、幾つもの畑を耕す道具にリメイクされていた。
「失敗したのかな?」
「集落の外から奪ったやつ。ああやってここの人は生活する」
「そう言うことか....私達も外から来たってバレるかな?」
「いや、そんなことはない。この集落人が300人近くいると思うから全員が全員を把握してない」
「その根拠は?」
エナがキノが適当なことを言っているんじゃないかと気にする。
私達を襲ったのは40人くらいいた。人が生活するとなると食事、衣服、住居の3つがまず必要。それにここでは物を作る人、調合する人、見張りをする人、外から物資を持ってくる人の7つの役割があるとする。これを一日でこなすとしたら何人が必要?」
「役割が7個あるから7人?」
「みんながずっとそれをやる訳じゃないから5人で事足りる。集落の外から物資を持ってくるのが毎回成功しないから、そいつらは穀潰しだと考えて物資が手に入ったら儲け物。私達と戦った人を5人で支える。そうすると40✖︎5で集落にいる人は200人。役割を持たない子供を合わせれば300人近い」
「そうなるとどうなるの?」
「単純に人が多くて人の名前と顔覚えられない。一つの組織の絶対数は150が目安。だから、私達みたいな異物がいても認識できない」
「それって大丈夫なの?」
「だから普段は足の速い人を伝令で使って備える。でも今回は私達が先に手を回した。集落を見て分かった、みんな生活するのにいっぱいいっぱいで、それしかできてない。本当は集落の外から物資を持ってくる人を排出するのも負担」
「なるほど、私達は今ここで好き勝手できるんだ....」
「一回だけ」
「なんで一回?」
キノのその言葉にエナが首を傾げる。
「放火にしろ強奪にしろ殺人にしろ、一回やればどんなバカでもそれを排除しようとする」
「じゃあ、どうやってさっきのことの仕返しするの?弱体化さするにも1回の行動でそれを達成するの難しくない?」
「私達は冒険者である前に文化人だから手荒な真似なんてしないから大丈夫」
「じゃあ、何するの?」
「あ、あった。ここ」
キノが集落に入ってから探していた何かをようやく見つけたのか、ど真ん前の民家を見てそう言う。
まるで宝物でも見つけてしまった時のような独特な高揚感がエナにも伝わってきた。




