71.決着
まさかの展開に私は焦る。
でもそんなハッタリもカルダには効果抜群だったらしく、その顔が面白いほどに青ざめていた。
私は動揺を隠し、ラグのハッタリに合わせ思いっきりカルダを睨みつけた。
「で、教えてくれたそうだ。農園の草木が最期の力で、誰が、自分たちに火をつけたのかをな」
続けて「そうだな?」と訊かれ、私は大きく頷く。
そしてこれまでの憤りを全てぶつけるように、カルダに向かい指を突きつけた。
「あなたが、あの農園に火をつけた!」
「ぐぅっ」
小さく呻きその場から一歩後退ったカルダが後ろにいた男とぶつかる。
それだけのことで後ろの男はバランスを崩し床に倒れこんだ。その男は顔面蒼白。立ちあがろうともせずに、ただこちらを見上げている。
ラグの詰問はまだ終わりではなかった。
「それともうひとつ。……お前、昨夜こいつに何をしたか、覚えてないわけねぇよな?」
カルダの顔に再び動揺が走る。
それを見てか、ラグが口の端を上げた。
「――ストレッタの術士に手を出すなんざ、いい度胸してるじゃねぇか」
その言葉がとどめとなったのか、カルダがその場にがくんと膝をついた。
顔を伏せ、力無く肩を下ろしたその姿はとても小さく見えた。
(終わった……?)
そう思った。
でも、カルダはまだ観念したわけではなかった。
「……ストレッタが、なんだってんだ……」
小さく聞こえた、そんな声。
そして次の瞬間、こちらを見上げたカルダの凄まじい憤怒の形相に私はビクっと肩を竦めた。
「魔導術士がなんだってんだ!!」
そんな怒声と共に再び立ち上がった彼の手には、いつの間にかナイフが握られていた。
ラグは私を後ろに突き飛ばし、すぐさま腰のナイフに手をかけた。
「ラグ!」
セリーンに受け止められた私は悲鳴を上げる。
しかし焦ったのは私だけではなかった。
「お、お前何を!? この人は、あの――」
後ろで倒れていた男がカルダを制止するように何か言いかける。だが、
「うるっせぇ! こいつら皆殺しちまえば、真実も消えてなくならぁあああーー!!」
カルダはそう叫びながらナイフを振り上げこちらに向かってきた。
こんな至近距離では術を使う暇もない……!
「セリーン!」
咄嗟に私を庇うように前に出ていたセリーンの腕を掴む。だが彼女は動かず、ただ涼しい顔で彼らを見つめるだけだった。
ドンっと鈍い音がその場に響く。
恐る恐る視線を戻すとカルダはまだナイフを振り上げた格好のままだった。だが、その目は大きく見開かれ、だらしなく開いた口から掠れた呻き声が漏れた。
手からナイフが零れ落ち、乾いた音を立てる。
ラグが離れると、支えを無くした身体はゆっくりと崩れ落ちていった。
(――し、死んじゃった?)
だがラグの左手に握られたナイフに血は付いていなかった。
おそらく、ナイフの柄でカルダのナイフを防ぎ、鳩尾に強烈な右拳を打ち込んだのだ。
これまで何度かラグの闘い方を見てきたけれど、とにかく彼の動きは素早い。
今も、カルダのナイフが振り下ろされるより早く、その懐に飛びこんだのだろう。
どう見ても体格では相手の方が勝っているというのに。
――やはり彼は、とんでもなく強い。
思わず、ごくりと喉が鳴っていた。
右手に持ち替えたナイフを鞘に仕舞い、彼はもう一度気を失っているカルダを冷たく見下ろした。
ずっと響いていたはずの激しい雨音が、思い出したように耳に入ってくる。
と、呆然と一部始終を見ていたもう一人の男が、自分に向けられたラグの視線に気付き、ヒっと情けない悲鳴を上げた。
「お前が、ここの責任者か?」
「は、い、いえ、次の連絡船で総督が来られるはず、です」
「その連絡船はいつ着く」
「お、おそらくもうそこまで来ているはずで……は、早ければ明朝には……」
「なら、そいつにこの男のしたことを全て話せ。放火に暴行、それとストレッタに対して吐いた暴言、全部だ。わかったな」
「は、はい!」
「それまでこいつは逃げないように縛ってどこかに転がしておくんだな」
「はい!」
ラグの言うことに、まるで小さな子供のようにこくこくと頷き返事をする男。
そして、ラグは最後に告げた。
「それと、今後同じことが起きないよう、派遣する人間は十分厳選するようにと伝えろ」
私はハっとして、男に背を向けこちらに歩いてくるラグの顔を見上げた。
そこからは何の感情も読めなかったけれど、彼は、もうこの国にカルダのような人間が派遣されることがないように言ってくれたのだ。
そしてその言葉にも、男は大きく返事をしたのだった。
「戻るぞ」
すれ違いざま短く言われ、私は戸惑いながらも頷きそれに続いた。
その家を出てもう一度振り返ると、男は未だ怯えた顔でラグの背中を見つめていた。
外はまだ雨が降っていたけれど、先ほどより弱まった気がする。
視線を上げると、海の向こうの空が少し明るくなってきていた。
きっと、もう間もなくこの雨は止むだろう。




