63.お医者さん
その後ライゼちゃんは私の顔の傷に気付いてすぐに術で癒してくれた。――ラグと同じように。
魔導術士と神導術士。呼び名は正反対であっても、やはりふたりは同じ奇跡を起こせる術士なのだ。
でも依然として、ふたりが目を合わせることはなかった……。
歌のことは二の次だ。私たちはあのカルダという男のことを中心に話を進めた。
ライゼちゃんもブライト君と同じく、カルダは目を覚ましたらまず私を捜すだろうと言った。
ラグもカルダを蹴り飛ばしたりしているが、あれはあの男がブゥの攻撃によって昏倒した後。
カルダに顔を見られているのは私だけなのだ。
あの男ならきっと仕返しを考えるだろうと、ライゼちゃんはもう一度不安そうな顔をした。
――カルダは本当に最低な奴で、この国に派遣されたことに不満を感じているらしく、その腹いせに村人に嫌がらせをしたり暴力を振るったりしているのだという。
おそらく先ほど村でうろついていたのも、そのためだったのではないかとライゼちゃんは怒りに声を震わせた。
私が見つからないとなったら村の人に八つ当たりをするに違いないと、そこまで容易に行動が予測できてしまうような人物だった。
私は間近に迫ったあの男の顔を思い出し、怒りと嫌悪に吐き気すら覚えた。
残してきたブライト君が急に心配になった。
「ブライト君は見つかっても平気なの? その……他の国に連れて行かれたりとか」
体力のある若者は奴隷として他所の国へ送られたという話を思い出したのだ。
ブライト君は見た目ひょろりとしているけれど、他の村人に比べると健康そうな若者であるし見つかったらマズイのではないだろうか。
それに答えてくれたのは笑顔のラウト君だった。
「大丈夫だよ。ブライトはお医者さんだから」
「へ?」
私は思わず気の抜けたような声を出してしまっていた。
するとライゼちゃんはそんな私の反応に小さく笑って後を続けた。
「そうなのです。ブライトはこの辺りでは唯一医術の心得があるので、それゆえにこの国に残ることを許されているのです。フェルクの民が皆病に倒れなどしては作物の収穫が減ってしまいランフォルセも多少は困るのでしょう」
「……ブライト君が、お医者さん……」
私は呆然と繰り返す。
確かにブライト君はクラール君を看てあげていた。
でも私が想像する“お医者さん”とのギャップに俄かには信じられなかった。
と、その時急にライゼちゃんの顔が曇った気がした。
「本当はもう一人、医術の心得を持つ者がいたのですが……その者は戦にも長けていたためにどこかへ連れて行かれてしまいました」
「大丈夫だ。フォルゲンは必ず戻ってくる」
その声はそれまでずっと黙していたヴィルトさんのものだった。
低く、でも優しげな声音にライゼちゃんは目を伏せながら頷く。
なんとなく訊き辛い雰囲気はあったものの、私は気になってしまった。
「フォルゲンさんて……?」
はじめて聞く名だ。
すると今度も答えてくれたのは傍らにいた少年だった。
「フォルゲン兄ちゃんはね、ブライトの兄ちゃんで、姉ちゃんが将来結婚する人だよ」
……頭の中に相関図が出来上がるまでに少しの時間を要してしまった。
そして。
「えぇ!?」
思わず大きな声が出てしまっていた。
(ちょっと待って!? ライゼちゃんに婚約者がいるってのは知ってたけど……ブライト君の、お兄ちゃん!?)
なんだかものすごく複雑な事実を知ってしまった気がした。
しかも今の会話からその彼が行方知れずだということも。
(それはライゼちゃん心配だよね。……でも、ブライト君てばなんて辛い立場なの!?)
こんな時だというのに、そんなことを考えてしまう私は余程のお節介者だろうか……。
と、そんな私の驚き様を別の意味にとったのだろう、ライゼちゃんがいくらか笑顔を取り戻し話してくれた。
「ブライトの家系は代々医術に長けているのです。そして代々私たち神導術士を護ってくれています。しかし彼らの両親は戦火に巻き込まれ帰らぬ人となってしまい、フォルゲンもいない今、ブライトはひとりで私を護ってくれています。……彼はとてもフォルゲンを尊敬していたので、おそらく一番辛いのはブライトです」
「そう……だったんだ」
私は顔も知らないフォルゲンさんを想いながら、家族をバラバラにしてしまう戦争の悲惨さに改めて強い怒りと悲しみを覚えた。
「フォルゲンさんも他の人達も、早く帰ってくるといいね」
「はい」
気休めにもならない私の言葉に、ライゼちゃんはキレイな微笑みを返してくれた。
「で、どうすんだ?」
そんなしんみりとした雰囲気を破ったのはラグのイラついた声だった。
「今から村に戻るのか? それとも夜が明けてからにすんのか? オレはとりあえず寝たいんだがな」
そのあまりに不躾な物言いに思わずムッとしてラグを見るが、ライゼちゃんが焦ったように謝る方が早かった。
「申し訳ありません。皆さんがお疲れであることをすっかり失念していました。……私はブライトが戻るのを待とうと思います。村の状況を聞いてブライトを交えてまたお話いたしましょう。今は身体を休めてください」
そう言われたら思い出したように急な眠気がやってきた。
見ると、ラウト君も立ちながらうつらうつらしている。彼も相当疲れているはずだ。
同じように疲れているはずのブライト君には申し訳ないと思いながらも、結局、私たちはライゼちゃんに言われるまま仮眠をとることにした。
寝室で横になると、セリーンにお休みを言う間もなく呑み込まれるように意識が遠のいていった。
――そして、次に目が覚めたのは夜明け近く。
突如上がった甲高い悲鳴に一気に意識が浮上する。
飛び起きるとすぐにセリーンと目が合った。
「今のは」
「ライゼちゃん!?」




