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My Favorite Song ~異世界で破滅導くセイレーンになりました!?~  作者: 新城かいり
第一章

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60.歓声と悲鳴


 歌が終わりを迎え、私は息をついて閉じていた目をゆっくり開いていく。

 どうか、クラール君が目を覚ましていますように……そう願いながら。


 でもその時、背後で大きな物音がした。

 驚き振り返ると子供たちの向こう、入口のところで壮年の女性がひとり倒れ込んでいるのが見えた。

 まるで腰を抜かしたようなその格好に、私はハっとする。


「ぎ、銀の、セイレーン……!」


 私の方を見上げ、震える声でそう呟いた女性は子供たちと同じく酷く痩せ細っていた。

 彼女だけではない。その後ろにも何人もの女性の影。

 皆目を見開きこちらを……私を凝視していた。


(まずい!)


 私は咄嗟に頭を隠す。髪がまだ銀色に輝いていたからだ。

 でももう遅い。完全に見られてしまった。

 子供たちではなく、何の説明も受けていない大人たちに。


 一緒に歌ってくれていたブライト君も今気付いたのだろう。その顔が可哀想なほどに青ざめていた。

 良く考えれば当然のことだった。

 子供たちがこの場にいるということは、私たちの歌が外にまで響いていたのだ。

 夢中だったとはいえ、そんなことにも気付かないなんて……!


「ママ?」


 ひとりの女の子が倒れこんでいる女性に不思議そうに声を掛けた。

 途端、女性はハっとしたようにその子に視線を向け、すぐさま立ち上がってその子の腕を掴んだ。


「何やってるのアンタは! 逃げるわよ!」


 その声は悲鳴に近かった。

 だが女の子は首を傾げ可愛い声で言う。


「なんで? 歌ってただけだよ? クラール君が元気になりますようにって」


 嬉しそうに話す女の子。

 でもそれを聞いた母親はショックを受けたように目を見開いた。


「歌ってたって、アンタ、なんてことを……!」

「私が説明します! こ、この方はライゼ様がこの国に」


 ブライト君がそう説明しはじめた時だった。


「クラール!」


 背後で大きな声が上がった。ラウト君だ。

 皆の視線が一斉にラウト君へ、そしてその傍らに横たわる少年に集まる。


「!」


 彼が……クラール君が目を開けていた。

 ぼんやりと上を見上げるだけだったけれど、確かにその目は開いていた。


「クラール! わかる!? 僕だよ、ラウトだよ!」


 そんな彼に必死で呼びかけるラウト君。

 すると天井を見つめていた黒い瞳がゆっくりとラウト君の方へと動いた。

 そして。


「ラ、ウ……ト?」


 掠れた小さな声。

 でも確かに、それはクラール君の口から出たものだった。

 ラウト君が身を乗り出し再び彼に声を掛ける。


「うん、ラウトだよ! よかった……よかったぁ~~っ」


 その声はそのまま泣き声へと変わった。

 子供たちからも歓声が上がる。


「……母さん……が、」


 クラール君が再び天を見上げながら口を開いた。

 その声は耳を澄まさなければ聞こえない程に小さかったけれど。


「……母さんと、父さんの声が、聞こえて……みんなの声が聞こえて、起きなきゃって、思って……」


 彼の目の端から一筋、涙が伝った。

 ラウト君がズーっと鼻をすすり、少し怒るように言う。


「うん、そうだよ。皆で、お前のこと呼んでたんだぞ!」


 私は自分もまた視界が潤んでいることに気付く。

 目を覚ましてくれた。

 想いが届いた。

 そしてラウト君が、子供たちが喜んでくれた……!


 でも感動に浸っている暇はなかった。


「今のうちに早く!」

「こっちに来なさい!!」


 その声に我に返ると、女性たちが一斉に子供たちを連れ家から飛び出して行くところだった。

 何も言わず必死な形相で入ってきて子供を抱え逃げていく人もいる。

 子供たちは皆、なぜ自分の親がこんなにも慌てているのかわかっていない様子だった。


 何も言えなかった。

 怯えながらも必死に子供を助けようとする母親の姿を、私はまるで人事のように眺めていた。


 ブライト君だけが何度も皆に声を掛けてくれていたけれど、聞く者は誰一人としていなかった。


 ――髪の色が元に戻る頃には、子供たちはもう誰も残っていなかった。



 さっきまであんなに楽しい合唱が響いていた家の中がシンと静まり返る。

 聞こえるのはラウト君の鼻をすする音だけだ。


「カノン」


 セリーンの気遣うような声に私は顔を上げる。

 彼女は私のそばに寄り「大丈夫か」と続けた。

 ブゥも私の肩にちょこんと乗って心配そうに顔を覗き込んでくれている。


「うん、大丈夫だよ。……でも、大変なことになっちゃった」


 ライゼちゃんは徐々に村の人に私のことを話すと言っていた。

 それは今のような混乱を避けるために違いない。それなのに……。

 と、皆を追って外に出ていたブライト君が戻ってきた。


「皆、行ってしまいました。……申し訳ありません。子供たちには、親にはまだ歌のことは秘密にするように言ってあったのですが」

「ううん、あの状況じゃしょうがないよ。私、みんなが一緒に歌ってくれてすごく嬉しかった」


 それは本心からの言葉だったけれど、浮かべた笑みはぎこちないものになってしまった。


「……でも、村の人たちを怖がらせちゃった」


 セリーンがそんな私の頭を撫でてくれる。


「だが、そのお蔭でその子が目を覚ましたんだ」

「うん……」

「私も、気配に気付いたときにすぐに止められれば良かったのだが、何も出来なかった」

「何も出来なくなるんだよ。お前の歌を聴いているとな」


 それまでずっと黙っていたラグが溜息交じりに言う。


「それがお前の、歌の力なんだろう。……あいつらにとったらそれだけで十分に恐怖だ」


 そういえば前にも歌っている間動けなかったとセリーンが言っていたことを思い出す。


「歌の力、か。凄いものだな。歌というものは」


 セリーンが難しい顔で呟いた。


「しかし一緒に歌っていた私や子供たちは普通に動けました。そういうものなんでしょうか……あっ!」


 思い出したようにブライト君はクラール君の元へ駆け寄った。


「大丈夫ですか? 気分は? 水は、飲めますか?」

「そうだ、喉渇いてるだろ? 水飲めよ。何も食べてないんだろ?」


 ラウト君もそう言いながら枕元に置いてあった水差しをクラール君の口へ持っていく。

 少量の水をクラール君が口に含むのを見て改めてホっとする。

 まだ元気とは言えないけれど、きっと彼はもう大丈夫だろう。


 と、ラグが面倒そうに言った。


「さぁて、どうなるか。武器を持って襲ってくるかもしれないぜ、あいつら」

「そ、そんなことはないと」

「言い切れねぇだろうが」


 ラグに遮られ、ブライト君は押し黙ってしまった。


 ……そうだ。

 ルバートでは兵士たちとは別に自警団の人たち……つまりは普通の街の人たちまでが私を追いかけてきた。


 その時の恐怖を思い出し、私はごくりと喉を鳴らした。



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