58.大きな背中
ラグの腕を引っ張りながら一生懸命に走る。
でも気持ちとは裏腹に全然スピードが出てくれない。
足が棒のようになるとよく言うけれど、今まさにそんな感覚だった。
そんな自分の足にイライラする。――と。
「わっ!」
ラグが急に足を止め、私は危うく後ろに倒れてしまうところだった。
手を離して振り返る。
「はぁ、はぁ、……ラグ?」
「お前、本当にそれで走ってるつもりか?」
呆れたように言われムっとする。
これでも精一杯走っているのだと口を開きかけたが、ラグはスタスタとそんな私を追い抜きその場に腰を下ろした。
「え?」
「こっちのが早い。……早く乗れ」
いつも以上にぶっきらぼうな言い方。
「もしかして、負ぶってくれるの?」
「いいから早くしろよ! 急いでんじゃねーのか!」
「う、うん!」
私は少し戸惑いながらもラグの首に腕を回す。
前にも彼に負ぶってもらったことはあるけれど、あのときは少年の姿だった。
広くて大きな背中に、こんな時だというのにちょっとドキドキしてしまった。
と、彼の頭に乗っていたブゥがそんな私をじっと見ていて慌てて顔を引き締める。
――でもやっぱり、なんだかんだ言いながらも彼はいつも優しくて、頼りになる。
そのことがすごく嬉しくて、結局また顔が緩んでしまった。
ラグは私がしっかり背中に乗ったことを確認すると両足を担ぎすぐに立ち上がった。
「で、方向はこっちでいいんだな」
「うん! ここをまっすぐ!」
そして彼は私を負ぶって走り出した。
ラグの足は本当に速かった。私を負ぶっているとは思えないほどに。
あっという間にクラール君の家が見えてくる。
「あそこの家!」
指差すとラグは小さく頷き更にスピードを上げた。
――この世界に来てすぐに一度だけ見たラグの癒しの術。
私の傷ついた足を瞬時に治してくれた。
ラグなら、彼の癒しの術ならきっと……!
「下ろすぞ」
「うん、ありがとう!」
クラール君の家の前でラグの背中から下りた私はすぐに家の中に入った。
蝋燭が先ほどよりも大分縮んでいる。
その頼りなく揺れる小さな炎の下で、クラール君は先ほどと変わらずただ静かに横たわっていた。
酷く弱いながらも胸が上下しているのを確認してホっとする。
続いてラグが家の中へ入ってきた。
「この子、クラール君ていうんだけど、もう何日も何も食べてないんだって。なんとかラグの術で元気にしてあげられないかな」
説明しながらラグを見上げ、気付く。
彼は目を見開きクラール君を凝視していた――と思ったが違う。その青い瞳は焦点が定まっていない。
そしてその腕が小刻みに震えていた。
「ラグ?」
「!」
声を掛けると彼はビクリと反応して、焦ったようにこちらに視線を向けてきた。
心なしか顔色が悪い。
「大丈夫? なんか」
「あ、あぁ。いや、……大丈夫だ」
「でも」
全然大丈夫そうじゃなかった。
彼の頭の上に乗ったブゥも心配そうに相棒の顏を覗き込んでいる。
でも彼は首を振り、もう一度大丈夫だと言った。
「――で、そのガキを助けろって?」
「え? あ、そうなの!」
ラグのことも気になったけれど、今はクラール君の方が心配だ。
彼の呼吸はいつ止まってしまってもおかしくないくらいに浅く弱い。
ラグはゆっくりと少年に近付き、彼の枕元に膝をついた。
全身を確認するように見回した後、
「無理だな」
「え……」
きっぱりと言われて息が詰まる。
「癒しの術はそいつの本来持ってる治癒力を高めるもんだ。こいつの場合、どこかが悪いってわけじゃなさそうだが」
確かに、ブライト君はどこが悪いとは言っていなかった。
ただ、生きる気力がないのだと……。
「クラール君のお父さんがつい最近亡くなって……それから元気なくなっちゃったんだって」
小さく言うと、ラグは溜息ひとつ吐いて立ち上がった。
「それは、いくらオレでもどうにも出来ねぇな。要するに、こいつの気力の問題ってことだろ」
「そうだけど……でも、このままじゃ」
私は絶望的な思いでもう一度横たわるクラール君を見つめる。
と、ぺしっといきなり頭をはたかれた。
驚き見上げると心底呆れたような視線とぶつかる。
「お前の出番なんじゃねーのかよ。銀のセイレーンさん」
「え?」
「お前言ってなかったか? 歌は人を元気にしてくれる、とか何とか」
「あ!」
思わず大きな声を上げていた。
――そうだ!
ラウト君が私をここに連れてきたかったそもそもの理由。
昼間、とびきりの笑顔で帰っていった子供たちの姿が蘇る。
自分の事ながら未だ謎だらけの“銀のセイレーン”の力。
この力のせいで、此処レヴールに来てから散々な目に合ってきたけれど、今はこの力が無限の可能性を秘めているような、そんな素晴らしいものに思えた。
クラール君の閉じた心に届くかわからないけれど、彼のために歌いたい……!
そう強く思った。




