65.ブライトの話
夜が明け、徐々に気温が上がってきていた。
ブライト君は一命は取り留めたもののまだ起き上がることは出来ず、木陰で横になったまま深刻な顔で話しはじめた。
「カルダにライゼ様のことを知られてしまったかもしれません」
「!?」
皆息を呑んで先の言葉を待つ。
悔しそうに顔を歪めながら彼は続けた。
「カノン様たちと別れた後、私は村中に声を掛けて回ったのですが、やはり誰も出て来てはくれず……仕方なくクラールの元へ戻ったのです。そこに奴が……」
***
私とクラールを見て、カルダは大して驚きもせずいつものにやけた顔で言いました。
「ほお、目を覚ましやがったのか。だったら明日から早速働いてもらうぜ」
「明日はまだ無理です! 先ほど目を覚ましてくれたばかりなので、最低でもあと3日は安静に」
「はっ、それでなくてもこの村の奴らは仕事がトロくてなぁ、このままだとこの俺が上にとやかく言われちまうんだよ。目を覚ましたんなら食いものを食うんだろーが。食うなら働け、働けねぇなら食うな。簡単なこった」
「くっ……」
「それよりてめぇら、変な女を見なかったか? この国の女じゃねぇ、若い女だ」
――来た、そう思いました。やはりカルダはカノン様を捜していたのです。
勿論、私は知らないふりをしました。
「さぁ、知りません」
「そうかい。村の奴らがなぁ、何か知らんが怯えてやがんだ。そんで、そのガキの名前が出たんでここに来たんだが。……もう一度訊くぜ。女を見なかったか?」
「知りません」
「……隠したって良いことねぇぜ。折角目を覚ましたのになぁ。可哀想になぁ」
カルダはにやけた笑みを張りつかせて横たわるクラールの元へ近付いていきました。
そして、庇って前に出た私を待ってましたとばかりに殴ったのです。
奴はずっと私のことが気に入らなかったのでしょう。
医者という名目上、私にはこれまで表立って手を出せなかったようですから。
奴の暴力には容赦がなかった。……意識が遠のき始めたときでした。
「もうやめてください。あの人はライゼ様の……っ」
クラールが、見かねてそう言ってしまったのです。
「く、クラー、ル……っ」
「あぁ? ライゼ“様”だぁ? 誰だそれは、聞いたことのねぇ名前だなぁ」
「あ、あ……」
「カルダ! クラールはまだ目を覚ましたばかりで頭が混乱しているんだ。八つ当たりなら、私にしろ!」
「はっ、流石は優しいお医者様だ。そんじゃ、遠慮なくやらせてもらうぜ!」
――正直、もう駄目かと思いました。
飽きたのでしょう。漸くカルダが私から手を離したときには、もう目を開けているのがやっとでした。
「ぺっ、つまらねぇ!」
そう吐き捨て、カルダは家を出て行きました。
クラールが泣いていました。
「ごめんなさい、ブライト様。僕……」
「いえ、しかしこのままでは……。クラール、ひとりで平気ですか? 私は、ライゼ様に、このことを伝えに行きます」
「はい。僕はもう平気です。でも、ブライト様が」
「私は医者です、よ。……大丈夫。あなたはまず、自分が元気になることを一番に考えなさい。ライゼ様、そしてラウト様のためにも。わかりましたね」
「はい!」
そうして、私はクラールの家を後にしました。
***
「――あれで、カルダの気が治まったとは思えません。最悪、村の者が脅されてこの場所を話してしまうことも考えられます。ですから、その前にどこかへお逃げ下さい、ライゼ様!」
ブライト君の目は真剣そのものだ。
それを伝えるために彼は命がけでここまで来たのだ。ライゼちゃんの守り役として。
――でも。
「私はどこへも逃げません」
ライゼちゃんはそんなブライト君の目を見てきっぱりとそう答えた。
「ライゼ様!?」
「村の皆が混乱している最中、私だけが逃げるなんて出来ません。……決めました。私が村へ行き、カルダに直接交渉しましょう。今後、村の者へ一切の暴力を振るわぬよう」
その言葉にラウト君、そしてヴィルトさんまでが目を見開いた。
「な、何を……! そんな、交渉などが通じる相手では」
「カノンさんの歌のことも、私が直接話したほうが皆安心するはずです」
「それは、そうかもしれませんが……い、いえ、ライゼ様が奴に会うなど冗談ではありません!」
「私だって、このフェルクレールトの民です!」
その叫びにも似たライゼちゃんの声に、ブライト君の身体がびくりと跳ねる。
「少しだけ皆と違う力を扱えるというだけ……。それだけのために、こうして安全な場所で皆に守られ、何もせず、そうしてただ死んでいくのは嫌なんです!」
(ライゼちゃん……)
ライゼちゃんのその悲痛な言葉にブライト君はショックを受けたように目を伏せてしまった。
――彼女が、危険を顧みず遠い地まで私に会いにきた理由。そして今こうして必死になっている理由。
すべてこの国の民を愛しているからだ。そして皆のために何かをしたいと思っているからだ。
彼女は最初から言っていた。ただ護られているのが辛いと。
(その強い想いに惹かれて、私は今このフェルクレールトの地に立っているんだ……!)
「カルダには、私が会いに行く」
「は!?」
声を上げた私に、皆の視線が一斉に集まった。




