69.白い家
村を出た先は再び鬱蒼とした森の中だった。
しかしこれまでと違っていたのは、そこにはちゃんと人が通るための道が出来ていたこと。
その道をまっすぐに進んでいくと程なくして向こうに水平線が見えてきて、赤茶けた色の地面に徐々に白い砂が目立つようになってきた。
雨足は依然弱まらず、私は目に雨水が入らないように手で庇いながらラグの後を追っていた。
すでに靴はぐしょ濡れの状態で、足が地面に着く度グチャと嫌な感触がした。
前を行くラグに訊きたいことはたくさんあったけれど、その背中が質問を一切拒否しているように見えて声を掛けられないでいた。
(どうするつもりなんだろう)
本当にカルダが火をつけたのなら絶対に許せないが、確かな証拠がないのだ。怒鳴り込んで問い詰めたとして、あのカルダが簡単に吐くとは思えなかった。
それにもし認めたとしても、よそ者の私たちにはどうすることも出来ない。下手をすれば私たちの方が不審者として捕まってしまいかねない。
(でもそんなこと、ラグだってわかってるはずだよね)
彼は感情任せに後先考えず行動するタイプではない。きっと何か策があるのだ。
あれから何も言わず私の後ろにいてくれるセリーンも、それをわかっていて彼について来ているように思えた。
雨雲を映し不安を煽るような色をした海に向かい30分ほど進んだ頃だろうか、木々の間から村の住居に比べると随分と立派な白い建物が見えてきた。
「あれかな?」
「多分な」
答えてくれたのは背後のセリーン。
ラグはやはり何も言わなかったが、先ほどよりも少し足を速めた。
森を抜けると目の前に黒く荒れた海が広がった。激しい雨音と潮騒の音が煩いくらいに耳に響く。
(天気が良かったら、きっとすごくキレイだったろうなぁ)
視線を浜辺に戻すと沖に向かって伸びる長い桟橋らしきものが確認できた。
今は一隻も船は泊まっていなかったが、もうすぐここにヴィルトさんが言っていたランフォルセからの連絡船が来るのだろう。
白い建物は丁度森との境に建っていた。
その窓からはほのかに灯りが漏れていて、確かに中に人がいるのだとわかった。
私たちは木々の陰に隠れるようにしてその建物へ近付いていった。
「どうするの?」
ログハウス風の建物の目の前まで来て、私は小さくラグに声をかけた。
するとラグは何かに気付いたように正面のドアではなく、灯りの漏れる窓へと近寄った。
窓の横の壁を背にして中の様子を伺うラグ。私もセリーンもそのすぐ後ろについて背を低くした。
すると、中からぼそぼそと人の声が聞こえてきた。
「話し声! やっぱり二人いるんだ」
私が小さく言うと、黙れというようにラグに睨まれてしまった。
耳を澄ませていると、どうやら中にいるカルダともう一人は揉めているようだった――。
***
「全くどうしてくれる! また収穫が減ったと総督にどやされるのは俺なんだぞ!」
「うるせぇな。問題ねぇって言ってるだろうが」
後から聞こえてきたそのやる気の無い声はカルダのものに間違いなかった。
瞬間あの時のことを思い出しそうになり、小さく頭を振って私はもう一度耳を澄ませた。
「何が問題ねぇだ! 何で火なんか付けたんだ!?」
カルダ以外のもう一人のその怒鳴り声に、私はセリーンと目を見合わせた。
「気に食わねぇんだよ、村の奴ら。絶対に何か隠してやがんだ。だから思い知らせてやったのよ、この俺に逆らうとどうなるか、な。……それに、俺が見たあの女」
「女、女って、酔っ払って見た幻覚なんじゃないのか!?」
「幻覚じゃねぇって言ってんだろうが! 見せただろうこの腹の痣! あの女が出てきやがったらこっちのもんだぜ。とっ捕まえて、上にはそいつが火を付けたと言えばいいじゃねぇか」
そして、へっへへとあの厭らしい笑い声が聞こえてきた。
私はあの黒焦げになった農園を思い出し、強く拳を握った。
もう一人の男は当然ながらまだ納得していないようで。
「出てこなかったらどうする気だ! それでなくともあの村はいつもいつも収穫が少ないってのに……あぁ、また総督に怒鳴られちまう。お前も覚悟しておけよ!」
「うるっせぇな。初めから言ってただろうが、俺にゃ向かねぇ仕事だってな。あー、こんなトコとっととおさらばして早く国へ帰りてぇぜ……」
***
どこまで自分勝手な奴なんだろう。怒りで自分の身体が震えていた。
と、目の前にいたラグが動いた。
ひさしのある正面に回った彼はドアの前で濡れて目に掛かってしまっていた前髪を鬱陶しげに払った。
いよいよカルダと対面するのだ。
「ラグ、やっぱり私が」
でも私が言い終わらないうちに、なんと彼は目の前のドアに思い切り蹴りを入れた。
凄まじい音を立てて、向こう側に倒れていくドア。
あまりの行動に目をまん丸にしていると、すぐにドタドタと激しい足音が近付いてきてカルダともう一人の男が姿を現した。
「なんだテメェらは!」
こちらに向かいそう怒鳴ったカルダの目が、私を見つけてニヤリと歪む。
「そうか、早速炙り出されてきたってわけかい」




