9.新しい服
それから、幸いモンスターにも兵士にも遭遇することなく私たちは山を越えることが出来た。
ラグももう元の姿に戻っている。少年の姿だったのはだいたい一時間程に思えたけれど、前を行く彼の背が突然伸びた時は流石にぎょっとした。
「――あ、灯り!」
行く手に町の灯りが見えたのは、日が完全に落ちた頃。
私は歓声を上げ、そのままその場にへたり込んでしまった。
宵の冷えた空気が汗ばんだ肌に心地いい。
こんなに歩いたのは生まれて初めてではないだろうか。全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
足の裏はきっとマメだらけだろう。怖くて確認する気にもならない。
対してラグは全く息を乱すことなく平然としていて旅慣れているのがわかった。
と、その彼がこちらを振り向いた。
また怒鳴られるかと思いきや。
「そこで待ってろ」
「え!?」
背を向けられ私は慌ててよろよろと立ち上がる。
「なんで? 私も……」
「そんな格好で入れるわけねーだろ。……服買ってくるから待ってろ」
自分の格好を見下ろして納得する。
日本ではごくありふれた制服姿だけれど、この世界では目立ってしまうだろう。
「あっ、ラグ!」
「なんだよ! 早くしねーと店が閉まるだろ!」
「あ、の、靴もお願いします……」
ボロボロになった上履きを指差しながら言うとラグは舌打ちひとつして今度こそ行ってしまった。
(……買ってきて、くれるよね?)
私はまたもその場に座り込む。
きっとあの町が『セデ』なのだろう。
野宿にならずに済みそうで心底ホっとする。
ラグに遅れないよう頑張って進んだお陰かもしれない。
「でも、明日絶対筋肉痛だなぁ」
そう呟いてふくらはぎを摩っていたときだ。
町の方向からフワフワと白いものが飛んでくるのが見えた。
それがブゥだとわかり私は手を振る。
「ブゥ! 起きたんだね!」
「ぶっ」
まるで「おはよう」とでも言うようにブゥが返事をくれた。
それから程なくして包みをふたつ抱えたラグが戻ってきた。
それまで私の肩に乗っていたブゥは彼を見つけるとふわふわ飛んでいき彼の頭にちょこんと降りた。
そこがいつもの定位置なのだろうか。
(……可愛いし)
「ほらよ」
突き出すようにして包みを渡される。
心なしかその顔が赤い。
「文句は聞かねぇぞ。女の服なんて買ったことねーんだからな」
視線を外しブツブツとぼやいたラグにお礼を言い、私は幹の太い木の陰で着替えることにした。
やはりどこかの民族衣装のようなデザイン。
でもそれと一緒にラグが履いているのと同じようなパンツも入っていてホっとする。
先ほどまで制服のスカートで、山道を歩くには全然向いていなかったからだ。
ハイソックスを履いているとはいえ、肌が出ている部分は小さなキズでいっぱいだ。
(もしかして、気づいてくれたのかな)
思い切って靴下を脱ぐと、案の定何箇所かマメが潰れて血が滲んでいた。
見なきゃ良かったとげんなりしながらもうひとつの包みに入っていた靴に履き替える。
紐である程度サイズ調節できるもので、足にぴったりとフィットした。
着替え終わり、今まで着ていた制服と靴を先ほどの包みに入れラグの方に戻る。
「お待たせです」
「……それ、ここに捨てていけよ。邪魔になるぞ」
包みを指差し言われる。
……確かにこの世界ではもう着る機会は無さそうだ。
どうせ高校も卒業間近。向こうでももうほとんど着ることはないだろう。
思い出の詰まった制服だけど、思い切って近くの茂みの中に置いていくことにした。
「よし、行くか。ブゥ、お前はここな」
「ぶっ」
ラグが上着のポケットを開けるとブゥは言われるまま、すっぽりとそこに収まった。
(そっか、一応モンスターだもんね)
そして、私たちはセデの町へと足を踏み入れた。




