70.証
そのにやけた顔を見た途端、全身に震えが走った。
思い出したくないのに、あの時の恐怖が一瞬にして蘇る。
でもそのとき肩に優しく手が置かれ、それがセリーンの手だとわかりなんとか耐えることが出来た。
(しっかりしなきゃ!)
私は気持ちを奮い立たせ精一杯カルダを睨みつける。
ラグが自分で倒したドアを踏みつけながら中に入っていき、今度はカルダではないもう一人の男が慌てるように喚いた。
「な、なんなんだお前達は!」
その男はカルダに比べると大分軟弱そうだった。身体つきも態度も。
しかし先ほどの会話からして、カルダよりも上の立場のようだ。カルダはそのことを全く気にしていない様子だったけれど。
「へっへへ、言った通りだったろうが。こいつが俺が見た怪しい女だ!」
カルダが嬉しそうに私を指差す。
「まさか3人もいやがったとはな。見ろ。あからさまな不法入国者じゃねーか。お前ら、一体どこから入って来やがった。何のためにあの村にいやがった!」
不法入国者。その言葉に私はどきりとする。
確かに、私たちは何の手続きもしないままこの国に入ってしまった。やはり、この世界でもそれは犯罪行為になってしまうのだろうか。
(だとしたら、めちゃくちゃマズイんじゃないの!?)
一気に不安になった私はラグの背中を見つめる。
だがラグは全く動じる様子なく、徐に腰のナイフに手を掛けぎょっとする。
(まさか、斬りかかるつもり!?)
しかし違った。
ラグは引き抜いたそのナイフを横にかざすと酷く冷静な声で言った。
「オレの名はラグ・エヴァンス。調査のためこの国へ来た」
それを聞いた途端、カルダたちの顔が驚愕に歪んだ。
「ストレッタの魔導術士!?」
カルダではない、もう一人の男がラグのナイフを見て完全に裏返った声を上げた。
カルダの態度もその瞬間から豹変する。先ほどまでの威勢はどこへやら、気持ち悪いくらいの愛想笑いを浮かべたのだ。
「こ、これはとんだ失礼を。まさかこんな辺鄙なとこにストレッタの術士様がいらっしゃるとは思いませんで……」
なぜラグがストレッタの術士であるとわかったのか、それはこの後すぐにわかった。
ラグがもう不要と判断したのか慣れた手つきでナイフを腰に収めた、そのときだ。
(あっ)
見覚えのあるものがナイフの柄の部分にはめ込まれていた。
それはルバートの街に入るとき、ラグが身分証として兵士に見せたバッジのようなもの。
それを見た兵士たちが今のカルダたちと同じように酷く驚いたことを思い出す。
あの時はその意味がわからなかったけれど、今なら少しわかる。
特別で圧倒的な力をもって今このレヴールを支配しているという、“魔導術士養成機関ストレッタ”。
――そこの術士だという“証”なのだろう。
「しかし、調査とは一体……? 俺たちは何も聞いちゃいませんが」
カルダが引きつった笑顔で訊く。
私もそれは気になった。
(調査って……?)
すると、ラグは抑揚のない声でとんでもないことを口にした。
「お前たちはまだ知らないだろうが、ランフォルセに『銀のセイレーン』が現れた」
「!?」
私は思わず声を上げそうになってしまった。
(言っちゃって大丈夫なの!?)
しかし彼のことだ、きっと何か考えがあるのだろうと、私は極力動揺を顔に出さないようにカルダたちをじっと睨みつけていた。
カルダはラグが何を言っているのかすぐには理解できなかったのだろう、大きく眉を寄せ確認するようにもう一度その言葉を繰り返した。
「銀のセイレーンて、あの伝説の……ですかい?」
「あぁ、そうだ。そのときに闇の民を一緒に見たという目撃情報があってな。それでストレッタからこうしてオレが派遣されてきたわけだ」
こちらがヒヤヒヤするような事実と嘘を、ラグはスラスラと口にしていく。
案の定、カルダの顔から笑みが消えていた。
私が言うのもなんだが、いきなり言われて信じられる話ではないだろう。
「それならそれで、俺たちに先に言ってくれたら良かったじゃないですかい。そしたらこんな、」
「混乱を避けるため、出来る限り内密に調査し、終わり次第すぐに戻るつもりだった。内容が内容なだけに、な。……まぁ、結果その件については問題はなかったんだが、帰るに帰れなくなってな」
それまで事務的だったラグの口調がそこで変わる。
「つい先刻、村の農園から突然火の手が上がった。この嵐のお蔭で幸い村は無事だったようだが、農園の作物は全滅だった」
「そ、そうなんですよ! 俺たちもこれは不味いってんで、今その話しをしていたところなんで」
額にびっしりと汗を浮かばせながら、それでもしらばっくれるカルダ。
ラグは続ける。
「この国の農園には確かストレッタもかなりの額を出資していたはずだ。もし何者かが故意に火をつけたのであれば、ストレッタも黙ってはいない」
「……っ」
カルダの顔から完全に笑みが消える。
私もここの農園がストレッタと関係していたとは思わなかった。いや、これもラグの嘘なのだろうか……?
「お前があの村の担当か。何か心当たりは?」
「い、いや、俺は何も知りませんです」
「……なら、これは知っているか? オレたち術士の中には特殊な力を持った奴がいてな、万物の声が聞こえるんだ。例えば、炎に焼かれていく草木の悲鳴、とかな」
ぞっとするような低い声音。
その力を持っているのは神導術士であるライゼちゃんで、ラグにその力はないはず。
でもまるでラグにもあのときの悲鳴が聞こえていたかのように、その声には怒気が含まれていた。
と、そのときだ。
「!?」
急にこちらを振り返ったラグに腕を取られ、私はそのまま強引に引き寄せられた。
「お前、さっきこの女がどうとか言っていたな」
ラグのすぐ隣に立たされた私を見て、カルダの表情が強張る。
「こいつはオレの連れでな、調査の助手にとストレッタから連れてきたんだ。こいつが、その特殊な力を持っている」
(えぇ!?)




