10.セデの町
セデの町は山の麓に位置しているため私たちのような旅人の格好の休憩ポイントになっているらしい。
しかし昨日の城下町に比べると随分と小さな町だった。
特に入口という入口もなく、木々の間にぽつぽつと家の灯りが確認できる。
今歩いているこの道も昨日の町のような石畳ではなく地面がむき出した。
その光景は“町”というより“村”のイメージに近い。
道幅がだんだんと広くなり家々が密集してきたころ、漸くちらほらと人通りが出てきた。
そしてこの辺りから看板を出している家が目につき始めた。看板を出しているということはお店なのだろう。
文字は読めないけれど、そこに描かれた絵から何のお店なのか大体想像できた。
フライパンと酒瓶が描かれた看板を見かけた時ふと良い香りが鼻をくすぐった。
途端、弱々しくお腹が鳴って自分が空腹だった事に気付く。
「まずは飯にするか」
前を行くラグが足を止め、聞こえてしまったかと恥かしくなる。
彼は早速その店に向かい、私も後を追った。
扉を開けると、カランコロンという木と木が触れ合う小気味いい音とともに心地よい程度の喧騒が耳に入ってきた。
瞬間、中にいた10人ほどの客の目がこちらに集中してドキリとする。
でも皆すぐに興味をなくしたように自分たちの会話に戻っていき、私は小さく息を吐いた。
(なんか、人の目が怖くなったかも……)
「いらっしゃい」
カウンターの中にいた老主人が陽気に声を掛けてきた。
ラグはぞんざいにその前の椅子に座り、私もおずおずとその隣に腰掛けた。
「旅のお方かな? 何にしましょう」
「なんか適当に美味いもん頼む」
「はい」
ラグの不躾な注文にも嫌な顔一つせず、主人は早速何かを作り始めた。
ラグは主人がまず出してくれた水をクイと飲み干す。
私もそのグラスを手に持ちながら店内を見回した。
所々についた蝋燭の灯りがゆらゆらと明暗を作り出していてなんとも趣のある雰囲気だ。
だが何かが足りない。すぐそれに気付く。
(そうか。音楽がないんだ)
これで小さくジャズのような音楽が流れていたら素敵なのに。
そう思いながらグラスに口をつけ、
「ブっ!」
私は口に含んだそれを吹き出してしまった。
「うわっ! 何やってんだお前」
「だ、だって、これお酒……」
「当たり前だろ。まさかお前その歳で酒が飲めないのか?」
「わ、私の国じゃ二十歳にならないと飲んじゃいけないの!」
思わずムっとして言い返す。
「へぇ、じゃぁどうする。ミルクでも頼むか?」
「……ジュースとか、ありませんか?」
思いっきり馬鹿にされたのがわかり、私はそれを無視して主人の方に訊く。
すると主人はクスクス笑いながら「ありますよ」とすぐに違うグラスを出してくれた。
赤い色のそれを飲むと程よい酸味に耳の下辺りがジーンとしびれた。
「美味しい!」
「それは良かった」
私は乾いた喉を潤すように一気にそれを飲み干した。
主人が作ってくれた、きのこや野菜のたくさん入ったピラフに似た料理を食べているときだ。
「銀のセイレーンが……」
耳に飛び込んできた声にびくりと手が止まった。
後ろの客たちだ。
「デマじゃねーのか?」
「や、それが本当らしいんだ。昨日までグラーヴェにいた知り合いに聞いたんだからな」
「でも捕まえたんだろ?」
「それがな、一度捕まえたんだが逃げられちまったらしい」
そのとき、コツンと足に何かが当たり、私は呪縛から解かれたようにラグに視線を向けた。
知らず嫌な汗が出ていた。
「構うなアホ」
ラグがこちらを見もせずにひそめた声で言った。
(そ、そーだよね、普通にしてなきゃ……)
私は再び料理を口に運ぶ。
その間も背後の会話は続いていて。
「そーいや昼間珍しく兵が巡回してたな。そのせいか」
「銀のセイレーンなぁ……。この国に現れたってことは、オレ達ももう終わりってことか?」
「まさか、こんな小さな町にまで手ぇ出さないだろ。狙うとしたらまずグラーヴェ城だな」
「怖ぇ怖ぇ。それって女なんだろ? どんな女なんだ」
「銀の髪で、異国の服を着ているとしか……」
あんなに美味しいと感じた料理も今は味がわからない。
(兵士がもうここまで来てたんだ……)
もしかしたらまだいるかもしれない。
そう思ったらスプーンを持つ手が震えた。――と。
ガタンッ
その音に驚いて見るとラグが椅子から立ち上がっていた。
「ご馳走さん。勘定頼む」
(な、なんだ……)
ホッとしながらも心臓の音がドクドクと鳴り止まない。
「お前も早く食っちまえよ。今日中にまだ行きたいとこがあんだ」
「う、うん!」
私は残っていた料理を早急に平らげた。
「ありがとうございました」
穏やかな主人の声に見送られながら私たちはその店を後にした。
「オレはあの時ガキだった。お前も今は着替えてる。髪も力を使わなきゃ銀じゃねぇ。知らねぇ振りしてりゃ見つかりっこねーよ」
街灯も無い、家々から漏れる灯りだけが頼りの薄暗い道を歩きながらラグが言う。
「うん……」
頷きながらも周りの目が気になってつい視線をうろうろとさせてしまう。
何も悪いことはしていないのに、なんだか犯罪者になってしまったような気分だ。
私は澄んだ夜気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。




