57.優しい瞳(♪)
「ブゥ……?」
そしてその小さな体が離れると同時、ドカっ! と言う音と共に男の巨体が吹っ飛んだ。
「!!」
数メートルほど飛んだ男は仰向けに転がりピクピクと痙攣を始めた。
以前、同じような状態になった兵士達を思い出す。ブゥの攻撃が効いているのだ。
でもそんな男の横に再び長身の人影。
「こっの下衆野郎がっ!」
「っぐ!?」
耳慣れた怒声と共に、男の横腹に蹴りが入る。
「……ラ、グ?」
私は服を直しながらゆっくり起き上がり、その後ろ姿に小さく声を掛けた。
でも小さすぎて聞こえなかったのか、彼は答えずにただ何度も何度も男の腹に蹴りを加えている。
その攻撃には傍から見ても容赦がなかった。
蹴られる度、男の口から出る声はもう“声”では無い。
流石に焦った私は、未だガクガクと震える足を引きずり、後ろからラグの服を掴んだ。
「ラグ!」
ビクリと彼の背中が反応し、男を蹴っていた足が止まる。
男は口から泡を出して白目を向いていたが、気絶しているだけのようだ。
ほっと息をついて、ラグから手を離した私はまたその場にへたり込んでしまった。
……足が限界だったのもあるが、ラグ達が来てくれたことへの安堵感で一気に力が抜けてしまったみたいだ。
ラグが舌打ちしてからこちらに足を向けた。
きっと怒鳴られると思い、思わず身構える。――でも。
「大丈夫か?」
「え?」
予想外の言葉とその気遣わしげな声音に私はポカンと彼の顔を見上げてしまった。
走ってきてくれたのか、その息は酷く荒く、額からは幾筋もの汗が流れている。
そして、いつもは鋭い青い瞳が、今はとても優しく感じられて……。
彼は汗を拭うと、私に手を差し伸べてくれた。
「起きれるか?」
その手を見ながら、つい、張り詰めていたものが緩んでしまった。
「ぅ、え……っ」
「んな!? またお前っ」
「だって、怖かっ……」
ぼろぼろと出てくる涙を止めようと目をこする。でもなかなか止まってくれない。
私が泣くと、決まって慌てるラグ。
だからなるべく彼の前では泣きたくないのだけれど。
(今優しくするのは反則だよ~~)
「ぶぅ~?」
べそべそとカッコ悪く泣く私の顔をブゥが心配そうに覗き込んでくれている。
ラグは困ったように一度大きく溜息をついて。
「ったく、泣くくらいならひとりで勝手に行動するな! 前にも言っただろうが!」
……結局、怒鳴られてしまった。
「だって、ラグが……っ、それにラウト君が……ブライト君も、ふたりともすっごく足速くって」
「はぁ?」
我ながら支離滅裂なことを言っているとわかったが、まず何から説明していいのかわからなかった。
話したいことが山ほどある。
泣いている場合ではないと、私は気を引き締めごしごしと涙を拭ってからラグを見上げた。
「ごめんね、もう平気! えっと、セリーンは? それにライゼちゃんとヴィルトさん心配してなかった?」
「あの親子は知らねぇが、セリーンの奴もこっちに向かってるはずだ。……とにかく早く戻るぞ。こいつが目を覚ますとまた厄介なことになる。ほら、もう立て」
ラグは転がっている男を一瞥すると、私の腕を取って支えてくれた。
少しふらつくもののどうにか立てた私はもう一度男を見下ろす。
「この人、この国の人じゃないよね」
「あぁ、どう見たってランフォルセの奴だ」
汚いものでも見るような目でラグは言う。
――やっぱり。
おそらく、ラウト君が会おうとしていた人物だ。
「まずかったかな……」
「あ?」
「だって、私顔見られちゃったし、それにこんな……起きたらフェルクの人たちに酷いことするんじゃ」
言いながら事の重大さに気付く。
――最悪、皆殺しだ――
セリーンのセリフが頭を過り、先ほどとはまた違う震えが走った。
「……じゃあ何か? お前はあのままこいつに犯られてた方が良かったのか」
「ち、違う! そういう意味じゃ……あ、そうだ! 助けてくれてありがとう!」
慌ててラグに視線を戻しお礼を言う。
でも彼は私の顔を見るなり、思いっきり眉を寄せた。
「っとに、お前は……」
「え?」
呆れたように溜息を吐かれ、私は頭に疑問符を浮かべる。
「それ以上伝説から遠のいてどうすんだ」
「は?」
言われていることの意味がわからない。
ただ、彼の大きな手が急に私の頬に触れてきてびっくりする。
「な、なななな何!?」
「今、治してやるから」
言われて思い出す。先ほど顔面から転んで頬を擦り剥いたのだった。
そして彼はその傷を瞬時に治す力を持っている。
……妙に意識して全身を強張らせた自分が恥ずかしい。
でも、そこでハっと気付く。
「ちょっと待ってラグ、治さなくていい!」
「あ?」
再び眉を寄せた彼の腕を取って、私は言う。
「他に治して欲しい子がいるの! 一緒に来て!」
「な、何言ってんだお前」
「いいから!」
――そうだ。
ラグの治癒の術なら、クラール君を治す事が出来るかもしれない!




