56.遭遇
いつの間にか両脇にクラール君の家と同じ木造の家々が並んでいた。
どうやら村の中心部の方まで走って来てしまったようだ。
(というか、ふたりとも、足速すぎ……っ)
私はすでに息切れを起こし、足はふらふらの状態だった。
ブライト君との距離がどんどん開いていく。でもおかげで彼とラウト君との差は縮まっているように見えた。
と、そんな時だ。
「ぅわっ!」
石か何かに躓き、そのままの勢いで私は思いっきり転倒する。
顔を庇う余裕もなかった。
「いったたた……っ」
どうにか起き上がれたものの、薄着だったために腕も足も、そして顔面も擦り剥いてしまった。
でも今はそんなこと気にしていられない。
顔を上げ先を見る。が、すでに遅くふたりの姿は闇に溶け込み見えなくなってしまっていた。
(あぁ~、なんでこう私って……)
がっくりと肩を落とす。
途端、思い出したようにドっと汗が噴出してきた。
――どうしよう。
とりあえず全身についてしまった土を払いながら考える。
彼らが見えなくなってしまっては、このまま追いかけるのは無謀な気がした。
最後に彼らを見たとき、かなり距離が縮まっているように見えた。
ブライト君ならきっとラウト君に追いつき、そして説得して戻ってきてくれるだろう。
……そう、信じるしかない。
でもだからと言ってこの場でひとりただ待っているのは心細かった。
それに一目でよそ者と分かる私が、こんな村の中心にいるのはマズイだろう。
現にすぐそこに灯りのついた家がある。
(戻ったほうが、いいよね)
幸い家々の並びが目印となり、クラール君の家まではなんとかひとりで戻れそうだ。
そう思って引き返そうとした、そのときだった。
「あ~ん? 何でこんなトコに若い女がいんだぁ?」
「!?」
そんな間延びした声とともに目の前に現れた人影に心臓が飛び上がる。
ヴィルトさん程ではないが大きくがっしりとした体格の男の人。
村人かと思ったが、違う。
(……最悪だ!)
全身に緊張が走る。
灯りに照らされたその顔は一目でこの国の人間じゃないとわかった。
おそらく向こうも同じことを思ったのだろう。
不審そうに私の全身をじろじろと見まわした。
「なんだぁ、ついに幻覚かぁ? そんなに飲んじまったかぁ……ひっく」
見ると彼は酒瓶らしきものを手にしていた。
足元もふらついているし、喋り方も明らかに呂律が回っていない。
(これなら、逃げられる!)
そう思い私はすぐさま森の方へ向かい走り出した。
夜の森の中へ入ってしまえばいくらでも隠れることが出来る!
それに向こうは幻覚だと思ってくれているようだ。
酷使し過ぎですでに悲鳴を上げている足を叱咤して、私は全速力で逃げる。
今の人物が、ほぼ間違いなくランフォルセから来ているという駐在員だろう。
なんでこんな時間にこんな場所で酒を片手にフラフラしているのかはわからなかったけれど。
(捕まったらマズイよ……!)
きっと何でこの国にいるのか、どうやってここまで来たのかを厳しく尋問されるに決まっている。
それに銀のセイレーンのことも、最悪もう伝わっているかもしれないのだ。
頭に浮かんだ最悪の事態を慌てて打ち消し、逃げることに集中する。
しかし背後から迫ってくる足音は予想よりずっと速かった。
少人数でこの国に派遣されてきているらしい彼ら。ある程度体力が無ければ勤まるはずがない。
――ヤバイ!
そう思うと同時、ガっと強く腕を掴まれた。
「きゃあああっ!!」
驚きと恐怖で私は悲鳴を上げていた。
バランスを崩しその場に転倒する。そして男はそんな私の上に伸し掛かってきた。
「へっへへ、この際、幻覚でも何でも構わねぇさ」
男の私を見る下卑た視線と息が詰まるような酒の臭いに、全身が総毛立つ。
すぐさま逃げ出そうとするが、腕を捻り上げられ小さく呻くことしかできない。
そうしている間にも私を押さえつけている手とは逆の男の手が私の服に掛かった。
男が何をしようとしているのかわかってしまって、なのに助けを求めたくても余りの恐怖に声が出てくれない。
どちらにしても村の中心部から離れてしまったせいで近くに人の気配はなかった。
絶望感と嫌悪感で目に涙が滲む。
(誰か……!)
ぎゅっと目を瞑った、そのときだ。
「ぎゃあ!!」
そんな悲鳴と共に、押さえつけられていた腕が解放された。
私は恐る恐る目を開ける。
――男の額に、白く丸い物体が張り付いていた。




