61.帰途
「面倒なことにならねぇうちに、さっさとこの国を出た方がいいと思うがな、オレは」
「でも……」
私はぎゅっと拳を握る。
このまま村の人たちに、歌は恐ろしいものと思われたまま帰りたくなかった。
折角、子供たちには楽しいものだとわかってもらえたのに……。
「あっ!」
私が大きな声を出すと、皆が驚いたようにこちらを見た。
……重大なことを忘れていた。
「どうした?」
セリーンに訊かれ、私は青い顔を向ける。
「じ、実はさっき――」
私は、あの酔っ払ったランフォルセ人のことを皆に話した。
それを聞いて真っ先に顔色を変えたのはブライト君だ。
「そ、それはまずいです! その男はカルダと言って、暴力的でどうしようもない奴なんです。きっと目が覚めたらカノン様を捜すはず……いや、もう捜しているかもしれません! 早くライゼ様の元へお戻りください!」
「その方がいいな。行くぞ、カノン」
セリーンに言われ、私も頷く。
ブライト君は続けてラウト君へ真剣な顔を向けた。
「ラウト様、今はライゼ様のところへお戻り下さい。クラールは私が看ていますから大丈夫です」
「うん、わかった。……クラール、また遊ぼうな! 早く元気になれよ!」
すると、クラール君は初めて笑みを浮かべ頷いた。
それに安心したのか、ラウト君も笑顔で立ち上がる。
「でもブライト君は? ここに居て大丈夫なの?」
訊くと彼は私を安心させるように微笑んだ。
「ご心配なく。私は大丈夫です。それに、私は今夜中にもう一度村の皆を説得しに行くつもりです。ライゼ様のためにも……。さぁ、行ってください。私も明朝までにはそちらに参ります」
そう言った彼の顔はとても凛々しく、大人びて見えた。
あの、顔を真っ赤にして狼狽えていた少年と同一人物とは思えない程に。
そうして、私たちはクラール君の家を後にした。
ラウト君を先頭に、私達は夜の森の中、道なき道を走っていた。
この暗さにも流石に目が慣れてきたのか、手を引いてもらわなくてもどうにか進むことが出来た。
すぐ後ろにラグとセリーンが居てくれる安心感。
それに、すぐ目の前を飛んでいるブゥの白い身体が闇の中でも浮かんで見えて、道しるべのようになってくれていた。
(早く、早くライゼちゃんに……!)
ラウト君の身を案じているライゼちゃんとヴィルトさんの元へ一刻も早く戻りたかった。
そして、早く村でのことを話したかった。
村の大人たちを怖がらせてしまったこと。そしてあの、カルダという男のこと。
村に残り皆をもう一度説得すると言ったブライト君のことも気になった。
不安だらけで、気ばかり急いていた。
と、そのときラウト君が走りながらこちらを振り返った。
「ありがとうね、お姉さん」
「え?」
「やっぱりお姉さんにクラールのことお願いして良かった!」
無邪気な可愛い笑顔で言われて私は目を見開く。
「本当にありがとう!」
大きな声でもう一度言って、ラウト君は満足げに前に向き直った。
――力が、湧いてくる気がした。
不安は依然消えないけれど、それでもなんとか頑張れる気がした。
彼の笑顔に釣られるように私も自然と笑顔になっていた。
「でもラウト君。ライゼちゃんもお父さんもすごく心配してるみたいだから、一緒にちゃんと謝ろうね」
「うん……。きっとすっごい怒られるだろうなぁ。姉ちゃん本気で怒るとめちゃくちゃ怖いんだ」
そうぼやき心なしか肩を落としたラウト君を見てくすりと笑う。
「大丈夫だよ、ライゼちゃん優しいから。ちゃんと理由を話せばラウト君の気持ち、きっとわかってくれるよ」
それは自分の願望でもあった。
この国の人たちをとても大切に思っているライゼちゃん。
もしかしたら私はそんな彼女を失望させてしまうかもしれない。
私に期待してくれていたライゼちゃんだからこそ、先ほどあったことを全て話すのが正直怖かった。
でも……。
(大丈夫。ライゼちゃんならきっと、わかってくれるよね)
走りながら、私はまだ出口の見えない暗い森の先を見つめた。




