68.雨の農園
丁度森を抜ける頃、雨がぽつりぽつり降り出してきた。
そしてそこに辿り着いたときには打ちつけるような激しい豪雨となって私達の全身を濡らしていた。
そこは、農園のようだった。
つい先ほど話していた甘いお菓子になる果実だろうか。
広い柵の中にはたくさんの低い樹木が均等に植えられていて、地面には丸い果実らしきものが散らばるようにして落ちていた。
その全てが、真っ黒になっていた。
雨を避けられる場所ではまだぱちぱちと小さく火が爆ぜている。
つい先ほどまで、この農園は炎に包まれていたのだ。
その無惨な姿を前に、ライゼちゃんは放心したように座り込んでしまった。
頭の布が外れ、その白い髪が露になる。
――あまりのことに、私も言葉が出なかった。
先ほどライゼちゃんが聞いたという悲鳴は、この農園の樹木たちの声だったのだろうか……。
「ライゼ様、ですか?」
その時、背後で男の人の声がした。
振り向くとそこには、いつの間にか数人の村人たちが立っていた。皆、全身煤だらけだ。
その中の一番年老いた男の人が前に進み出て言う。
「なぜ、ライゼ様とヴィルト様がこのような場所に……? この方々は一体」
余所者の私たちを見て明らかに警戒している様子だ。
と、ライゼちゃんは漸くそこで立ち上がり、真剣な顔つきでその人たちの前に立った。
「この方々のことは後で説明します。それよりも、これはどういうことです。一体何があったのです」
「私たちにもさっぱりなのです。いつものように作業をしていたら、突然火が上がったのです。あっという間に燃え広がり、この有様です……」
その老人は力なく頭を垂れた。
「怪我人や逃げ遅れた者は……皆無事なのですか?」
「それは大丈夫です。早くに気付けたので、皆無事でした。……ですが、この雨が降っていなかったらと思うとぞっとします」
農園のすぐそこには民家がある。
嵐が来ていなかったら、そこにまで燃え広がっていたかもしれないのだ。
「あ、あの、」
老人の後ろにいた痩せ細った男の人が言い辛そうに声を上げた。
「今日、珍しくカルダが園内の様子を見に来ていました」
その言葉にライゼちゃんは目を見開く。
「確信はありません。ですが……」
「だが、カルダだってテテオの収穫が無ければ困るはずだ! なんでこんな」
また違う男の人が悔しそうに声を上げた、そのときだ。
「あの野郎は今どこにいる」
私の真横で低い声が上がった。
「ラグ?」
「どこにいる」
彼は私を無視してもう一度繰り返した。
訊かれた男の人は一瞬怯えたような顔をしてから口を開いた。
「あ、あの、もう駐在所に戻っているかと……」
「それはどこだ」
「この農園を抜け更に行くと船着場がある」
男の人に代わり、その方角を指差したのはヴィルトさんだった。
「そこに建っている白い家だ。行けばわかる」
言われてすぐ、ラグはそちらに足を向けた。
私は慌ててその後を追う。
「ラグ、待ってよ! どうしたの? 急に」
私は心配そうなライゼちゃんを何度も振り返りつつ訊く。
先ほどの彼の横顔を見るに、どうやら物凄く怒っているよう。
私だって、カルダの名前が出たときには怒りで全身に鳥肌が立ったほどだ。
でもラグは、ついさっきまで面倒そうに私たちの後をただついて来ているだけだった。
農園に火をつけたことが、そんなに許せなかったのだろうか……?
「ついて来るな!」
こちらを振り向きもせずに怒鳴られ、私は驚く。
「な、なんで」
「オレひとりで奴に会いに行く」
「!? でも、私が行かなくちゃ意味がないし、私も行く!」
雨音にかき消されないよう大きな声で言い返すと、彼はイラついたように足を止めこちらを振り向いた。
凄い形相で睨まれたが、私も負けじと睨み返す。
伊達にこの世界に来てからずっと一緒にいるわけじゃない。私だって少しは強くなっているし、彼に対して耐性がついてきているのだ。……全く怖くないと言ったら嘘になるけれど。
と、セリーンがそんな私の傍らに立ち言った。
「カノンは私が守る。心配するな」
「セリーン!」
すると彼は大きな舌打ちをひとつして前に向き直った。
「勝手にしやがれ!」
「うん、する!」
私は強く答える。
と、激しい雨音に紛れライゼちゃんの声が聞こえてきた。
「カノンさん!」
私は手を振りながら大きな声で叫ぶ。
「ライゼちゃん! こっちは大丈夫だから、ライゼちゃんは早く村の人たちを安心させてあげて!」
「どうかお気をつけて!」
私はまた歩き出してしまったラグを追いかけながらも手を振って答えた。
――いよいよ、カルダと再びの対面だ。
私は気を引き締めて、ぬかるんだ地面をバシャバシャ音を立てながら進んだ。




