67.謎の悲鳴
――ざっ、ざっ。
鳥達の声が高く響く森の中を私達は進んでいた。
木々の天井からは陽の光がいくつもの筋となって地面に降り注いでいて、その幻想的な風景はつい数時間前に入った不気味な森とはまるで別の場所のようだった。
しかし蒸すような暑さで、まだ10分ほどしか進んでいないというのに、すでに服の下は汗ばんでいた。
(こんなに天気良いのになぁ……)
ライゼちゃんが森に入る直前、今日は昼頃から嵐になると言ったのだ。
木々の隙間から見える空は雲ひとつない晴天で嵐が来るとは到底思えなかったが、神導術士であるライゼちゃんが言うのだから間違いないのだろう。
それが彼女の力なのだから。
彼女曰く、元々この国は降水量が多いらしい。
高温多湿。――私はふと学校で習った“熱帯雨林気候”という単語を思い出していた。
でもこれは絶好のチャンスなのだ。
嵐のときならば流石にカルダも外には出ないはず。ライゼちゃんが村に行くなら、嵐の最中が最も安全だ。
だから私達は嵐が来る前に村の近くまで行き、雨が強くなってから村に入るつもりでいた。
でも念のため、容姿の目立つライゼちゃんは軽く変装していた。
と言ってもカツラやカラーコンタクトがあるわけではないので、頭からローブのように布を羽織っているだけなのだが。
私とセリーン、ラグの三人は森を抜けてからライゼちゃん達と別れカルダの元へ向かうつもりだ。
そう。ラグはセリーンの言ったとおり、ぶつくさ文句を言いながらもついて来てくれていた。
振り返らなくても、最後尾にいる彼が今どんな顔をしているのか容易に想像できる。
(きっと、ものすっごく不機嫌な顔してるんだろうなぁ)
たまに聞こえてくる舌打ちは聞こえないふりをして、私はライゼちゃんたちの後ろを歩いていた。
ちなみにブゥはいつもの定位置でとっくにお休み中である。
「――あ、そうだ。ライゼちゃん」
「はい」
「あ、その、さっき術を使うとライゼちゃんの寿命がって……私、昨日」
振り向いてくれた彼女に、私は尻すぼみになりながら言う。
――ずっと、気にかかっていたのだ。
昨夜、私は彼女に頬の傷を治してもらった。ということは、私は彼女の寿命を縮めてしまったのではないか。
すると彼女は私の言いたいことを察してくれたのだろう、優しく微笑んでくれた。
「大丈夫です。あの程度の術はラウトにいつも使っているんですよ。あの子、良くあんな擦り傷を作ってくるので」
「そうなの?」
「はい。寿命が縮むというのは、先ほどのブライトのような生死に関わる酷い怪我を癒す場合で……ですから今は戦時中でない分、私は母よりずっと長く生きられるはずなのです」
「そう、なんだ……。治してくれて、本当にありがとうね」
頬に触れながら改めてお礼を言うと、彼女はもう一度にっこりと笑ってくれた。
と、セリーンが続けて彼女に訊ねた。
「確か、ランフォルセから派遣されて来ているのは、一つの村にひとりかふたりと言っていたな。カルダはひとりだけなのか?」
「はい、普段ベレーベントにはカルダひとりしかいません。ですが、たまにもうひとり見回りにやってくると聞いています。その者が駐在員の中では一番階級が高いようなのですが、その者もカルダには手を焼いているようです」
「じゃあ、もしかしたらその人もいるかもしれないってこと?」
「いると思っていた方がいい」
そう答えてくれたのはヴィルトさんだ。
「テテオの収穫時期が近い。連絡船もそろそろ着く頃だ」
「テテオ?」
聞き慣れない単語だ。すると、すぐにライゼちゃんが教えてくれた。
「テテオはこの国でしか採れない果実です。そのままでは食べられないのですが、加工するととっても甘いお菓子になるんですよ」
「へぇ!」
思わずクッキーやケーキが頭に浮かんでしまい、こんなときだというのに危うく涎が垂れてしまうところだった。
そういえばこの世界に来てからというもの、ほとんどお菓子など食べていない。
(あ、ラグからチョコをもらったっけ)
ライゼちゃんが少し寂しそうな笑顔で続けた。
「昔は私もよく食べていましたが、今は収穫された分は全てランフォルセに渡ってしまうので、もうずっと食べていません。……出来ることなら、また食べたいです」
「き、きっと、絶対また食べられるようになるよ!」
「そうですね。きっと――」
ライゼちゃんは笑顔で答えてくれた。
でも次の瞬間、その足がぴたりと止まった。
「ライゼちゃん?」
「声が……たくさんの悲鳴が聞こえます!」
「悲鳴!? え、で、でも何も聞こえないよ?」
耳を澄まして辺りを見回すが、聞こえるのは鳥達の高い囀りだけ。たまにその中に悲鳴に似た鳴き声も混じっているけれど、それは先ほどからずっと聞こえていた。
まだ村までは大分ある。村人たちの声も聞こえないはずだ。
でもライゼちゃんはまるでその悲鳴が耳元で聞こえているかのように辛そうに耳を塞いている。
「ライゼ?」
「いけない! 村が……!!」
ヴィルトさんが肩に手を置こうとした瞬間、彼女はそう叫ぶと急に走り出してしまった。
「ライゼちゃん!?」
私たちは驚き、慌てて彼女の後を追った。




