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本好き少女は大図書館に埋もれたい。そのためなら王子と聖女の婚約破棄も請け負います  作者: 宵川トリス
第二章

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14 弁護と救援

「——なんだと!? 突然乱入したかと思えば、弁護人!? ふざけるな、そんなものは認めん!」

 

 激昂したのは裁判官ではなくバフジャールだった。


 また錫杖を乱暴にふりかざす。しかしカリナにそうしたように、近づいて殴ろうとするような振る舞いは見せなかった。エリュシオンが男性で、細身ながらも長身であったことに怯んだのかもしれない。裁判官はエリュシオンに対してよりも、そんなバフジャールに眉根をしかめたように見えた。

 

「法廷の官吏ども! 何をしている、その者を追い払え!」

 

 苛立ったように周囲に命じていたが、裁判官が小さく肩をすくめて、しかし何も指示をしなかったので誰も動かなかった。バフジャールは足を踏み鳴らした。周りが動かぬと見て、エリュシオン本人に向き直った。

 

「儂は神殿長バフジャールであるぞ! 我に歯向かえばどうなるか存じておるか!」

「歯向かうなどととんでもない」

 

 エリュシオンは平然と、むしろ薄い微笑みすら浮かべてそう答えた。

 

「私はオルニア国法に則(のっと)り正当な手順を踏んだ上、このカリナ嬢の弁護を務めさせていただくと申し上げているだけです。それを認めぬということであれば、この裁判自体が法に反した不当なものと言われることとなりましょう。——訴えを起こした神殿側にとってもそれは不名誉なことではありませんか? 神殿は正しく訴え、正しい裁きの場を求めた。そうでございましょう?」

 

 そしてくるりと翻って、裁判官に向き直った。

 

「いかがでしょう、裁判官どの。公明正大に、両者にとっての公平なご判断をお願いいたします。裁きを下すのは御身でございます」

 

 ——ここは法廷。

 総責任者は神殿長ではなくあなただ、とエリュシオンの鋭い視線がそう告げていた。

 

 それが通じたのか、裁判官はしばらく押し黙った後に再度バフジャールに着席を促し、正式にエリュシオンをカリナの弁護人と認めると宣言した。


 法廷がざわつき始めた。官吏たちが慌ただしく行き来し、傍聴人たちはまた面白い見世物が始まったと興味津々に身を乗り出してくる。その隙にエリュシオンはカリナに近寄り、そっと耳打ちした。

 

「この裁判は茶番です。まともに戦う必要などありません。ですから何を言われようと、真摯に受け止める必要はないのですよ」

 

 カリナは唇を噛み締めた。

 悔しさとやるせなさと、エリュシオンの姿を見て覚えた安堵を合わせて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 不当な指摘に溺れそうになった、自分に対する救いの手のような言葉だった。


 エリュシオンはさらに小声で付け足した。


「ユーク王子から時間を稼げと言われています。すぐに救援を連れてくる、と」

「……救援?」

 

 しかしカリナの反応を待たず、エリュシオンが堂々と声を張った。

 

「さて、審理を再開いたしましょうか」

 

 それに対し裁判官がじろりと睨む。それは私の台詞だと言いたげに。

 

「失礼失礼。気がはやりましたね」

 

 エリュシオンは笑っていなし、一歩引いてカリナの横に立った。

 裁判官が一つ咳払いをする。

 

「——では審理を再開する。神殿側の訴えに対し、カリナ・トマシュは罪を認めるか」

 

 エリュシオンがはっきりと答えた。

 

「認めません」

「何を根拠に!」

 

 すぐに食らいついたのはバフジャールだ。

 甲高い怒声は不快感の塊だったが、エリュシオンは顔色一つ変えずに言い放った。

 

「根拠? それはこちらの台詞です。では神殿側は、何を根拠にカリナ嬢が聖女の神託を盗んだと言われるのか? 証拠や証人を出していただけますか。これは当然の要求です」

 

 一度、法廷内は静まり返った。この場にいた皆がようやく、審理にとって当たり前の証拠や証人といった存在を思い出したかのようだ。

 興奮気味に立ち上がっていたバフジャールが、鼻息を吐いて一度どかりと椅子に座り込む。苛立ちに歯ぎしりすらしている。法廷などという場でなければ、すぐにでもカリナを打ち据えられるのにと、歪んだ表情がそう語っている。

 

「……神殿長様、証拠、あるいは証人はございますか」

 

 裁判官がおずおずと尋ねた。

 ふん! とさらにふんぞり返ったバフジャールだが、一応は用意があったようだ。片手を上げると法廷官吏たちが動き出し、一人室外に出ていったかと思うと、すぐに一人の若い男を連れてきた。

 

 男はバフジャールと同じ白いトーガ姿だったが、金の装飾はなにも付けていなかった。バフジャールの足元に膝をつき、その位置から裁判官に一度頭を下げた。

 

「儂の部下の神官だ。聖女の神託は、この者が早馬にてミルデアに届けた」

 

 裁判官がその神官に尋ねる。

 

「しかと、届けられたか?」

「は。ミルデア領主カルロ・ミルデア伯爵の領館に」

「ミルデア伯爵に、直に?」

 

 神官は一瞬押し黙り、しかし小さく首を横に振った。

 

「領主はご不在でしたので、領館に預けました」

「預けたときのことを、詳しく申せ」


 バフジャールが割りこむと、神官は俯いて、しばらく口を結んだ。が、振り切ったように顔を上げた。

 

「大雨のさなかということで、領館の表玄関は濡れた旅装を解いたり、馬車の泥を拭ったりする来訪者でごったがえしておりました。私もその中に混ざって外套を脱いでいる途中、女官に声をかけられて、その女官に急ぎの書状だと、神託の入った封筒を手渡しました」

「ふむ。——お主、あの娘の顔を見よ」

 

 バフジャールは錫杖の先をカリナに向けた。

 神官は妙にゆっくりと首を回してカリナに視線を合わせる。

 

「……おお!」

 

 芝居がかった驚きの声。

 

「あの娘でございます。あの重苦しい黒髪、やせ細った、女にしては高すぎる背の。ミルデア領主の女官と名乗り、私から神託の封筒を受け取った女は」

 

 法廷がざわめいた。バフジャールは悦に入った笑みを浮かべて宣言した。


「聞いたであろう? ミルデア領館に届いた神託を、そうやってこの娘が横領したのだ!」

 

 しかしエリュシオンは動じた様子もなく、裁判官に向かって発言の許可を求めた。

 

「そちらの主張は分かりました。ではこちらからもそれに対し言わせていただきましょう。——神官どの。それは何月何日何時のことでございますか」

「日付……時間……」

 

 神官の目が、ちらちらとバフジャールを見やる。が、ぎょろりと睨まれて、神官は口ごもりながら答えた。

 

「七月、む、六日であったかと……。時間は……昼にはまだ早い午前のうち……」

 

 エリュシオンは頷いた。

 

「なるほど、最初の山崩れが起こる二日前ですね。確かにその日にはユーク王子とカリナ嬢はミルデア領館に滞在しておりました。ですが、カリナ嬢がお一人で領館内をお歩きになったことは一度としてございません。なにしろユーク王子が片時もお離しにならないほどのご寵愛ぶりでしてね。ユーク王子の従者である私がそう証言いたします」

 

 再び起こった法廷内のざわめきにはやや艶めいた忍び笑いが混ざっていた。傍聴人たちのお好みの醜聞だ。

 カリナは久しぶりにこの空気にさらされた気がしたが、先程までの被告人としての緊張と恐怖に比べれば、これくらいの冷やかしはもうなんとも思わなくなった。

 

 エリュシオンの言い回しはともかく、事実、カリナはミルデア領館内では極力人と顔を合わさぬよう、ユークに同伴している以外では部屋にこもっていたし、その部屋では四六時中エリュシオンが読書にふけっていた。一人になった時などカリナ本人も記憶にない。


 言いがかりも甚だしいが、カリナはうつむくことだけはやめようと思った。

 唇を噛み締め、負けまいと神官とバフジャールを睨みつけた。

 

 その横顔を見ていたエリュシオンが、小さく息を吐いて微笑んだ。カリナにはそう見えた。

 

 またバフジャールの怒声が響く。

 

「王子の従者の証言など当てになるか! いくらでも庇い立てできようが!」


 が、エリュシオンは得たりという風に目を光らせる。

 

「それはこちらの台詞でもありますね。神殿長どの、こちらの神官どのは貴方の部下でありましょう。そちらの都合にそった証言をさせることなど造作もない」

「なにおぅ!」

 

 今度は顔を真赤にさせバフジャールはまたも吠える。しかし裁判官が手で制し、そのまま神官の退場を促した。

 

 エリュシオンがまた発言の許可を求めた。

 

「盗んだ盗んだとおっしゃいますが、では実際の神託はいかがだったのでしょう。カリナ嬢がその神託を読み、山崩れが起こると予測できる内容だったのでしょうか? その検証のため、この度のミルデアの雨に関する神託を、この場で開示していただきたいのですが」

 

 それも、当然の要求だろう。傍聴人たちはそのことに気付いてまたざわめきだした。

 

 ——ふとカリナは傍聴人たちが並ぶバルコニーの一角に、薄布が吊るされた場所を見つけた。白装束の女性がその傍らに膝をついている。バフジャールの足元に従った神官と同じ体勢だ。


 あの布の向こうに誰かがいるのだろうか?

 

 しかしその注意はバフジャールの濁ったわめき声に邪魔され引き戻される。

 

「ならぬ! 神託は神聖なるものぞ! 選ばれし者のみが神意を問い、その答えを得るのもまた神に選ばれし者のみ! このような場に出せるものではない!」

「ええ、存じております」

 

 エリュシオンの片眼鏡が鈍く光った。

 

「かつては聖女より神託を授けられるのは国王その人のみでありました。時代が下がって貴族にもそれが許されるようになりましたが……貴族というより、神殿がお認めになった方のみですが」

 

 ちくりとしたトゲがその言葉からにじみ出ている。

 

「ですが、今回はその神託が盗まれたやもしれぬという非常事態。一人の国民を断罪し処刑すべきか否かという裁きの場です。……ご提示願えませんか? カリナ嬢の名誉と生命がかかっているのです。——聖女の神託。いにしえより国難を言い当て国政を助けたという……ああ、とても興味深い、ぜひとも、知りたいですねえ……!」

 

 エリュシオンの目が怪しく光り、無意識にバフジャールににじり寄った。

 

 エリュシオンのこの気迫にはひそかにカリナも共感せずにはいられなかった。

 聖女の神託。あのミルデアの雨をおそらく予知したその言葉。純粋にカリナも聞いてみたくてたまらない。おそらくエリュシオンもこの時ばかりは裁判であるという事を忘れ、純粋な知識欲がその体を動かしているのではないか。

 

 一歩ずつゆっくり壇上へ上り、エリュシオンはバフジャールの眼前まで迫っていた。バフジャールは今までとは違う、怯えたような悲鳴を小さく漏らした。

 流石に裁判官が官吏に命じてエリュシオンを下がらせるが、エリュシオンの目は爛々と光ったままだ。

 裁判長がバフジャールに問いかけた。


「神殿長様……、いかがでしょうか?」

「な、ならぬならぬ! そなたらごときが神託を見せろ、聞かせろなどと、おこがましいにもほどがある!」

 

 バフジャールの抵抗に、裁判長はエリュシオンに向けて首を横に振った。

 

 その瞬間、エリュシオンの表情からすっと何かが剥がれ落ちた。バフジャールを見据えるエリュシオンの目はじとりとした重さを帯びていた。

 

「なるほど。つまり、決定的な証拠はない、神託の提示もない。そんなことで死罪まで求刑する。——カリナ嬢に対する侮辱があまりにも過ぎませんか」

 

 エリュシオンは一歩下がり、カリナの背に手を添えた。

 カリナがうっかりよろめきそうになるほどその手には力が込められていた。

 

「彼女は神託などその手にしてはおりません。彼女は数百年前の旅行記に記された気象を理解し、エルダニア語で書かれた論文を読み下し、筆者の警鐘を正しく読み取った。豪雨に打たれながら己の目で『雲』を観察し、危険であるという結論を下すことを恐れなかった。なにゆえそのようなことが出来たのか——? 彼女がこの年に至るまで、その身に知識を蓄え、活用できるよう頭を働かせることを厭わなかったからです! それをこのような形で否定されるなど! おこがましいなどとはこちらの台詞です!」

 

 背に添えられた手から、カリナの胸に強烈な熱が流れ込んでくる。

 

 役立たずとなじられ、何のために本など読むのかと嘲笑われた日々——。

 自分以外の人間が、こうして理解し、怒りを顕にしてくれるなど、カリナは思ってもみなかった。

 

 カリナの眼が潤む。緊張でも恐怖でもなく、許され、認められた喜びが、あとからあとから胸に湧き上がってきた。

 


 

 エリュシオンの剣幕に押され、バフジャールは腰を抜かしたように椅子から背がずり落ち、裁判官も困惑の表情を浮かべていた。傍聴人たちもまた違う様子でざわめき始めている。

 

 が、なにやら空気の流れが変わった。

 ざわめきに混ざって、法廷の官吏たちが慌ただしく動き回っている。

 官吏の一人が近づきそっと耳打ちすると、裁判官の表情がさっと変わった。

 

 何かあったのか——事態を把握できずおどおどと周りを見るしかないカリナに、エリュシオンが小さく声をかけた。


「……おや、ユーク王子が間に合ったようですよ」

「え……、じゃあ、あの、さっき言ってた……救援……?」

「ええ、この茶番を終わらせるため、神殿の権威を恐れぬこの国でもっとも公明正大な人物を、連れてきてくださいました」

 

 エリュシオンはいたずらっぽく微笑んだ。

 

「王子も仰っていたでしょう? あの方の前に開かぬ扉はほぼありません。それがたとえ、弟の所業に怒り心頭の、兄の部屋の扉だとしても——」 

 

 法廷正面の扉が勢いよく開かれると同時に、官吏の声が高らかに響き渡った。

 

「国王陛下のお越しにございます!」

 

 

 

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