59.夜の大合唱
――どんな歌にしよう。
(子供が聴いて元気が出る歌、元気が出る歌……)
でも、その思考はラグの声によって遮られた。
「ちょっと待て、誰か来る」
「え!」
焦って入り口を振り返る。
こちらに近付いてくる足音。
――誰?
ラグが私の前に出た。その手はいつでも抜けるように腰のナイフに触れている。
ブゥもラグの頭から飛び立ち、威嚇するように入口を見据えた。
先ほど、ラウト君とふたりのときは酷く緊張したけれど、今はラグとブゥがいてくれる。絶対的な安心感があった。
と、外からぼそぼそと小さな話し声が聞こえてきた。
「ここにカノンがいるのか?」
「わかりません。でも、ここしか……」
その声にラグが肩の力を抜いたのがわかった。
私もすぐに立ち上がって入口に向かう。
「セリーン! ブライト君!」
こちらから顔を出すと、外のふたりはとても驚いた顔をした。
そしてすぐにほっとしたように笑ってくれた。
更には。
「ラウト君!」
そう、ブライト君の傍らに、ラウト君が酷く気落ちした様子で立っていたのだ。
ブライト君に説得されて戻ってきてくれたのだろう。よく見ればふたりとも汗だくだ。
「すみませんでした! ラウト様を追いかけるのに夢中で、――っ! ラグ、様もいらしてたんですね」
中に入ったブライト君はラグを見つけるなり急に表情を硬くした。
ラグは何も応えず、ただ彼を見下ろしている。
このふたりは……というよりブライト君は、やはりまだラグを信用していないのだろう。
それが見ていてよくわかる。ラグもそれに気付いていないわけがない。
私はそんなふたりの視界にわざと入るようにラウト君の前で腰を屈めて笑いかけた。
「良かった。心配したんだよ」
するとラウト君は私の顔をちらりと見上げ、「ごめんなさい」 と呟いた。
可哀想なくらいに落ち込んでいる彼に私はゆっくり首を振る。
「ううん、ラウト君の気持ちわかるもん。皆、わかってるよ。無事で本当に良かった」
「お前が言うな」
背後でぼそっとそんな声が聞こえた気がしたけれど。
「カノン、顔を怪我しているじゃないか」
セリーンの少し怒ったような声がして私は彼女を見上げた。
「あ、さっき転んじゃって。でも大したことないよ!」
「しかし、痕が残ったら事だぞ。早く手当てしなくては……あ~可愛い顔が台無しじゃないか」
「あ、ありがとう。それより、ライゼちゃんたち心配してなかった?」
「あ? あぁ――」
聞くと、やはり私とラウト君がいないことに一番に気付いたのはヴィルトさんだったそうだ。
そしてそれを知ったライゼちゃんは酷く取り乱し、すぐさま捜しに出ようとしたらしい。
当然だ。弟が行方不明になって家族思いの彼女ならじっとしていられないに決まっている。
ヴィルトさんとセリーンでなんとかそれを宥め、セリーンだけがこうしてここに来たということだ。
ラウト君の落ち込み様を見ると、きっと彼もそれを聞いたのだろう。
取り乱したライゼちゃんを想像して、私ももう少し考えて行動すればよかったと今更ながらに後悔した。
「でも、どうしてここだってわかったの?」
「ブゥの鼻のおかげだ。それをあの娘が聞いたんだ」
「ぶぅ!」
自分を褒められたのがわかったのか、ブゥは得意げに空中をくるりと旋回した。
でもそこでセリーンは急に半眼になってラグを見据えた。
「まぁ、それを聞いてすぐさまその男が走り出したお蔭で、私は道案内をなくしこうして遅れたわけだが」
「え?」
「うるせぇ! おいカノン、歌うんじゃねーのか?」
ラグに強く言われ私は慌てる。
「そうなの! 私、今歌おうとしてて。彼を、助けるために」
言ってクラール君に視線を向けると、セリーンの瞳が真剣な色に変わった。
私は皆にクラール君を歌で……銀のセイレーンの力で元気付けようとしていたことを話した。
すると、それまで俯いていたラウト君がぱっと顔を上げた。
「僕も、一緒に歌いたい!」
「そうだね。うん。ラウト君も一緒なら、絶対にクラール君元気になるよ」
そう言うと、やっとラウト君にいつもの笑顔が戻った。
「ブライトも一緒に歌おう!」
「え!? わ、私もですか、ええと……」
困ったように視線を向けられ、私は笑顔で答えた。
「うん、ブライト君も一緒に歌おう! 昼間の歌、覚えてるでしょ?」
「……わ、わかりました。精一杯やらせていただきます!」
拳を強く握り言ってくれるブライト君。
ラグとセリーンにはなんとなく頼み辛くて言えなかったけれど、ふたりとも私たちを止めることはしなかった。
今は見守っていてくれるだけで心強い。
そして私達3人はあの歌を、皆で作ったあの遊び歌を歌いはじめた。
銀に変わった髪が、いつもよりも強く輝いているような気がした。
セリーンとラグが、目を見開き私を見つめる。
――クラール君、お願い、元気を出して。
ほら、お友達のラウト君も、ブライト君もこんなに頑張って歌ってくれてる。
元気にならなきゃ!
そして、クラール君も一緒に歌おうよ!
そう、心で語りかけながら歌う。
そのとき、クラール君の眉が小さく、けれど確かに動いたように見えた。
それに皆気が付いたのだろう。ブライト君と、特にラウト君の声が更に大きく楽しげなものになった。
一度歌い終えても、まだクラール君は目を開けてくれなかったけれど。
「さっき、クラール目開けそうになったよね! ね!」
ラウト君が顔を紅潮させ興奮したように言う。
「はい、確かに! もう一度歌いましょう!」
ブライト君に言われ、私ももう一度最初から歌いだした。
……歌うことに夢中で、周りのことなんて全く気にしていなかった。
ラグとセリーンが何かに気付いて鋭く視線を交えたことも、ラウト君とブライト君がいつの間にか歌うのをやめたことも、私は知らずに……クラール君のことだけを考えて歌っていた。
――クラール君お願い、目を開けて。
あなたがいなくなると、悲しむ人がここにいるよ。
死にたいなんて思わないで、生きて、そして――。
「みんなで歌おう!」
ラウト君の大きな声で私は漸く気付く。
次の瞬間、歌声がわっと大きくなった。
後ろを振り向いて驚く。――ラウト君とブライト君だけじゃなかった。
昼間の子供たちが、クラール君に向けて大きな口を開けて歌っていた。
驚く私の顔を見て、みんなが笑顔で応えてくれる。
きっと、みんな歌声に気付いて集まってくれたんだ……!
そう思ったら、喉の奥がキュンと苦しくなって声が震えた。
クラール君の心に届くようにと、私と子供たちの大合唱が夜の村に響く。
――お願い、届いて……!




